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≫前編≪

これは≫罰ゲーム≪で出てきた、徹と言う少年を拾った『治』と夜月、月夜の義父の『茂』の過去話になります。


 春の気持ちの良い風が吹く。

 木々生い茂る高校の中庭に男女の、二年生の姿が見える。

「そこ、今は立ち入り禁止だぞ~」

 そう陽気に声をかけたのは『菅野すがのおさむ』。

 少しヴェーブのかかった黒髪に、たれ目。とても愛嬌のある顔立ちである。

 目の前の男子生徒が面倒臭そうな顔をする。

「なんだ。お前か」

「しげっち~。なんだってなんだよ」

 しげっち、と呼ばれた男子生徒。名前は『鬼蘇きそしげみ』。整った顔立ちだが、目付きが悪い。

「立ち入り禁止なんて誰が決めた?」

「えー、昨日から先生が、蜂の巣いっぱいあるからあまり近付くなって言ってたよーん」

「立ち入り禁止とは言われてない」

「禁止って言ってるようなもんデショ」

「ああ言えばこう言う……」

「そのセリフ、そっくりそのままお返しするよ」

「まあまあ、二人とも」

 突然二人を仲裁したのは『田添たぞえ美那みな』。

 美那は茂の彼女であり、治の片想いの相手だ。

 三人は小さい頃からの付き合いで、いわゆる幼馴染みだ。

「やあ、みなっち。元気?」

「うん。ムッちゃんも元気そうだね」

「僕はいつでも元気いっぱいだよ」

 ムッちゃんとは、美那が治につけたあだ名だ。

 “おさむ”の“む”をとって、ムッちゃん。

「はあ……下らない」

 茂は面倒くさそうに二人を見つめたあと、何処かへ逃げるように、その場を去ろうとする。が、それに治が突っかかる様な態度をとる。

「下らないって何さ」

「まあまあ。それにミッちゃんも喧嘩腰にならないの」

「別に喧嘩腰にはなってない」

 ミッちゃん、というのは勿論、茂のことである。

 “しげみ”の“み”をとって、ミッちゃん。

「まあいいや。処で二人共。授業出ないの?」

「う~ん……出ようしてるんだけど……ミッちゃんが……」

「またサボりか」

「そうなの……」

 二人で茂の方を見る。どうやら授業に出る気は更々無いようだ。

「授業はつまらない。意味がない」

「もーわかったよ。じゃあ僕はみなっちと教室に戻るよ?」

「さっさと行け」

「ミッちゃんたら、そんな言い方しなくても」

 美那は少し呆れた顔をして治の方を見た。それに気づいた治は、お手上げといった感じで両手をあげた。

「じゃあ行こうか。じゃねー。しげっち」

「またあとでね。ミッちゃん」

「ああ。治、さっさと消えろ」

「はいはい」


 治、美那は教室へ向かうため、生徒がたむろう騒がしい廊下をゆっくり歩いていく。治と美那は同じクラスだ。

「いやー。相変わらす騒がしいね~」

「そうだね」

「相変わらず二人は仲が良いね。茂が羨ましいよ」

「ムッちゃん? どうしたの? いきなり」

「いやー、僕は小学五年生の頃から美那の事が好きだったのに、何で茂とくっつくのさ」

「あはは……」

 治は子供の様に口を尖らせ拗ねながら話し始める。

「だってさ、僕の方が愛嬌があるし」

「ミッちゃんも可愛いところあるよ?」

「そうだけどさ~」

「ん~、でもやっぱり、好きなのはミッちゃんだから……ごめんなさい……」

「え、待って。何で僕またフラれた感じになってるの」

「あはは……」

 二人はお互いを見て、クスッと笑った。

 そんな会話をしているうちにあっという間に教室へたどり着いた。

「お、治が帰ってきた」

「治くん、何処行ってたの~?」

 何人かの生徒が治に話しかけてくる。治はそれを軽くあしらって、自分の席に座る。

 治の席は廊下側の一番前。その斜め後ろが美那である。

 因みに茂は隣のクラスだ。席は窓側の一番後ろ。

 チャイムが鳴り、ぞろぞろと廊下から生徒たちがやって来てそれぞれ席に座る。その様子を治は半目で見つめていた。

「よ! なんか治、不機嫌だな」

 そう話しかけてきたのは『上田うえだ清太せいた』。

 治の隣の席。中学の時に出会ってからずっと一緒だった。

 治が話を進める。

「またフラれた」

「美那に?」

「うん」

「はは。もう諦めろ」

「いや、もう諦めてるけどさ」

 治は自分に暗示をかけるように呟く。

 そこで数学教師がやってきた。

「こんにちはー。おーっし。んじゃ授業始めるぞ~」

 日直が号令をかけた。



  ×



 学校の中庭。風がそよそよ流れている。

 やはりここが一番落ち着く。茂は一人、芝生に寝転びながら思った。

 茂は治と美那に言われてからは学校に来てはいるが、授業は欠席。大方、受ける時間が無駄だと思っているのだろう。

 そもそも自分のような人間が学校などと言う場所に来ていても良いのだろうか? そんなこともしばしば考える。

 突然、ケータイが小刻みに動く。ポケットから取り出す。

「何のようだ」

 電話の相手に低い声音で話す。相手は女だ。

『お父様が危篤です。今すぐお帰りください』

「断る」

『茂さま』

 父が危篤……。

 それでも、家に居るよりは学校の方が幾分ましか。

「俺は帰らない」

『ですが……!』

 そこで女の声は遠のいていく。次に低い、男の声がする。

『茂か。今何している』

「クソ兄貴か……」

 電話に出たのは『鬼蘇きそしずか』。茂の兄である。

『どうせろくに授業も受けていないんだろう? そもそも、お前の様な奴が学校などと言う所に行くのが間違っている。さっさと戻ってこい。いいな』

 そして通話は一方的に切られる。

「クソ……行くしかないか」

 そう呟き、立ち上がる。


 俺の様な人間が、学校に行くのは間違っている。

 確かにそうだ。


「面倒臭い」

 また、治と美那に怒られるだろうか?

 茂はだらだらと、学校を後にした。



 家に着く。早々に、ドタドタと足音がする。

 男が三人、茂に近づいてくる。

「茂様! 組長……将勝しょうかつ様が……!」

「言われなくても解っている」

 将勝……。ヤクザの組長であり、茂の父親である。

 別に将勝の組織は極めて大きい訳ではない。構成員も少ない。

 その割りには縄張りが広い。と、思う。

 おそらく。いや、確実に。次の組長は兄の閑になる。

「遅いぞ。こんなときに何をしていた」

 兄の閑がこちらを見る。

「いつからそこにいた」

「俺の質問に答えろ」

「別に……何も。父さんは?」

「無事だ。だが、いつ死んでもおかしくないぞ。あれは」

 兄を無視して父のいる部屋へと向かう。

 部屋の中央には布団の中で窶れた一人の男が寝ている。

「父さん……」

「ああ……茂か……お前、学校はどうした……?」

「サボりだよ」

「またお前は……」

 ゆっくりと将勝が起き上がる。

 茂は体を支えてやる。

「父さん、寝てないと」

「いや、いいんだ。それに、お前たちには、話しておきたいことがある」

 将勝はゆっくり、しっかり息を吸い込んでから、目を閉じまた目を開け、茂たちを見つめた。

 その顔は窶れていながらも、威厳のある父の顔。ヤクザの組長の顔をしていた。

「次の組長は、閑と茂にする。二人なら大丈夫だろう」

 一瞬、兄の顔が歪む。だが、すぐに笑顔を取り繕う。

「鬼蘇は大した勢力もなければ、警察にも気付かれない。むしろ暴力団とは思えない善良な事をしているときもある」

 将勝は掠れた声を張り上げ周りに聞こえるよう振り絞る。

「それでもヤクザはヤクザ。汚れた血は、決して善人になることを許さん。それは忘れんでいてほしい」

 父、将勝様が微笑む。

「だが、うちの方針は変えることはない。このままでいく。そのためにも二人が必要だ。お前たちなら大丈夫。なんせ兄弟だしな」

 兄は笑顔を取り繕っているが、明らかに不快そうな顔をしている。それは他人には気付かれないが茂には解ることだ。

「俺はもう長くない。まあ、二人で話し合うといい」

「わかったよ。父さん。茂。あとでゆっくり話し合おう」

 そう言って閑は早々に部屋を出ていった。

 将勝はそれを見送ったあと、右手で茂の肩を掴んだ。

「茂。あいつ……閑は良い奴だが、正直何を考えているかわからん。だからもしものとき、お前が閑を止めるんだ。頼んだぞ」

「ああ。わかったよ。じゃあ、そろそろ」

「色々と、迷惑をかけて、すまないな」

「何言ってる。迷惑だなんて思ってない」

 一言、そう伝えて、部屋を後にした。



 閑の部屋へ向かう途中。廊下で閑が待ち伏せしていた。

「全く……何で組長が二人なんだ……あのタヌキ、頭まで死にかけてるな」

 タヌキとは将勝の事だろう。

「よりによってこんなやつと……あーあ。嫌になるな。頼むから俺の足を引っ張るなよ」

 父はこいつが良い奴と言ったな。

 どうやったらこいつが良い奴に見えるのか。

 誰か教えてくれ。 

「おい。お前。あいつが死ぬまで大人しくしてろよ」

「はあ、言われなくても」

「次の長は俺だ」

「へいへい。わかってるよ」

「はっ。可愛いげの無い奴だ」

「……うるさいな」

 茂はその場の空気に耐えられず、大嫌いな兄のもとを去って行った。



  ×



「もー! 昨日何してたのさー!」

 目の前で怒りを撒き散らしているのは治。

 今のこいつに擬音をつけるならブンプンより、プリプリの方がぴったりだろう。

 そのプリプリと怒っている後ろで美那がこの状況をなだめようと、おどおどしている。

 その姿は何とも可愛らしい。

「あのね、昨日、急に姿が見えなくなっちゃったから心配したんだよ?」

「別に心配してくれだなんて一言も……」

「もー! みなっちに心配されるとか羨ましいー!」

「私はちゃんとムッちゃんの心配もするよ?」

「心配の仕方が違うんだもん。もー! 羨ましい」

 もーもーうるさい。お前は牛か。

 何て言えば更に牛になるだろうから言わない。

「で、ホントにどうしたの? また家の事?」

「何故わかった」

「眉間にしわがよってる」

「ミッちゃん、すぐ顔に出るもんね」

 そうなのだろうか?

 きっと、二人が言うからそうなのだろう。

 茂は二人、主に治に提案する。

「治。今日、お前の家に泊まりに行っていいか?」

「一泊一万だけど?」

「金取んのかよ」

「はは。ジョーダン。いいよ。みなっちも来る?」

「うん。そうだな……久し振りだし、行こうかな」

 三人で泊まるのは小さいとき以来。

 美那は少し嬉しそうだった。

「そうだ。家の事はその時に話そう」

「ん。わかった」

 治と美那は唯一、茂の家庭を理解している。



 茂と美那は治の家の前で立ち尽くす。

 先程、インターホンを鳴らしたが、「ちょっと待って~」と声がして以来、何もない。

 暫くして、治がドアからひょこっと顔を出した。

「いや~ごめん。今ちょっと父さんに説教されてた」

「はぁ……全く、お前は」

「あはは~」

「もー、ムッちゃんたら」

 二人は「お邪魔します」と一言伝えてから家に入る。

 そこには、治の父親がいた。

「治。いいかい。ちゃんとしたもの食べなさい。身体に悪いから!」

「いや、僕、身体が鉄で出来てるから……」

「言い訳しない!」

「はぁーい……」

 さしずめ、ちゃんとした食生活を送らずに、叱られた。と言うところだろう。治は料理が苦手だから。

 治の父は警部。母は刑事で滅多に家に帰ってこない。

「じゃあ私はもう行くから。しっかりしたもの食べろよ!」

「ムッちゃんパパ。大丈夫です! 今日は私がいます!」

「ついでに俺も……」

 美那、茂が名乗り出る。

 瞬間、ムッちゃんパパの表情が明るくなる。

「ああ! 二人とも、久し振り。じゃあ、このバカ息子を頼んだよ!!」

 そう言って早々に家を出ていく。

 相当忙しいのだろう。

「じゃあねー父さんー!」

 治は父を見送ったあと、くるりと二人の方を向いた。

「ねえ二人とも。おやつ食べない?」

「お前、人の話、聞いてたのか?」

「聞いてない!」

「もー、ムッちゃん!」

「まあ、いいや。それで? しげっちはどうしたの?」

 治は洞察力が凄い。些細なことでも気付く。

「父はもう長くないらしい」

「あれ。お父さん、ガンだっけ?」

「ああ」

「それで? 跡継ぎの話?」

 美那は二人の会話を見守るようにお茶の準備をしている。 

 茂はゆっくり話し始める。

「次の組長は俺と……閑になる」

「閑ってお兄さんだよね? てか、何で二人なの」

「さあな。けど、閑が一人でやるよりはマシだ」

「ホント仲悪いね」

 そこで美那が台所からお茶を持って帰ってくる。

 美那はこういう話の時は、ただ二人の事を見ているだけで口出しはしない。

 治が話を切り出す。

「お兄さんは相変わらず?」

「相変わらずも良いところだ」

「じゃあ嫌われてるんだ」

「まあ……そりゃ嫌われるだろう。浮気相手の子だからな」

 美那は静かに黙っている。

 治はお茶を受け取り、それを啜る。

「んでも、まあ、あまり自罰的になるのは良くないよ」

「それこそ相手の思う通りだしな」

「そゆこと。みなっち。おやつ食べようか」

 二人は台所へおやつを選びに行く。

 もしかしたらこの状況も、本来自分が居て良い環境ではないのかもしれない。

 「しげっち~。何食べたい?」

 治がこっちに来るよう促す。


 よし。俺は出来るだけ、長く、“この場所”に居よう。

 兄に負けずに、二人とずっと、一緒に居よう。

 茂は堅く決意した。


「何でも良いんだけど……」

 茂は嬉しそうに呟いて、二人の居る台所へ向かった。

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