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真田聖による衝撃の告白

 ん?


「……ごめん、よく聞こえなかったんだけど」


 本当は嘘だ。聞こえては、いた。でもその聞こえた言葉が耳を疑ってしまうようなとんでもないもので、到底信じられない。

 内容が内容だからっていうのもあるけど、信じられない原因の大部分は真田くんの態度にもあって……なんでそんなに冷静なの? 先生に質問する生徒と同じ態度じゃない?


「茂木さん、僕のこと好きなの?」


 聞こえた。……あぁ。聞き間違えじゃなかった!


「なななななぁぁぁぁぁ!?」


 超・動・揺! まともな言葉なんか出てこない。

 さっきの咲弥と付き合ってたかどうかの問いかけより遥かに心臓に悪い。

 というか、真田くんもよく照れもせず言えるね。さすが変人と言われることだけはある。


「えっ、いや、あの……」


 好きですよ!

 でも、それを勝算なしで言えるはずがないじゃない。

 好きだって答えても、それを受け入れてもらえなかったら辛いし。

 言葉とも言えない音が複数口から出ていき、手は目的もなくさまよっていた。


「……好きなんだね」


 混乱する私を観察していたみたいで、少しだけ目を見開いた真田くんは、予想外とでも言いた気にそう呟いた。自分で聞いておいて驚いてるの? なんで?

 まっすぐな真田くんの視線に捕まり、誤魔化せないことを悟った。

 私は熱い顔で頷いた。


「好きだよ」

「あ……そ、そう。……こう面と向かって言われるとクるね」

「……何が?」


 首を傾げて尋ねるけど、答えは返ってこない。

 片手で顔を覆った真田くんはひとりでブツブツと言った後、おもむろに私の腕を掴んだ。


「えっ?」

「ごめん、こっち来て」

「な、何!?」


 駆け足の真田くんにつられて私も同じように廊下を走る。

 引っ張られたまま辿り着いた先は、私が真田くんを好きになるきっかけになった場所――理科室だった。

 前回と同じで、何がなんだか分からない。……理科室に駆け込むことが、告白された人間の反応かな?

 予感がする。これから真田くんがする行動も、きっと私には意味がわからない。けれど、真田くんにとっては意味のあることなんだと思う。


「そこに座って」


 木でできた四角い椅子を指してそう言った真田くんは、こっちを見ることもなく窓際に設置された流しへと行ってしまった。

 立っていてもしょうがないので、促されたまま椅子に腰を下ろす。

 壁には科学的なコラムが書かれた印刷物が幾つか貼ってある。さして興味はないけど、目で文字を追った。


「茂木さん」


 たぶん数分程度経っていたんだと思う。ふいに真田くんに呼ばれて、私は反射的に振り返った。


「な…………んぶっ!」


 声はかき消された。大量に降りかかってきた水のせいで。

 きつく瞑った目を開いて真田くんを見ると、彼の手には空になったタライが握られていた。


「何するの!?」


 頭から顔から滴る水を払いながら、私はまたも同じセリフを真田くんにぶつけた。状況からいって真田くんがタライに入れた水を掛けてきたのは明らかだ。

 ……分からない。なんで私は告白した相手に水を被せられているんだろう?


「あ……あの……?」

「大丈夫? 正気?」


 真剣な様子なんだけど……、どっちかっていうと真田くんの方が正気なのか微妙だよね。この状況だと。

 でもこれでひとつ分かった気がする。

 真田くんは、告白した私を、正気じゃないって思ってたんだ。

 ……なんて自己評価が低いんだろう。


「あのね、私ずっと正気だから」

「正気じゃない人はみんなそう言うよ」

「……言わないと思うよ」


 酔っ払いとは訳が違うんだから。


「それより、もう僕のこと好きじゃない?」

「…………」


 そんな風に聞かれても、答えに困る。心配そうな顔をしてるから、「好きじゃない」って答えて欲しいんだろうけど……。

 相手が真剣であるからこそ、嘘は吐けない。


「ううん」

「……そう」


 苦しんでいるのが見て取れるほどに顔を歪め、真田くんは拳を握った。……って、ちょっと待って!


「その手を下ろして!」


 好きでも、さすがに殴られたいわけじゃないの。そんな趣味はない!


「ごめん。でも僕の責任だから、そのままにしておくわけにはいかない」

「責任っていうなら、別の取り方して欲しいな~。なーんて」


 あはは、と笑ったのは私だけで、真田くんはそのまま拳を振り上げた。

 ――トントン。

 突然のノックの音に、私も真田くんも体をビクッと震わせた。

 さ、真田くんの反射神経が良くて助かった……。

 あとわずか5センチくらい。そこで真田くんの拳は止まっていた。

 ひとまず殴られずにすんだ私は、拳が止まるきっかけとなった音の出どころへと目を向ける。


「おーい、真田いるか?」


 声とほとんど同時にドアが開いた。顔を覗かせたのは咲弥だった。


「やっぱり麻美もここだったのか……って、なんだよ! その格好!」


 私と真田くんが居るのを確認して入って来た咲弥は、近くで見た私の状態に驚愕したらしい。

 咲弥が驚くのも無理はない。だって私、びしょ濡れだし。特に、まともに浴びた首から上は酷いことになってるはすだ。


「な、何があったんだよ……?」


 驚き顔のまま、咲弥の視線は真田くんへと動く。そして真田くんの手元でピタリと止まった。

 ……あ。これはマズイ。

 真田くんの手元――空のタライはこの状況がどのようにして作られたかを雄弁に語っていた。


「真田がやったのか?」


 声が剣呑な雰囲気を帯びる。


「うん」


 ちょっと! 真田くん、もう少し空気読んで。なんで今にも殴りかかりそうな人間に、バカ正直に答えてるの!?

 …………んん? そういえば、なんで咲弥が怒ってるんだろう? 心配してくれてるみたいだけど、関係ないよね?


「どういうことか説明しろ。場合によっては殴らないでいてやるからよ」


 うわぁ、すでに腕が痙攣してるし。

 これ……もしかして真田くん本気でヤバイんじゃ……。


「殴られたくはないな。まぁ、茂木さんをこんな風にしちゃった責任は全部僕にあるから、言い逃れ出来ないけど」

「どういう理由でこんな風にしちゃったのかを聞いてんだよ、俺は。さっさと答えろよ!」

「ちょっと、咲弥!」


 いくらなんでも言葉がキツすぎない? 流石に黙っていられなかった。


「私は平気だから」

「どこがだ! んな制服でシャワー浴びたみたいな格好してて平気なわけないだろ!」

「平気、平気……っくしゅん」


 あ……。


「ほら、平気じゃねーじゃねーか」

「だ、大丈夫だよ。今日結構暑いしさ」

「……それで本当に二人は付き合ってないの?」


 聞き捨てならないセリフが会話に割り込んだ。

 一瞬真田くんが居たの忘れてた。……だって全然話さないんだもん。


「付き合ってない! ……それに、私が好きなのは…………」


 真田くん……なんだけど、……言えない! さっき言っちゃったから、気持ちはもうバレちゃってるのは分かってるんだけど。それでもやっぱり改めて言うのは恥ずかしいよ。


「付き合ってねーよ。つか、こいつはお前が好きなんだよ」

「うわあぁぁぁ!」


 何暴露してくれちゃってるの、バカ咲弥! いや、暴露じゃないけどね! もう伝えてあるから!

 でも、そういう問題じゃない!

 あぁ、もう。顔が燃えそう。なんで好きな人の目の前で本心を告発されなきゃなんないのさ!


「うん。さっき聞いた。だから正気に戻すために水を浴びせてみたんだけど……効果はないみたいだね」


 私に一瞬目をやった真田くんは小さなため息を吐いた。

 ――ズキン。

 ……迷惑なのかな?


「あ……ちょっ……茂木さん、そうじゃない!」


 慌てて手を振った真田くん。


「僕の不注意で茂木さんに迷惑かけてるのが申し訳なくて、早く元に戻してあげたいって思ってるだけなんだ」

「不注意? 迷惑? ……何言ってるの?」


 不注意というのはこの前ぶつかった時の話なんだろうけど、迷惑って何?

 私が真田くんを好きなことが、私にとって迷惑って言いたいの?

 真田くんにとって迷惑っていうなら話は、まぁ分かるんだけど……。


「何って……誤って惚れ薬を茂木さんに服用させてしまったことだけど?」

「……………………はい?」


 私と咲弥の声が重なる。

 なんかものすごくとんでもないワード入ってない?


「ほ……惚れ薬?」

「ふざけたこと言ってんじゃねーぞ」

「ふざけてなんかないよ。本当のこと」


 いたって冷静に真田くんは言った。


「……うそ。じゃ、じゃあ今の私の気持ちはその薬のせいだって言うの?」

「うん、そう」


 真田くんの顔は真面目だった。その顔のまま、ふいに距離を詰められる。


「わっ」


 すぐ目の前。あり得ないほど近くに真田くんの顔がある。

 真田くんの瞳には私だけが映っていた。

 し、心臓が破裂しそう。


「ドキドキしてる?」


 そう言った真田くんの唇の動きに、さらにドキドキした。

 殺される! 萌え殺しだ!


「……っだあぁ! 離れろ!」

「っ! さ、咲弥!?」


 突如現れた邪魔者に心臓が救われる。

 咲弥に掴まれ、真田くんは離れていった。


「こういう事するつもりで麻美に、んなモン飲ませたのか?」

「二つ誤解がある。一つ、僕は茂木さんをどうにかしたくて薬を使ったわけじゃない。さっきも言ったけど、僕の不注意、事故だったんだ。二つ、彼女は薬を飲んだ訳じゃない。……吸ったんだ」

「……どういう意味だよ?」


 真田くんを掴んでいた咲弥の手から、ゆっくりと力が抜けていくのが見えた。

 真田くんは二つ椅子を引っ張ってきて、片方を咲弥に勧め、もう片方には自分が座った。


「この間ぶつかった時にもここに来たでしょ? その時ちょうど、惚れ薬の試作品を作っている最中でね……どうも成分が気化していたみたいなんだ」

「マジな話なのかよ……」

「うん」

「信じらんねぇ……。つーか、全体的に信じらんねぇ。なんだよ惚れ薬って……」


 言葉通り、信じられないという様子の咲弥。私も同じ気持ちだった。


「信じてもらわないと困る。実際に茂木さんにはその薬の効果が見られるんだから。元に戻すにしても、水をかけたくらいじゃ治らなかったし、茂木さんに協力してもらいなから方法を探すしかない」

「そんな……」

「……ごめんね、茂木さん」

「……ううん」


 申し訳なさそうな真田くんに、心が軋む。

 真田くんは私に薬を吸わせてしまったことを謝ってる。それは分かってる。分かってるんだけど……。

 どうしても真田くんの様子が、告白を断っているように見えてしまう。

 気持ちを受け入れてもらえないという点では同じ……だね。

 傷ついた心を抱えて、さらに気分は沈む。こんな風に傷つくのに、それさえ薬の効果だなんて辛すぎる。


「大丈夫。方法は絶対にあるから、そんなに落ち込まないでよ」

「真田くん……」


 力強い瞳にキュンとすると同時に、この気持ちが消えてなくなるのかと思うと少しさみしかった。




 水を被ってそのままにしておいたのがいけなかったんだろう。私は見事に風邪をひいてしまった。

 土日を挟んだことが幸いし、欠席は月曜と火曜だけですんだ。

 そして五日ぶりの登校となった水曜日。

 私を待っていたのは、心を引き裂くような出来事だった――。

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