初めて人を蹴り飛ばした
書店で最近よく見かける
異世界(から来訪してきた者といじめられっ子が)
ファンタジー(を夢見て世界を征服しようとする)
を書いてみようと思います。
グロを書いてみたかったため、適宜詰め込みます。よろしくお願いします。
墨の混じった水を一滴落としたように薄い雲が広がっていた。これほど晴れやかな気持ちで空を見つめたのは久しぶりだろう。不意に届いた怨嗟の声を拾い上げると、それは僕に宛てたものだ。
「ど……して……」
どうして普通の生活をしていた俺達が……。全身に腐敗が侵食している為に、目の前の彼はろくに言葉も紡げない。ばっくりと開いた喉は黒く変色し、所々で蛆が身を捩らせている。時折、ごぽんと悪臭を含んだ泡が噴き出るのは彼がそれでも生きている証拠だ。
歩く反動で首が千切れんばかりの勢いで頭が落ちてきた。それと同時に開いた口は両頬を断ち切られている為、あまりに大きい。まるで歴史的遺物として飾られた人間の頭蓋骨に肉付けをしたようで、彼の下顎の歯並びまで見ることが出来る。奥歯に銀を詰めているため、それが血に塗れながらもわずかに輝いているのは滑稽だ。
「お前の! 普通の生活のなかで、その普通に入れてもらえなかった奴もいるんだよっ!」
「知……な……」
言下の内に蹴り飛ばした。ぬちゅりと爪先がわずかに沈み、それは吹き飛ぶ。不自然な程、大きく弓なりになった胴体が僅かに地を離れ、また強かに体を打ち付けた。見慣れない校舎の屋上。敷き詰められた灰色のコンクリートに体液が撒き散る。
仲間はずれは居ないとでも言うつもりか。知らないわけはなかった。僕<魔王>のことを知らないのは当然だ。けれど、散々に足蹴にしてくれたじゃないか。普通の生活を送らせてくれなかった僕を痛めつけていたのは、その場だけの享楽だったのか。
「謝れよ!」
蹴りつけた部分から肉と血が飛び散り、所々に骨が見える。標本のように綺麗な白色とは程遠く、粘ついた血液がへばり付いている。言葉にならない雄叫びをあげながら、横に伸びた肉塊を蹴り続ける。こいつは僕に感情があるなんて思っていなかっただろう。微かに濁った角膜の下、その瞳孔に驚きが写っていた。今、発露している感情は本来抱え続け、昇華することもなく、心の澱として濁り続けるはずだった。
「その人は何度蹴っても壊れません。魂があるからです」
そう。魔王<僕>が現れてくれなければ。
「私の支配下に置くためのウィルスは、生物の肉体を犯します。それに対抗するように、生物の魂は本来あるべき姿へと戻ろうとするのです。魂の復元力とはそういうものです」
僕の世界はたった一日でおぞましく、あるいは見方を変えると軽やかさを伴いだした。
「そう……か……」
これを蹴ることは感情の発散以外になりえないということか。張り詰めた風船の口を開いたかのように、心は途端に落ち着きだした。
「……もう覚えたのか?」
「はい。人間としての社会生活を送る上で大切なものですから」
これからは心を鉈でこじ開けられるような気持ちになることは無いと思っていいのだろうか。しかし、たった一日、いやそれ以下の時間で言葉を覚えられるだなんて。若干、棒読みではあるが、それでも驚嘆に値するだろう。
びちゃ、粘度の高い水音が足元から届いた。僕の足を掴もうとして人の成れの果てが腕を伸ばしてきたからだ。あるいは縋るためなのかもしれないが。暗赤色にまみれたその右腕に皮膚と肉の境界線は存在せず、誰かがあまりの苦味に食べさしたようにも見える。僕の顔を見ているようだが、その目にもはや感情は見出だせない。
……なんだ、僕は彼らにこのように映っていたのか。
「はははははっ」乾いた笑いが溢れ出る。失笑だ。
僕はこんなにも醜かったんだ。もう僕はきっと美しくはなれない。なら、せめて、みんなにもここまで堕ちてきてもらわないと。その機会を魔王はプレゼントしてくれたんだ。