5 二丁目
5 二丁目
神さまのトロンボーンが始まったのは、夕ごはんを食べているときから。
ひゅうひゅう。ごうごう。ぴゅうぴゅう。
ふとんに入るころには、この前の夜と同じくらい、大さわぎになっていた。目を閉じると、まるで家ごと飛んでいるように思えてくる。
ちぎれた木の葉に、ボール紙に、こわれたカサ。ほかにも、いろんなものが飛んでいる空を、ケイの家は宇宙船みたいに、ぷかぷかと漂って行く。やがて黒い雲をつきぬけると、空にはとても大きな満月が、ぽっかりと。
月の中には森がある。ネコの顔とそっくりな、ガラス張りの家が見える。目玉みたいな二階の窓から、だれかがこっちに向かって手をふっている。
ほっそりとした、髪の長い女の子の影。そのとなりにも、小さな影がひとつ。三角の耳の間に、白く光る輪が見える。背中にはもちろん、ゆっくりと羽ばたく翼がある。
小さなかわいらしい、ネコの声を聞いたのは、そのとき。
次の朝は、おかあさんに起こされた。今日もお休みだし、寝ぼうしたわけでもなさそうなのに。ベッドの上できょとんとしていると、トウコが来ているのだと言う。
「えっ、トンちゃんが?」
あわてて服を着て、階段をかけ下りた。よく晴れた空の下に出て、ケイはネコみたいに目を細めた。このまえも思ったけど、トロンボーンの神さまは、いったいどこへかくれたのだろう。
「おはよう。ごめんね、起こしちゃって」
「だいじょうぶ。まだチェスの試合が続いてるんだね」
「もしかして、まだ寝ぼけてる? レッスンの前に急いで来たのよ。伝えたいニュースがあったから」
ほんとうは、きのう来たかったけど、台風をやり過ごしてからにしたそうだ。二人、肩を並べて公園のほうへあるき始めた。道にはまだ小枝がたくさん落ちていて、一歩ごとに、ぽきぽきと鳴る。
「ケイちゃん、あれ」
トウコが先を指さし、ケイもうなずいた。とんでもなく大きなネコが、道を横切ろうとしていた。コウモリの羽はついていないけれど、でぶネコ十三べえにまちがいない。
立ち止まって、こっちをにらんだかと思うと、大きなあくびをひとつ。そのまま道をわたって、まだぬれている茂みの中へかくれた。
道のわきから、短い階段をのぼって、公園に出た。ほかに遊びに来ている子は、まだだれもいない。ぶらんこに並んで腰をおろすと、青空が、静かなこずえに円くかこまれて見えた。
「ニュースって、なに?」
「うん。おととい、ケイちゃんが帰ったあと、児童会室にもどるとね、教頭先生がいたんだ。少し話しているうちに、ふと思い出して、たずねてみたのよ。木下さんのこと」
その女の子のことを、教頭先生は、よく知っていたそうだ。
教頭先生がまだ、あしたば小学校のふつうの先生だったころ、受けもっていた三年生のクラスに、木下ゆり子さんはいた。もう十五年以上も前というから、もちろんケイはまだ生まれていない。
髪が長くて、色の白い、ほっそりとした女の子だったという。
「絵が大好きで、飼っているネコの絵をよく描いていたんだって。その子、体が弱くて学校も休みがちだったから、先生も何回かお見舞いに行ったそうだよ。それが、あの丘の上にある森の中の家なの」
シャーロック・トンちゃんの推理は当たっていた。
二学期が始まってすぐに、ゆり子さんは引っこしたそうだ。手術するために、大きな病院のある街へ。それから女の子がどうなったのか、教頭先生も知らなかった。
キイ、とぶらんこを鳴らして、ケイがつぶやいた。
「わたし、ゆめを見たのかなあ」
「ゆめ?」
きのうの、三丁目の化けネコやしきで起きたことを、ぜんぶ話した。聞き終えて、トウコは、ほうとため息をつくと、ブランコをおりた。空に向かって、背のびをしながら言った。
「ふしぎなことって、あるんだね」
うん。と、うなずいたケイは、少しほほえんだ。それからトウコのとなりに並んで立つと、同じように大きく背のびをした。
いつのまにか、空いっぱいに、うろこ雲が広がっていた。
「キララってさ、雲母のことなんだよ。理科の時間に習ったよね」
「雲のおかあさんって書くんだよね」
「うん、雲のおかあさん」
そんな話をしながら空を見上げると、何だかうろこ雲が、天使の羽のように見えてきた。
きっと空いっぱいの白い翼は、木下ゆり子さんに似合うだろう!
ケイには、そんなふうに思えてしかたがなかった。(おわり)