4 また三丁目
4 また三丁目
学校では、運動会の練習がはじまっていた。
ケイのクラスは赤組に決まり、白がよかったと男子がぶうぶう言うのも、毎年のこと。それでも、今年から応援団に加われるので、シノブをはじめ、元気のいい男の子たちが、さっそく手をあげていた。
児童会のほうでも、いろいろと準備で大変そう。トウコもますますいそがしくなり、リレーの選手より、よほど走り回っているみたい。だからというわけじゃないけれど、二人とも、何となく四丁目の話題は口に出せないまま。
三、四日たった放課後、ケイはトウコに呼びとめられた。運動会のポスター作りを手伝ってほしいとのこと。もちろん、ケイは引きうけた。
「わたしたち、危なかったのよ。知ってた?」
教室の机に並んで、画用紙に向かっていた。トウコにそう言われて、ケイはまっ先に、四丁目の探検を思い浮かべた。
「えっ」
「ほら、応援団を選ぶとき、女子の希望者はゼロだったじゃない」
どうやら、ちがう話らしい。だれも立候補しないから、推せんになり、足の速い子から順に選ばれていたっけ。何に出てもびりのケイには、関係ないと思っていたけれど。
「竹尾くんたちがね、わたしとケイちゃんを推せんしようと考えていたみたいなの」
「何それ! いやがらせなの?」
飛び上がりかけたケイの肩を、トウコは肩がおさえた。
「ちがうみたい。台風の次の日にさ、わたしたち、三丁目まで走ったでしょう。空き家の前で、竹尾くんと会ったよね」
シノブなんかより、青ネコやミケと会ったことのほうが重大だ。ケイはそう考えたけれど、だまってうなずいた。
箱から絵の具のチューブを取り出すと、だいぶかたくなっている様子。ふたはどうにか開いたものの、力をこめても、赤い絵の具はなかなか出なかった。
「あれ以来、どうやら、見どころのあるやつらだって。そう思われているみたい」
「見どころって何よ。えらそうじゃない。わあっ!」
チューブの先がやぶれて、絵の具があふれた。これじゃあ、赤組の大軍だよ。笑いながらトウコが言って、ぞうきんを取りに席を立つ。
もちろん、応援団の話はトウコがちゃんと、ことわってくれていた。ケイも、さいしょは腹がたったものの、考えてみれば、シノブはもんくを言ったわけじゃない。かん違いされるのは迷惑だけど、だからと言って、怒ってみてもしかたがない。
「わたし、あれから考えたんだけどさ」
ぽつんと、トウコがつぶやいたのは、二人のほかに、教室にはだれもいなくなった頃。
「なに?」
「四丁目の家のこと。迷いネコのポスターにちゃんと住所が書いてあったのに、どうして空き家みたいだったのか。謎がとけた気がするんだ」
こっちを向いたトウコは、シャーロック・トンちゃんになっていた。
運動場では、応援合戦の練習がつづいている。どんどんと、にぎやかな太鼓の音が、みょうに遠くから聞こえるようだ。きっとケイは、よほどおどろいた顔をしていたのだろう。トウコは笑って付けたした。
「あ、そんなに大げさな話じゃないよ」
ほう、とため息をついて、ケイはたずねた。
「あそこが空き家だとしたら、やっぱり木下さんはいなかったんだと思う?」
トウコはだまって首をふった。ちゃぷん、と、筆あらいに筆を入れて、うんと背のびしながら答えた。
「木下ゆり子さんはちゃんといたし、迷いネコのポスターを描いたのも、きっと同じ女の子」
「じゃあ、住所がちがってたんだ」
「ううん。それもちゃんと合っていたわ。ただ、ポスターは、まだどこにも貼られてなかったんだと思う」
まるでネコになったみたいに、ケイは瞳をくるくると動かした。
「どういうこと?」
「ほら、四丁目の家って丘のてっぺんにあったじゃない。それでケイちゃんの家がある二丁目は、丘のまん中くらいでしょう。もしもね、台風がくる前まで、迷いネコのポスターが、町のどこかに貼ってあったんじゃなくて、まだあの家の中にあったとしたら、どうなるかしら?」
なるほど、窓から強い風が吹きこんで、部屋の中にあった絵が飛ばされることもあるだろう。あの台風の晩だったら、ケイの家の前までくらい、丘を下って飛んできてもふしぎじゃない。でも、もしそうだとすると‥‥
ケイの気もちがわかったのか、トウコは少しさびしそうな顔で、メガネをずり上げた。
「そうなの。木下ゆり子さんは、たしかにあの絵を描いたし、住所も合っていた。けれど、ポスターをまだどこにも貼らず、部屋の中に残したまま。とっくの昔に引っ越したんじゃないかしら」
太鼓の音が、いつのまにか鳴りやんでいる。
教室が、急に広くなったように感じられて、ほう。と、またひとつ、ケイはため息をついた。トウコが言う。
「もちろん、本当かどうかは、わからないよ。わたしが勝手に推理してみただけだから。でも、そう考えると‥‥」
「ふしぎなことが、何にもなくなっちゃうよね」
トランプを表に返すみたいに、今までわからなかったことが、これでぜんぶ説明できてしまうんだ。たとえば、木下ゆり子という名前の生徒が、あしたば小学校の、どのクラスにもいなかったことも。そうして、あの家をたずねたとき、まるで空き家みたいだったことも。
ただ‥‥それでもケイは、どこかなっとくできずにいた。
「わたしね、トンちゃん‥‥」
ケイが言いかけたとき、がらがらとドアが開いた。男子が五人くらい、体操着のまま入ってきた。つやつやと赤い頬に、練習のこうふんを残したまま、体ごと話がはずんでいる。
「あの太鼓、思ったよりでかい音が出るな」
「すっかり声がかれちまったよ。よほど大声出さないと、あの音に消されちまうんだ」
「おまえの声なら、よく目立ってたぞ。何回もまちがってたじゃないか」
ひとしきり笑い声がひびいたあと、一人の男の子が近づいてきた。わざと帽子を後ろ向きにかぶり直し、シノブは小さく片手をあげた。
「よお。おまえたちも、たまには練習見に来いよ」
何そのえらそうな態度!
とは思うものの、今だって怒る理由は何もない。どんな顔をしていいのかわからない二人の前で、シノブはじっと腕を組み、ケイの描きかけの画用紙をながめ始めた。はずかしいので、やめてほしいのだけど、まじめな顔で見ているから、何も言えないまま。
「竹本、おまえ、絵がうまいよなあ」
ぽかんとしているケイに、汗のにおいだけ残して、シノブはさっさと男の子たちのいる方へ。
トウコはまだ児童会室に残ると言う。丸めた画用紙をランドセルにさして、ケイは先に帰った。今日はめずらしく、おかあさんのほうが先だったみたい。それで九べえときたら、ちゃっかり台所に入りびたって、出むかえにも来ないんだから。
「また台風が来るらしいわね」
九べえにげんこつをあげていると、おかあさんがそう言った。
「そうなんだ」
「今度も大物みたい。明日の夜には来るようなことを言ってたから、ケイも気をつけて。ふらふら出かけたりしちゃだめよ」
「九べえといっしょにしないで」
頬をふくらませ、九べえをだいたまま台所を出た。テレビをつけると、まっ白い波が、ものすごい勢いで堤防につぶかる様子が映っていた。真横に叩きつけるような雨。ちぎれそうなほど、風がヤシの木を揺らしていた。南の島に住むのも大変だ。と、こんなときは思ってしまう。
ちょうど電話が鳴ったので、何気なく手に取った。少しかすれた男の子の声は、さいしょ、だれなのかわからなかった。
「竹尾くんなの?」
「ああ。とつぜん電話してすまなかった。急用なんだ」
びっくりして、どうしたのかたずねると、やっぱり少しかすれた声で、
「明日、何か用事あるか?」
ふり向くと、あいかわらずの荒れもようの画面の前に、もの知り顔で九べえがすわっていた。
「ニャア」
「べつにないけど‥‥でも台風が来てるよ」
「夜になってからだろう。午前中だけでいいんだ。ちょっと頼みたいことがあって‥‥もし雨だったら来なくていいから。明日の朝九時に、お化けイチョウの下で待ってる」
ケイが何か言おうとしたときには、電話はとっくに切れていた。
まったく、一方的にもほどがある。ことわってやるつもりで、受話器を持ち上げたとき、ひょっこり顔を出したのは、おかあさん。ごはんのしたくができたから、手伝ってと言う。
「そうねえ。まだ、雨も風もないようだし。お昼ごろまでにもどるんなら、出かけてもいいわよ」
食べながら相談すると、返ってきたのは、のんきな答え。
「だから、そういう問題じゃないでしょう。何の用事かさえわからないし、だいいち、返事もきかずに切っちゃうなんて、失礼じゃないの」
「男の子なんだから、ぶっきらぼうなのはしかたないわよ。かわいい女の子に電話するんだもの。きっと、きんちょうしちゃったんでしょう」
と、コロッケを頬ばりながら、ひやかしてばかりで、お話にならないんだ。
少し風が出てきたけれど、次の日の朝はまだ晴れていた。
行ってきます、という声も、どこかふてくされたまま、ケイはしぶしぶ家を出た。お化けイチョウといえば、このあいだトウコが待っていたのも、同じ木の下だ。
どうしてお化けイチョウなのか、よくわからない。シャーロック・トンちゃんの推理によると、
「ただの、お化けみたいに大きなイチョウでしょう。だから、お化けイチョウ」
最初にそう呼ばれはじめて、あとから、お化けが出るといううわさが、くっついたんじゃないかと言う。そんなところだろうと、ケイも思う。
シノブはまだ来ていなかった。
ほんと、じぶんから呼んでおいて、おくれてくるなんて失礼なやつだ。
見上げると、緑の葉がざわざわと揺れていた。数えきれいないくらいの、扇形の葉っぱが、まるで台風を手まねきしているように見えて、ケイは思わず腕をさすった。
根もとには、変な石のおじぞうさまが立っていた。怖い顔をして、手がいくつもあり、カッパみたいなやつを踏んづけていた。本当は、おじぞうさまじゃなくて、「こうしん塔」という名前だとか。教えてくれたのは、もちろんトウコだ。めずらしくもなければ、べつに怖いものでもないらしい。
(シャーロック・トンちゃんのメガネで見ると、ほんと、ふしぎなものが何もなくなっちゃうなあ)
怖くなくなるのはよいことだ。でも、ふしぎなものがなくなってしまうのは、少しさびしい‥‥
ぱたぱたと音がして、見ると男の子が五人くらい、一列になってこっちへ駆けてくる様子。シノブを先頭に、きのうの放課後の男子と、ほとんど同じメンバーだ。一人で来るとばかり思っていたので、ケイは目をまるくした。
「お化けイチョウー、お化けイチョウー! お出口は左がわでーす!」
ちこくして来たくせに、電車ごっこなんかやってるんだから!
「すまなかった。アキノリのやつが、なかなかトイレから出てこなくてね」
ケイの怖い顔に気づいたのか、シノブは頭をかきながら、うしろの男の子をポカリ。ほかの子たちにも、口々に「ごめん」とあやまられ、ケイはとうとう、もんくが言えなかった。
「じゃあ、さっそく出発しようか」
「えっ。どこへ行くの?」
「もちろん三丁目の化けネコやしきだよ。大魔界ツアー決定版だ。竹本は、おれのうしろに並んでくれ」
何が決定版なのか知らないけど、どうして呼び出されてまで、電車ごっこをしなくちゃいけないのだろう。四年生にもなって、ぜったいにいやだと言おうとしたとき、いかにもうらやましそうな顔で、アキノリが場所を空けた。
「ここは一等席なんだぜ」
こんなとき、ことわれないのが、ケイの性格。トウコみたいに強気に出れない。まっ赤になって、唇をかんでいるケイを、むりやり一等席に乗せたまま、
「大魔界ツアー急行、化けネコやしき行きが発車します!」
シュッ、シュッと勢いよく蒸気を吐きながら、ススキの穂の白くざわめく道を、小さな列車は走り出した。
もちろん、さいしょはとんでもなく、はずかしかった。もし知り合いに見られでもしたら、学校に行けなくなると思った。けれども、シノブの肩につかまったまま、どんどん走ってゆくうちに、
気がつけば、ちょっと楽しくなっていた。
やがて電車はトンネルに入った。と言っても木のトンネルで、細い道の両がわから伸びた木が、頭のてっぺんでつながっているんだ。トンネルをぬけると、ツタのからみついたレンガ塀があらわれた。内がわは、うっそうと茂る森のよう。
「化けネコやしきー、化けネコやしきー!」
電車が止まり、ケイは、きょとんとしながら下りたかっこう。この前来たときと、だいぶ景色がちがうようだ。
「あれ? ここがそうだっけ」
「裏口なんだ。あれ、見てみろよ」
シノブが指さしたのは、レンガ塀についている木の扉。ちょう番がおかしいのか、少しかたむいていた。
「ずっと鍵がかかっていたのさ。なのに、きのう来てみると、開くみたいじゃないか」
きのうも来たんだ。と、あきれ顔のケイに、さすがに暗くなりかけていたから、そのまま帰ったと言う。どうやら今日は、やしきの中に入るつもりで来たらしい。
「台風が近づいているけど、こんなチャンスはめったにないからね。強行軍だ」
「ちょっと待ってよ。どうしてわたしまで行かなくちゃいけないの?」
「ああ、そうか‥‥ごめん。言い忘れてた」
絵を描いてほしいからとシノブは言う。
「おれたちが、あしたば町の『大魔界百科』を作ってるのは、知ってるだろう。文のほうは、おれとユウジで手分けして書いてるけど、竹本みたいに、絵をうまく描けるやつがいないんだよ」
頼みがあると言った意味が、これでようやくわかった。化けネコやしきは『大百科』最大の何とかと言っていたから、さし絵を描くなら、ちゃんと中を見ておかないと始まらない。それはわかるんだけど、
「あんまり一方的じゃないの。だいたい、空き家だからと言って、知らない人の家に勝手に入っちゃいけないでしょう」
「だいじょうぶ。ちゃんと、こいつを持ってきたから」
ポケットから、シノブは青いゴムボールを取り出した。男子がそうじをさぼるとき、ほうきをバット代わりに打っているボール。どうするのかと思っていると、いきなりレンガ塀の内がわに向かって、ぽーん、と。
「すみませーん。ボールをとらせてください! ‥‥これでよし」
「よくないわよ!」
腰に手をあてて、にらみつけたものの、何だかばかばかしくなってきて、とうとうケイは吹きだした。
少しずつ、風は強まっているようだ。さっきの大声に返事するように、木の扉がばたんと鳴った。シノブを先頭に、一列になってそのドアをくぐった。ケイはもちろん、いちばんうしろから。気が進まないけれど、一人で外に待たされるより、だいぶましだろう。
ざわざわとすごい音をたてて、森のような庭木のこずえが、いっぺんに揺れていた。同時に、庭じゅうをおおってる、月夜みたいな青い陰も動く。木立の奥には、レンガ色の三角屋根。
小道を行きながら、気をつけてさがしたけど、ネコは一匹もいないようだ。とちゅう、草にうもれかけて、こうしん塔が立っていた。踏んづけているカッパも二匹に増えて、お化けイチョウのおじぞうさまより、いかめしい顔をしていた。
ツタのびっしりからみついた壁。茶色に枯れかけたカマキリが、じっと動かずに止まっている、小道のつきあたりの裏口は、半分開いたまま。
中に入ると、急に風の音がきこえなくなった。うす暗い廊下を一列になって進むうちに、がらんとしたホールに出た。
うすでのカーテンをとおして、やわらかい光が、チェス盤みたいな床にこぼれていた。ステンドグラスのように、明かりはこずえのもようを描きながら、ろうそくの炎のように揺れるんだ。
まん中に階段が引っかかっている様子は、四丁目のガラスの家を思い出させた。
ピアノと、いくつかのイス。ソファにお人形。帽子かけにかっているのは、緑色のリボンのついた、女の子用がひとつだけ。
「おい、あれ‥‥」
小さな円いテーブルを、シノブが指さした。白いレースのテーブルクロス。ガラスの器がひとつ置かれ、その中で、小さな炎のようなものが揺らめいていた。赤い、金魚だ。
ガラスはきれいにみがかれているし、金魚も元気そう。ということは、だれか、世話をしている人がいるにちがいない。
みんなが顔を見合わせたとき、ぽーん。という音が聞こえた。
ふりかえると、青いゴムボールが、階段ではずんでいた。ぽーん、ぽーんと、まるで生きていて、一段一段たしかめながら、下りてくるみたい。床の上ではずむボールを、シノブが手に取った。
「さっき、おれが投げたやつだよ。返してくれたんなら、お礼を言わなくちゃな」
男の子たちは、まじめな顔でうなずいて、階段をのぼり始めるから、ケイもついて行くしかない。よく逃げ出さないものだと感心するけど、じぶんもそれほど、怖がっていないことに気づいた。
四丁目に行ってから、少し強くなったのかもしれない。
上りきったところで、廊下が右と左に分かれていた。どちらの突き当たりにも、一つずつドアがあり、左がわのドアが半分開いていた。迷わずシノブがそっちへ向かったので、みんなもぞろぞろ。つられてケイも行こうとしたとき、
「ニャア」
小さなネコの鳴き声が、背中のほうから聞こえた。
ほかの子たちには聞こえなかったのか、立ち止まったのはじぶんだけ。ふり向いたところ、ドアの前にネコが一匹、きちんとおすわりしていた。ビー玉の目に、ちょん切れたようなしっぽ。
青ネコだった。
かわいらしい声で、もう一度鳴いたかと思うと、青ネコはもう見えなくなっていた。消えたのだろうか。思わずドアに近づいてみると、ほんの少しだけ開いている様子。そこでやっと気づいたのだけど、このドアは、四丁目の家で最後に見た。あのときは、とうとう入れなかった扉と、そっくりだった。
いつのまに中に入ったのか、ケイはよく覚えていない。
ほんのさっきまで、お昼前だったのに、どうしてその部屋の中だけ夜なのか、考えてもわからない。
灯りはついていなかったけれど、窓からは、宇宙船からながめたような、大きな満月がのぞき、部屋じゅうが青く光る水で満たされているようだった。
「来てくれてありがとう。このあいだは、おむかえできなくて、ごめんなさいね」
窓の前のイスに、女の子が一人すわっていた。ケイと同じか、一つ下くらいだろうか。長い髪。白い、ほっそりとした体を、青い服が、ゆったりとつつみこんでいた。
「木下‥‥ゆり子さん?」
女の子はうなずいた。そのひざには、一匹のネコがだかれていた。見たこともないほどきれいなミケで、ゆっくりと、白い指になでられるたびに、金色の粉のような光がこぼれた。
ミケの背中には、一対の翼が折りたたまれていた。
「その子が、キララね。見つかったんだ」
「あなたがわたしの絵を信じて、いっしょうけんめい、さがしてくれたおかげよ。ケイちゃん、ありがとう」
木下ゆり子さんは、にっこりとほほえんだ。
それからどうやって部屋の外に出たのか、やっぱりケイにはわからない。
ドアはしまっていて、ノブを回すと、鍵がかかっていた。階段の前までもどると、左がわの部屋から男の子たちが出てきた。何にもなかったとか、だれもいなかったとか、わいわいとおしゃべりしながら。
「なんだ、竹本は怖くなったのか。えっ? どうしてうれしそうに笑ってるんだよ」