表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

1 一丁目

  1 一丁目


 台風の夜は、どんなものが飛んでいるのだろう。

 ひゅうひゅう。ごうごう。ぴゅうぴゅう。

 まるで神さまが吹きならす、調子外れのトロンボーンみたい。 

 ぱらぱらぱらぱら。

 窓にぶつかるのは、雨つぶだろうか。それとも、木の葉?

 台風の夜は、どんなものが飛んでいるのだろう。

 ちぎれた枝が飛んでいる。ボール紙も飛んでいる。こわれたカサは、おばけみたいに。いやいや、これだけすごいんだから、屋根だって飛んじゃうかも。

 もしかすると、この家も飛ばされるのかな。

 まさかね。とは思うのだけど、ケイはちょっぴり怖くなって、ネコの名前を呼んでみた。

「九べえ、九べえ」

 返事がない。

 いつもなら、手がとどくところで丸くなっているはずなのに、手さぐりしても、どこにもいない。

 すっかり目がさめて、ふとんの上に体をおこした。もちろんまっ暗だけど、部屋のどこにもいないのは、なんとなくわかる。

 外へ遊びに出かけたのだろうか。そんなことをしたら、たちまち吹き飛ばされてしまうんじゃないか。だって、あんなに身がるなんだから。ふだん、空を飛ばないのが不思議なくらい、身がるなんだから。

「九べえ、九べえ」

 やっぱりいない。

 そうだ、きっとおかあさんのふとんに、もぐりこんでいるのだろう。ケイもそうしたいけど、部屋から出るのはもっと怖い。しかたなく、もう一度ふとんをかぶると、いっしょうけんめい目をとじた。

「あれ?」

 ネコの声を聞いたのは、そのとき。

 ひゅうひゅう。ごうごう。ぴゅうぴゅう。あいかわらず大さわぎしているトロンボーンにまじって、小さな、かわいらしいネコの声がひとつ。


 次に目がさめたときは、すっかり明るくなっていた。

 トン、トン、トンと、遠くから、くぎを打つ音。もうどこかで、屋根のしゅうりが始まっているみたい。

 カーテンを開けると、窓ガラスいっぱいに、木の葉がくっついていた。空はよく晴れていて、きのうの大さわぎがうそみたい。

 パジャマのまま階段をおりた。台所をのぞくと、いいにおいがして、おなべがぶつぶつ。フライパンの中でも、目玉焼きが独り言をつぶやいていた。

「おかあさん、どこ?」

 サンダルをはいて外に出ると、どこもかしこも、ずぶぬれのまま。いろんなものが曲がったり折れたりして、地球が少し、かたむいているよう。コツン、と足に何かがぶつかる。それは小さな九べえの頭で、しきりに体をすり寄せてきていた。

 べつに「ぬれネコ」になってるわけでもなさそうだ。

「あんた、ゆうべどこへ行ってたの?」

 たずねても、きげんよくニャアと鳴くばかり。

 九べえを飼いはじめたのは、ケイが四年生になって、すぐのころ。まだ手のひらに乗るくらいの、とてもおくびょうな子ネコだった。体の色は、白に黒ぶち。そのうちひとつが、ちょうど左目の上に、ぺったりのっているから、

「お正月に羽根つきをするじゃない。負けたら顔にスミをぬられるでしょう。あれみたい」

「じゃあ、強そうな名前を考えなくちゃね」

 おかあさんがそう言ったとき、ちょうどテレビにうつっていたのが、柳生十べえという、ものすごく強いおさむらい。しかも十べえはフック船長みたいに、左目を大きな眼帯でかくしていた。なるほど、これなら強そうだ。

 だけど、ネコにそこまで強くなられてもこまるから、一つおまけして、九べえにしておいた。

「あら、めずらしく早起きね」

 外からひょっこりと帰ってきたおかあさんは、エプロン姿のまま。

「家の前を片づけてたのよ。ゆうべは、すごかったわね。見て。ちょっとそうじしただけで、こんなに」

 大りょう、大りょう。

 歌うようにつぶやきながら、どさりと下におろしたのは、両手いっぱいのガラクタ。九べえと並んでのぞきこみ、ケイはなっとくした。思ったとおり、ゆうべはいろんなものが飛んでいたみたい。

 中でもおどろいたのは、レンガ色の大きな屋根がわら。ぐっしょりとぬれて、まっぷたつに割れていた。もし、道でぶつかろうものなら、こっちが割れていたところ。

(何かしら?)

 かわらの下から、ケイは一まいのボール紙を引っぱり出した。

 うらに画用紙がはってあり、クレヨンでそこに描いてあったのは、かわいらしいネコの絵。

 白、黒、茶色の、ふつうのミケネコだけど、ケイが目をまるくしたのは、背中に羽がはえていたから。その鳥のような羽もまた、ミケなんだ。そうしてネコの上には、やっぱりクレヨンで大きく、こう書いてあった。

 うちのネコをさがしています。

 名前はキララです。

「ありえないよ!」

「でも見て。ちゃんと下に住所まで書いてあるわ」

 なるほど、雨にぬれて消えかかっているけれど、あしたば町四丁目十五番三号、木下ゆり子。と、たしかに読めた。電話番号は書いてないようだ。

「四丁目といったら、ずっと上のほうだね」

 ケイが住んでいるあしたば町は、町ごとそっくり丘に面している。だからとうぜん、坂道だらけ。たとえば、小学校がある一丁目なら、丘のふもと。ケイの家は二丁目で、坂道のまん中あたり。四丁目まで行くと、ほとんど丘のてっぺんだ。

 そうして三丁目はというと、お化けやしきがあるらしいんだ。

 それにしても、こんなに変な迷いネコのポスターを見たのは、はじめてだ。羽のはえたミケネコなんて、見たことも聞いたこともない。きっといたずらにちがいない。と、考えてみたけれど、もしそうだとしたら、きちんと自分の住所を書いたりするだろうか。

 右に左に、首をかしげながら朝ごはんを食べているケイを見て、おかあさんは、くすくす。

「これを描いたのは、ケイと同じくらいの子だと思うな」

「わたしたち、クレヨンなんか使わないよ」

「でも、一、二年生が、こんなにじょうずに描けるかしら」

 言われてみれば、小さな子の絵とはとても思えない。

 だけど、あしたば小学校の四年生に、木下ゆり子なんて生徒がいただろうか。クラスは二つしかないし、さすがに四年生になると、ほとんどの子と顔見知りになっている。なのにどうしても、そんな女の子の顔は浮かびそうになかった。

「行ってきます」

 家を出るときには、ケイのランドセルのふたから、丸めた画用紙がはみ出していた。ていねいにボール紙からはがし、かわかしてから丸めたものだ。学校には、とてもたよりになる友だちがいるから、何かわかるかもしれない。

 教室に入ると、ちょうどその友だちもやって来たところ。

「おはよう、トンちゃん。台風、すごかったね」

「そうだね。わたし、家が空を飛ぶゆめを、五回見ちゃった」

「なんで五回も?」

 四回落っこちて、そのたびに目がさめて、五回めでやっと気もちよく飛んだまま、朝までぐっすり眠れたのだとか。ケイは感心した。

「トンちゃんって、根性あるよね」

 本当はトウコという名前の、この女の子を見ていると、ケイはよくゾウを思い出す。女子の中で二番めに背が高くて、のんびりしていて、やさしそうな目をしているから。

「あれ? 図工の宿題なんてあったっけ」

 画用紙に気がつき、トウコはメガネをちょっと、ずり上げた。ちがうちがうと手をふりながら、ケイは顔を近づけた。ないしょ話をするつもりはなかったのに、なぜかひそひそ声になって、

「今朝、おかあさんが家の前でひろったの。ゆうべの風で飛ばされたみたい。迷いネコのポスターなんだけど、とっても変なんだ」

 男子がいっせいに入ってきたのは、そのとき。台風が忘れていったみたいに、大さわぎしながら、

「あしたば小学校、四年二組ぃーっ。四年二組ぃーっ。大魔界ツアー、終点でーす!」

 と、なんだかよくわからない。

 これは近ごろ男子の間ではやっている、変なあそびなんだ。

 一列になって、前の子のランドセルを両手でつかんで行進する。まるで電車ごっこだけど、止まる駅というのが、通学路のとちゅうにある、いかにもお化けが出そうなところばかり。

 メンバーはその時々で、ちょっとずつちがう。三、四人しかいないときもあれば、二十人近い行列を見たこともある。ほかのクラスの男子や、上級生に下級生までまじっていて、

「次はー、お化けイチョウー、お化けイチョウー!」

 なんて、大声を出しながら進んでくる様子は、お化けのほうが逃げだしそうな勢い。近くで遊んでいた小さな子たちは、キャッ! と、木のうしろにかくれたものだ。

「四年生にもなって。ようちだよね」

 トウコにそうささやいたとき、先頭の男子が、じろりとこっちをにらんだ。

 大魔界ツアーを考えたのは、この男の子。運転手なのか車掌なのか知らないけど、いつも先頭に立って大声を張り上げていた。

 シノブという、女の子っぽい名前をいやがって、男子には竹尾くんと呼ばせていた。体は二番めに小さいのに、足の速さは学年一。だれよりも日焼けしているのは、夏休みに一日も欠かさずプールに通ったからだと大いばり。男子のリーダー格で、六年生にも「顔がきく」らしい。

「竹本。おまえ、おれのもんくを言っただろう」

 机をたおしそうな勢いで、のっしのっしとあるいていくる。小さいのに、すごい迫力だ。言葉が出なくなって、思わず後ずさりするケイのかわりに、トウコがゆっくりと席を立った。

「学級委員はどいてろよ。おれは竹本に話があるんだ」

「そんな怖い顔されて、楽しいお話ができると思う?」

「べつに、話なんかしたくねえよ」

「あれ? 話があるって言ったのは、たった今じゃなかったかしら。それとも本当は、何も用事なかった?」

 女子の間から、くすくすと笑い声がもれた。シノブはこぶしをにぎりしめ、トウコをにらんでいたけれど、さっと背中を向けて、自分の席にもどった。

「助かったよ、トンちゃん。おかげで、ライオンにかみつかれずにすんだ」

 ライオンもゾウには勝てない。ふだんは、のんびりしゃべるのに、いざとなるとトウコはものすごく強くて、頭が回る。

 それにしても、男子がそろって、こんなに早く登校するなんて、めずらしい。そうじをサボったり、わざと遅刻ぎりぎりに来るのが「男らしい」と、かんちがいしているくせに。見れば、みんなシノブの席に集まって、一冊の本を熱心にのぞきこんでいる様子。

「何を読んでるのかしら」

 べつにきょうみはないけどさ。そうつけ加えながら、ケイはトウコに耳打ちした。

「いつも妖怪の本でしょう」

 また? と、ケイはあきれてしまう。ふだんは図書室になんか見向きもしない男子が、一冊だけ、あらそって借りてゆく本があった。

 それは『妖怪大百科』という本で、もともと、たいして読まれないまま、何年も図書室の片すみでほこりをかぶっていたらしい。ところが、今年になって、急に男子の間で話題になり、今では順番まちになるほどの人気なんだ。

 あんな怖い本のどこが面白いのか、ケイにはさっぱりわからないけれど。

「竹尾くんたちね、あの本をまねて、自分たちで大百科を作ってるみたい。そのために、電車ごっこしながら、あしたば町の妖怪を調べているんでしょう」

 ふぅーん。

 と、ちょっとだけ感心した。ケイのおかあさんは、本を作る仕事をしていた。編集者というのかな。おとなになったら、ケイもそんな仕事がしたいと考えていたから、シノブがいったいどんな図鑑を作ろうとしているのか、気にならないこともない。

「それで、画用紙の話なんだけど。迷いネコのポスターだとか言ってた」

「そうそう。わすれてた」

 さっきはちょうどトウコに見せようとして、電車ごっこにじゃまされたんだ。まったくもう。と、つぶやきながら、ケイは画用紙を広げた。

「わあ。おもしろい絵だね!」

 トウコはまるで、どこかにこんなネコがいても、おかしくないような言いぐさだ。

「まさかトンちゃん、信じてる? わたしなら、たとえアフリカ探検しても、いないと言いきれる自信あるよ」

「でも、きのうまでは、これが町のどこかにはられていたんだよね。連絡先もちゃんと書いてあるし。ただのいたずらなら、ここまで手のこんだことしないと思うな」

 おかあさんも、同じようなことを言っていたっけ。でも、どう考えても羽のはえたネコなんてありえない。そんなものが屋根の上にぷかぷか浮いていたりしら、ぜたいに変。南極と北極が入れかわったくらい、たいへんな事件じゃないか。

 トウコはかるく腕を組み、人さし指で、ちょっとメガネをずり上げた。なんだか、名探偵っぽいポーズで、

「ほら、ネコってさ、ときどき、びっくりするような所にいるじゃない。ものすごく高い塀の上とか、二階のベランダの手すりとか。いったい、どうやって登ったのやら、首をかしげたくなるくらい」

「まるで、空を飛ばないのがふしぎなくらい‥‥あっ、そうか」

「ね! そんなふうに身がるなところを、絵にしようとしたんじゃないかしら。だから、ついつい羽まで描いちゃったのね」

「なるほど。さすがは、シャーロック・トンちゃん!」

 名探偵みたいなのは、ポーズだけじゃなかった。たとえば学校の帰り道、こんなミケが、ふわふわと塀の上をあるいているところなら、そうぞうできる。

「でも、木下ゆり子という名前は、わたしも聞いたことないなあ」

 丘の上に住んでいるのなら、必ず、あしたば小に通ってくるはずだ。おかあさんも言っていたけど、絵や字からそうぞうすれば、三、四年生にまちがいなさそう。

 名前のとおり、その子はとても色が白いのかもしれない。ふんわりとした絵を描くような、おとなしい感じ。きっと髪が長くて、ほっそりとして、ふしぎの国のアリスみたいな、童話の本が大好きなのだろう‥‥ただ、そんな女の子を思い出そうとしても、さっぱり見当がつかなかった。

「ちょうど今日の放課後、児童会で集まるの。三年生以上の学級委員はみんなそろうから、クラスに同じ名前の子がいるかどうか、たずねてみるわ」

「そうだね。もし木下さんが、あしたば小の生徒なら、これは返してあげたほうがいいもんね‥‥あれ?」

 何気なく画用紙をながめていたケイは、びっくりしたように顔を近づけた。横にして、逆さにして、また縦にもどして、今度はじぶんが首をかしげた。

「ひみつの暗号でも書いてあった?」

 おかしそうにたずねられても、ケイは首をかたむけたまま。机の上に画用紙をぺったりと広げると、

「見て」

 指さしたところは、ちょうど、ピンと立てた耳と耳の間のあたり。

「ほら、ここだよ。白いクレヨンで描いてあるから、気づかなかったけど」

 二つのおでこがくっつきそうなほど、トウコも顔を近づけた。風に飛ばされ、ずぶぬれになったせいで、画用紙はうっすらとよごれている。もしも、まっ白いままだったら、気づかなかったにちがいない。

 羽のはえたミケネコの頭の上には、ぽっかりと、白い輪が描かれているんだ。

「これは‥‥!?」 

 二人は声をそろえた。

 大天使ミケネコ!

 クラスじゅうの視線が集まり、二人ともあわてて口をおさえた。ケイは急いで画用紙を丸め、背中にかくした。シノブがこっちを見てニヤリと笑い、次に男子のほうへ向き直ると、大げさに両手をひろげて言った。

「天使がいるとかいないとか。四年生にもなって、ようちなやつらだ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ