クローン・メモリー
この時代。
この文明も技術も進んだ時代に不釣り合いなノスタルジックな町並み。
だがしかし彼女はそんな世界で馴染んでみえる。
とある小さな田舎町に一際目立つ大きな屋敷。彼女はそこで生を受けた。
名前はナタリー。
年齢は九歳。兄弟はおらず、生まれつき病弱な身体で屋敷からほとんど外出はしない。
淡い栗色の髪を腰まで伸ばし、大きな黒い瞳と左の目には泣きホクロ。花柄のワンピースがお気に入り。
とてもナタリーは良い子で、フィナンシェ作りが趣味で、礼儀正しく大人びていて、とても笑顔が素敵だった。
ナタリーの父親はプログラマー。母親はファッションデザイナー。 二人ともその業界では有名で多忙な日々を過ごし、仕事のためナタリーの世話を家のメイドに任せて海外へ出掛けることが多い。
数人のメイドに囲まれて育ったとはいえ、彼女はまだ子供……いつもどこか寂しげで、一人でいることが増え友達もいない。
だが彼女は幸せそうに、周りに気をつかいながら生きてきた。
そんな彼女に神様はあまりに残酷で不平等な運命を与えた。
ナタリーは大人になれない。重い心臓病で、彼女の余命は一年と医者に言われたのだ。
人類は過ちを犯す。
行き過ぎた着想が本来求められるべき医療の発展をおろそかにし、とある分野の技術を徹底的に研究した。
それが『クローン技術』である。
計画が持ちあがった当初は莫大なコストとリスクがかかった。
女性の母胎を利用して数々の無意味な研究と犠牲もあった。
人命の価値を問われた。
だが研究者達は死者を人為的に蘇らせることは常識では考えられないが…死に逝く者と同じ存在が作れたとするならという結論を出した。
死を愚弄することは許されない。それをどうにかしようなど絶対的な法則を破ることになる。
だが人類は好奇心に負けた。
ナタリーが生まれる前から行われてきたクローン実験。
そして研究を重ねたある日。私はクローン人間として生まれた。
ナタリーの後を継ぐために。ナタリーの両親の依頼により、私はナタリーになるようにプログラムされた。
私の頭部にはAI…つまり人工知能が組み込まれ、体内には無数のナノマシン。
それでも見た目はナタリーそのもの。
ナタリーの過去の経験。他にも身体能力、遺伝子配列、体内環境、細胞、血液、内蔵、心拍数、骨組織、筋繊維、酸素量……移動速度までも。
ありとあらゆる情報を‘コピー’でき、そして複製できる。
コレに関しては後々戦争経済に用いられる予定である。
そして私はナタリーのもとへやって来た。彼女の余命はあと半年。
屋敷へやって来たナタリーと瓜二つな姿の私を、彼女は何の疑いも恐怖心もなく受け入れた。
そしてナタリーは笑う。
事前にクローンの事は聞かされていたのだろう。聞かされたうえでの対応がこの笑顔だ。
幼い彼女の心情に私の胸が締め付けられた。当然である…私の中にあるナタリーというシステムがそうさせる。
誰よりも優しいナタリーという存在が。
それからの彼女との生活は、はたから見れば双子の姉妹が仲良く遊んでいる光景。
病気であるハズの彼女はそんな様子を微塵も感じさせず、楽しそうに私の服の袖を引っ張りながら屋敷中を走り回る。
屋敷に来たばかりの私を案内するかのようにあちこちと部屋を見てまわる。
庭で遊んだ時は私の為に花の冠を作り、頭の上にソッとのせてくれた。
母親の部屋に忍び込んでイヤリングや化粧品を盗み、二人でお互いの美しさを競った。気品な彼女が私にだけ見せた無邪気な姿である。
短期間だが共にいた時間は長く、そうして私たちは誰よりもお互いを理解するのが早かった。
そもそも彼女は私で私は彼女なのだ…当然といえば当然。
ある日。私はフッと彼女に聞いたことがある。
自分の運命と私が担う運命のことについて辛いのかを。
迷うことなく彼女は首を横に振った。それを見た私は、その時から彼女の強さにある決意が固まる。
私は彼女と過ごす。
オリジナルのナタリーが生命活動を維持できなくなるその日まで。
そして『その日』はやってきた。
半年の余命だった彼女の年齢は十二歳。医者も驚き、そして私の存在が彼女をここまで生かしたのだと言われた。
コレが『人間』の強さである。私には存在しない強さ。
そう…私はあくまでクローンなのだ。
そして私は私の決意をつらぬく時がきた。
記憶と人格が彼女でも目の前にいる彼女が『私』である証しにはならない…コレはオリジナルのナタリーには見出だせない私にしか無い唯一のモノ。
魂の存在は? 魂というモノが私にはどうしても理解できないのだ。
コレは後に生まれるクローン達にも反映するだろう。
人類は学ぶ。
研究者達は知るだろう。
人は人を作る。だが人は人を『作って』はならない。
最終的に結果的に人は死ぬために生きる。その過程を楽しむのだ……生きるのだ。
私は彼女のかわりに生きることを辞めた。私は失敗した。
ナタリーと共に生きてナタリーと共に死ぬ。
気高く生きて誇り高く死のう。
人類は知るだろう。この意味のある死を。
衰弱してベッドに横たわる彼女の隣で私はずっと見守る。
彼女を見届ける。
静まり返った部屋の中で。彼女の小さな口から小さな声で私に『……ありがとう』と言った。