秘密は強さで許される
夕食の時間になって、翠はギルバートの向かい側ではなく、彼の横の席についた。
「切り分けたら、左手で食べられますよね?」
「……左も重くて動かんな。こちらばかり酷使した所為だろうか」
「……これだけの使用人に囲まれて恥ずかしくないですか」
「さぁ、なんのことやら」
にやりと笑ったギルバートに溜息をついて、翠は食事を切り分けては、彼の口へ運ぶ。
その傍らで、自分の食事も済ませているので、とても忙しい。
食事のために広間へ移動した際に、フィオルナルとは別行動になった。
広間にいるのは、侍女や女官、侍従と護衛中のルーカリアナたち近衛である。
見えないところには、ジナオラもいるかもしれないし、他の影もいるかもしれないが、それについては分からない。知りたくもない。
翠が思うのは、ルーカリアナは一体いつ休んでいるのか、という疑問くらいだ。
その疑問は決して心配ではない。現時点で、後頭部あたりに熱視線を感じているのだ。そういう意味で、休んでおけばよいのに、とは思う。
「……そういえば、お前、国でも乗っ取るつもりなのか」
酒を飲んでいたギルバートが思いだしたように、背後のルーカリアナを指した。傷にアルコールは障るかもしれないというのに、飲むのを止めないので、翠も何も言っていない。
痛みを消す魔法もかかっていないだろうに、傷が疼いたりはしないのだろうか。
アーガルの件は、ルーカリアナ自ら報告したのだろう。
むしろ、昼間に聞かれなかったことの方が不思議であった。
「おかげさまで、アナタのお手紙がきっかけですよ。アナタのことが大好きなのに、私にばかり構われるから、嫉妬でもしたんじゃないですか」
「ふん」
翠の話が不満だったのだろう。ギルバートは鼻を鳴らしただけだし、背後のルーカリアナからの圧力が増した。
「アナタの所為なのは本当でしょう? 私と彼でお遊びになるから」
伝えてもよいようなことを伝えずに、ルーカリアナの猜疑心を煽ったのは、間違いなくギルバートである。それが分かっているので、ギルバートも文句は言わないのだろう。
「見事に男で固めおって」
「あら、嫉妬ですか?」
「気に食わんだけだ。身のまわりの世話をするのが、結局お前の犬になってしまったではないか。そのうち、女騎士でもつける手筈だったのだがな」
「そうとは知らず」
それを嫉妬と言うのだ、とは決して言わずに、翠は素知らぬ顔で笑う。
「犬といえば……お前、思ったよりも鼻がきくそうだな」
「腕のいい魔法師の、腕のいい魔法陣を、よく知っているからでしょう」
昼間の政治言語については触れないが、神語については触れたくなったのか。
ギルバートは、翠が見つけて読みとった、魔法陣の神語について言っているのだろう。
王であるギルバートに話がいっているのはもちろんだが、その場にいたルーカリアナやジナオラはもちろん不思議に思っているだろうし、当然、自分の陣のことであるので、フィオルナルも、その不自然さには気付いているに違いない。
ギルバートが帰るまで、翠が詳しい事情を聞かれずに済んだのは、この王宮で、最も魔法に詳しいとされるフィオルナルが、翠を追及しようとしなかったからである。
当然、ギルバートにそんなことは関係ない。
異世界育ちで神語など習ってもいないし、そもそも魔法が使えるとも思われていない翠が、魔法陣を読むのはさすがに不自然だっただろう。
しかしながら、翠としても正直に答えるつもりはなかったので、言外に、召喚陣が原因ではないか、と言葉を濁してみたのである。
幸い、ギルバートも無理に聞く気がなかったようで、そうか、と一言、食事に戻った。
もちろん、不安要素を排除したいルーカリアナは、背後でイライラしているだろうが、残念、ギルバートはそういう性格だし、この超直感の持ち主が聞かずともいい、と判断したのだから、ルーカリアナには何も言えないのだろう。
ギルバートの鋭さ、危機察知能力というものは、裏を返せば、その網にひっかからない限り、秘密を秘密として持つことを許されるという意味でもある。
相手の全てを知らなければ安心できない、と思うのは、裏切られることを恐れているからだ。
ギルバートにはその恐れがないのだろう。だから、彼の前では秘密が許される。
きっと、他の王の前ではありえないことに違いない。
彼は他人に秘密を許し、その上で、自らの興味のために人を泳がす。踊らせる。
でも、それがありがたい場合も、確かにあるのかもしれない。
翠は、せっせと食事を続けながら、ふと、そんなことを考えた。