糸が紡ぐもの
果たして、翠が立ち止まったのは、昼間、小鳥を埋めた場所だった。墓参りをしたくなったにしては性急すぎる。翠は息を整えながら、何かを探すように視線を彷徨わせた。
そういえば、昼間も彼女は虚空を見つめていた。そう、ルーカリアナが思いおこしたところで、翠がぽつり、と呟いた。
「……やっぱり。書き方がフィンじゃない」
その声が耳に入っても、ルーカリアナには意味が分からない。
一方、翠の目には結界の陣がしっかりと見えていた。結界としては機能しているそれ。けれど、人が通るのに不自由ない範囲で書き換えられている。周りの整然と並んだ結界の文字と違い、ただ、バレないよう、効果が持続するようにと書かれた、乱雑な文字の並び。
フィオルナルの陣に感じられる美しさが一切なく、とはいえ、ギルバートの魔法に感じられる力の奔流もない。
ただの模倣。書き換えられ、質の悪くなったその部分が、僅かに綻んで翠の視線を奪っていた。翠が汚い陣を見たのは2度目である。1度目は、自分がこの世界に召喚された陣の、4つめの制約の箇所だった。
フィオルナルが、この国随一の魔法師が描いた、一級の美術品を汚されたような憤りを感じるが、今はそれを気にしている場合ではない。結界としては強固だが、その書き換えられた部分であれば、書き換えた人間ならばいつでも簡単に出入りができるようになっているのだから。
何か、手掛かりになりそうなことはないかと必死に目を凝らす。そして、確かに神語だが、フィオルナルが書いた陣には混じっていない、いくつかの文字があるのに気付いた。
「ルカ、この文字を知ってる?」
翠は言いながら、その場で地面に文字を書き出す。辺りが暗いので、文字事態は読めなかっただろうが、その筆跡を目で辿ったルーカリアナが、一瞬にしてその目を鋭くした。
「……どこで、それを」
「今、その説明が必要かしら?」
「その文字を知っているだけで、お前を捕縛できるとしても?」
「それはアナタも同じじゃない。何か分かったんでしょう? これが」
「……」
そこまでまずい文字だったのか。翠は内心で溜息をつきながら、核心には触れないルーカリアナに焦れて、背後に声をかけた。
「ジナオラ」
今まで影らしい部分は隠していたジナオラだが、この状況で出し惜しみはできない。
翠の声に応えて、急に姿を現した彼に、ルーカリアナが反射的に体を強張らせるが、翠が事前に呼んだこともあって、刃を向けるほどではなかった。
そも、ジナオラだって、隠れていたというだけで刃を向けられる謂れはない。ルーカリアナだって、この後に及んでジナオラがただの少年だとは思っていないし、ジナオラはそれを見咎められないだけの立場についたのだから。
「2,3年前に1度、王に大粛清された、この国の邪教で使うものだよ」
翠が地面に書いた文字を、魔法で照らしてジナオラが答えた。
「邪教……ねぇ」
同じシェリラムに通じる文字であるのは間違えがないのに、どこで宗派が分かれたのだろうか。興味はあるが、今はそんなことに思いを馳せている場合ではない。邪教とはいえ、神語であるのに違いはなく、魔法を生みだす力は国教のそれに劣らないのだから。
そして、フィオルナルの書いた陣を、彼にバレることなく書き換えるだけの力もある人間だ。それが、今、王宮内でなんらかの企てをしているのだろう。
犬が鼻をきかせた結果、釣れた魚が大きすぎるんじゃないか、と天を仰ぎたくなるが、それを堪えてジナオラを振り返った。
「それで、ウチに邪教徒は潜り込んでいるかしら」




