そして事件は走りだす
「小鳥とトゥジェノたちの殺害は、別件よね、多分」
その日の夕食。料理を前にしてぽつり、と呟いた翠を、脇に控えたジナオラが見下ろした。
「……食事時に出す話題かな。相変わらずの精神力。……鳥料理じゃなくてよかったね」
「このままでは王が帰ってきちゃうわね。アナタのいうとおり、全てを明るみに出すことは無理にしても、さすがに成果が無さ過ぎるわ」
「随分従順なんだね、飼い主に」
「アナタは違うの?」
「キミが言ったはずだけど? 逃げていいって」
ジナオラの言葉に、そうだったわね、と頷いて、それなら、と口を開いた。
「アナタも言ったじゃない。私は逃げられないって」
そうだったね、とジナオラが笑った。
「……これだけ見つからないってことは、外からの侵入者で、もう逃げてしまった後なのかしら?」
話を戻した翠に、溜息をついてジナオラも考察する。
「ありえない。トゥジェノは、あれでもトゥジェ(夕姫)だよ? 外からの侵入者が堂々と部屋を訪ねるような真似をしたら、扉前の衛士以外に、もっと昏倒させられた人間が増えたはずだよ」
「アナタはどうなの」
「殺してないけど?」
「したか、してないか、ではないわ。できるか、できないか、よ」
翠の視線に、ジナオラは目を逸らして溜息をつく。
「できる。……でも、それは僕だから、だし、今だから、だ。……僕がこうやって自由に動けるようになったのは、アーガルになったから。それ以前は、キミも見たでしょ」
そのとおりだ。ただの奴隷として、毒見や慰み者になっていた。
「表からは奴隷としてでもないと入れなかったということよね。なら、裏からこっそり入ることは?」
「できないね。この城は、侵入者にとっては結構、難攻不落でね。何より、城を囲む結界が強固すぎて、侵入者が裏から入ろうとすれば、ほどなく身を焼かれるよ。あの結界を破るには、相当の魔力と実力がいるし、無理矢理結界を消し飛ばせば、城の魔法師がとんでくる。そんなわけもあって、多少の手引きがあったくらいじゃぁ、侵入なんて、とても」
ジナオラの言葉に、翠は昼間見た光景を思い出す。確かに、そういう類の結界が張られていた。なるほど、やはりあれが城の防御の要なのだろう。
「消し飛ばさないまま、書き換えたりはできないの?」
「さぁ、僕は陣については専門外だから、そこは専門家にでも聞いてもらわないと」
「専門家?」
ジナオラの言葉を反復した翠に、ジナオラは不思議そうに首をかしげた。
「キミのアーガルの仕事だよ。 ほんと、陣を張るのについては、飛びぬけて優秀なんだよね、あの、魔法師」
「え、フィンが……?」
「そうだよ。彼が城で働きだしてからしばらくして、大幅に改善されたんだって。それまでは、あくまでよくある結界だったのが、僕ほどの遣い手でも歯が立たなくなった」
これでも優秀なんだけど、と困ったように呟くジナオラの言葉をよそに、翠はハッと立ちあがった。
そうだ。当たり前ではないか。彼は王に次ぐ権力者。魔法の力では比肩を許さない、王宮魔法師長なのだから!
「え、ちょ!?」
ジナオラが声をあげるがそれを無視して部屋を飛び出す。
「リーリア?」
ドアの外に居たのは、幸いにもルーカリアナではなかった。その驚き顔を見て、一気に脇を走りぬける。
「ごめんなさいね!」
普段と違う翠の様子に驚いたのか、護衛にもかかわらず、一瞬、衛士の動きが止まった。自分の護衛としては心配になるが、今は助かる。翠は一目散に後宮の出口へ向かった。
庭園の方向へ走る際、鍛錬場が見える場所を通過しようとして、ちょうど鍛錬場から出てきたルーカリアナと目があった。距離も遠く、目があったかなど本当は分からないのに、そう確証がある。まずい、そう思って足を速めた。
とはいえ、所詮は引きこもりの側妃である。目的地はもうすぐと言ったところで、あの距離をよく詰めたものだ、とあっけなく掴まった。
ルーカリアナは、一応翠を追って来て、そして彼に追い抜かされたらし、部屋前の衛士を睨みつけはしたものの、もういい、とばかりに翠を掴んだとは逆の手を振って追い返す。
「どういうつもりだ。お前は、自分の状況が分かってないのか? もう少し利口な人だと思っていたが」
全力疾走した所為で息が上がり、もはやルーカリアナの腕から逃れられないだろうと、大人しく後ろを振り返った翠に、普段より幾分か低い声が落とされた。
無理矢理切ったら短くなりました。すみません。