選ばせる女
すみません。話の繋がりをもたせるため、1話挿入しました。
「シスイ、おはようございます」
ギルバートと翠の食事に毒を盛られた次の日の朝、フィオルナルは酷く険しい顔で翠の部屋に現れた。
「……顔が険しいわね。聞いたの?」
翠がギルバートと食事をとる際、翠はフィオルナルを早く返していた。ギルバートと喋りながら食事をすると、それだけ時間がかかるのだ。食事がなければ、特に困ることはないので、フィオルナルが居なくても問題はない。
「シスイ。朝食の席に呼ばれています。陛下の遣いが先ほど来ました」
「そう。なら準備をしなくてはね。アシュレイを呼び出すのは可哀そうだから、私たちで済ませましょう。朝だから、少し気が抜けてても大丈夫かしら」
寝台から起き上がり、クローゼットに向かった翠の手を、フィオルナルがとった。
「シスイ」
「……どうしたの」
翠の手を握ったまま、フィオルナルが膝をつく。
「私も、連れて行ってください。アナタの食事は、私が確かめますから」
「……」
その言葉に、翠は無言でフィオルナルの手から逃れた。彼だって気付いているはずなのに。翠が、彼の命を背負うつもりがないことを。
だが、翠だって知っている。フィオルナルが、翠のために彼の命を懸けたいと思っていることを。
だから、翠はフィオルナルに、正式なアーガルを命じていないのだから。
「私が王の食事に呼ばれた理由は聞いていないみたいね。私、毒は見分けがつくの」
だから、毒見は不要よ、とだけ告げて、フィオルナルに背をむける。
「シスイ……!」
「それよりも、お願いがあるのよ。私が戻る前にアナタは公務に行くでしょう? その前に、アシュレイに伝えておいてほしいの。話がある、と」
翠はそれだけ告げると、着替えるわ、と告げてフィオルナルを部屋から追い出す。
1人になった部屋で、翠は小さく溜息をついた。
どうして、誰も彼も、翠に選ばせるようなことをするのだろう。
発端はジナオラである。彼の命を、翠は選んだ。
でも、それは苦渋の決断だった。自らが選択を間違えるのを恐れていた。
それでも、ジナオラは直接的には翠に関わりのない人物である。だから翠は、自分がいるときと、いないときを、2択で選択することができた。
だが、フィオルナルをはじめとした、翠に近しい人間はどうだろう。
翠がいなかったとして、彼らに命を懸けさせるものは他にないのだろうか。
翠がいなければ、彼らの運命はどうなっていたのだ?
分からない。分からないからこそ、嫌になる。
だから、翠は自分が選ぶのを止めた。
……だったら、選ばせればいいのだ。自分の運命なのだから。
「アナタ、私の侍女を外れる気はない?」
「え……」
フィオルナルに話があると告げられて、畏まって待っていたアシュレイは、翠の一言に固まった。
「あの、わ、私、何か粗相を……!?」
途端に涙目になるアシュレイの瞳をしっかりと見つめて、そうではない、と告げる。
「緘口令が敷かれているから、ここだけの話にしてね。……昨日、私の食事に毒が盛られたわ」
翠の言葉に、アシュレイが目を見開く。
「そんな、なんで……っ」
「それは私にも分からない。近衛の皆さんが調査していると思うけど、昨日今日で犯人が分かるかどうかも、私には想像がつかない」
「……よく、御無事で」
アシュレイは翠の言葉に、食事に毒を盛られた翠を心配してくれた。それで、十分だ、と思う。
「このままだと、私に近い者も危ない目にあうかもしれない。だから、アナタには私の侍女を外れてもらいたいわ」
「……っ」
翠の言葉に何かに耐えるような表情を浮かべて、アシュレイは目に涙を溜めて翠を見返してきた。
「不敬は承知の上で、お願いさせていただけますか」
「……聞くわ」
「私を、アナタの傍で仕えさせてください。例え、この命に危険があったとしても。私はそんな危ない場所にいらっしゃるアナタ様を1人おいて、自分だけ安全な場所へは行けません」
アシュレイの言葉に翠は重い息を吐く。
「アナタはアーガルじゃないのよ。私に命を懸ける必要はないの」
「分かっています。私などをアーガルに選んでくださるとは思っていません。ですが、私はリーリアのお傍に仕えたいのです。ただの女官として勤めあげるより、リーリアの侍女としてありたいと、心から思っています」
「フィンは王宮魔法師長だわ。いざとなれば、自分の身を守れるかもしれない。でも、アナタはか弱い女の子なのよ」
「リーリアも、そうでございます」
アシュレイの意思は固い。
だが、アシュレイは勘違いしている。翠は、そう簡単には死なないのだ。
「……アナタが危険な目にあっても、助けにいけるか分からない」
「むしろ、そのような危険な場所へはいらっしゃらないでください。私がどれほど危険な場所にいても、リーリアさえ御無事であれば、私は他に何も望みません」
まだ少女と言うべき年代の彼女が、どうしてそこまで他人に命を懸けられるのだろう。翠には到底想像もつかない。だが……。翠は選ばせた。半ば結論は見えていたが、それでも、翠は選ばせたのだ。彼女自身が、その責任から逃れるために。
「……それで、いいのね?」
「はい。どうぞ、アナタ様のお傍に」
「……分かったわ」
アシュレイの決意の言葉を聞いて、翠は暗澹たる気持ちで頷いた。