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スイ様の言うとおり!  作者: ゆう都
第二章 後宮の片隅で咲く花
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選ぶ女

 翠は、初めてギルバートと夕食を共にしてからというもの、週に1度は、同様の呼び出しを食らうようになっていた。さすがにカカットの間はそういうわけにもいかなかったが、年が明け、いつもの空気が王宮に戻ってからは、再び呼び出されている。

 もはや翠がギルバートのお気に入りだというのは周知の事実となってしまったようで、今さらあがく気も起らず、今日も今日とてルカの後を大人しく付いていくのだった。




 王が食事をとる広間について、すぐに頂きます、というわけでもなく、まずは食前酒が2人の元に運ばれて、雑談などをする。

 話など、夜にも散々しているだろうに、と思いながら、それでも不思議なことに話題が尽きることはなく、毒にも薬にもならない話題が2人の間を行きかった。

 そのあとで、いつも通りジナオラが毒見を行う。夜の庭園で話して以降、会話すらしていない。彼は翠の前でただの毒見役であったし、翠は彼の前ででただの側妃であった







 その日も、いつもと同じく、ジナオラが行う作業をなんともなしに眺めている。そして、ふと気がついた。気が付いてしまったのだ。その、存在に。

「どうした?」

 咄嗟に表情が歪んだのがバレたのか、ジナオラの作業を見つめる翠を見つめていたギルバートが怪訝そうに問いかけた。

「いえ……」

 翠は口ごもる。言おうか、言わまいか、激しく迷っていた。


 翠は世界に影響を与えるつもりはない。それは、異世界へ喚びだされたからではない。前の世界でも、そう思っていた。

 しかし、翠が異世界に喚び出されたことで、分からなくなってしまったのだ。翠が翠でなければ、フィオルナルが命を賭けた、かの魔法陣に喚び出されることはなかった。

 要するに、翠の存在が、既にこの世界におけるイレギュラーとなっているのである。そうだとすれば、翠は自らの存在が理由となる世界への影響を排したい。排さなければならない。




 順番に前菜の皿から手をつけるジナオラの、最後の皿。水物の皿に毒が盛られている。

 もはや人のソレではない感覚で、それを察してしまった翠は内心で呻き声をあげる。

 ジナオラは王の皿で毒見をする。翠が手をつけるのは、同じように作られて、同じように盛られた、しかし、皿から直接は毒見をされない食事であった。

 そしてその料理は未だ、翠の前にはない。テーブル脇に銀の覆いで覆われたままのそれから、感覚で毒の存在を感知するのは、いくら翠でも不可能であった。

 だからこそ、分からない。狙われたのは、王か、両方か。




 ジナオラの料理に毒が持ってあるということは、王が狙われたのはほぼ確実である。給仕が配膳を間違えない限り、王を毒殺する意図なのだろう。

 翠が理由で、王ともども毒殺する意図であれば、それは翠がこの世界にやってきたが故のバグだ。ジナオラはここで死ぬ運命ではないだろうし、翠はそれを止めなければならない。

 しかし、翠の存在に関係なく、ただ王に毒が盛られていただけであれば、それは翠が影響を与えるべきではない、世界の道筋である。例えジナオラが死ぬと分かっていても、翠はそれを止めるべきではない。




 それでも、人外の力を使わないままで、そのどちらかを判断することは、翠には不可能であった。着々と毒見を終え、ついに最後の皿に手をつけたジナオラを見て、1つ、大きなため息をつく。

「スイ?」

 そんな翠の様子に、ギルバートがもう1度、怪訝そうに声をかける。しかし、心を決めた翠は、もはやそれに構う余裕はなかった。




「ジナオラ、それを呑みこんでは駄目よ。すぐに吐き出して。そこのアナタ。彼に桶と水、それから布巾を」

 翠の言葉に、今まさに、匙に口をつけたところのジナオラがとまった。ついで、激しく咳き込みながら、口の中のものを吐き出す。

「なんだと?」

 そんなジナオラの様子や、慌ただしく翠の命令に従う侍女には目もくれず、ジナオラを代弁するように、ギルバートが問うた。




「毒ですわ。それも、結構強いもの。毒見役なら、気付いたかもしれませんけれど」

 とはいえ、焦っているような態度からして、ジナオラも感知できていなかったとみた方がいいだろう。

「毒見なのだから、確かめるために食べて死ね、とアナタはおっしゃるのかもしれませんけれど。私、食事前に死体を見るのは遠慮しますわ」

 未だ険しい顔を浮かべるギルバートを見つめ、翠は静かに告げた。視界の端で、侍女が容易した水で口を濯いでいるジナオラを見て、おそらく大丈夫だろうと安心する。

「バレット、魚を」

「御意」

 今日も今日とて、当然のように彼の後ろに張り付いていたルーカリアナが、ギルバートに命じられて部屋を出る。寸前まで、翠に鋭い視線を投げていたが、翠はそれを見なかったことにした。




 魚を、ということは、ジナオラの代わりに魚を殺すつもりと見た。正直なところ、翠にとっては、ジナオラも魚も等しい存在なのだが、さすがにそれを正直には言えない。さすがのギルバートも、同族と魚を同列に並べられれば、翠の異質さに気付いてしまう。

 結局、完全に影響を排することを望んだところで、どこかに影響が出てしまう。翠はそんな歯がゆさを感じて内心で溜息をついた。




 ルーカリアナの背中を見送ったギルバートは、深いため息を吐いて椅子に座り直した。

「なぜ分かった。まさか、お前が盛ったなどという馬鹿は言うまいな?」

「さすがに、自分で盛って自分で止める程、愚かではありませんわ。毒見の存在も知っています。少なくとも、毒見が居ない場で盛りますわ」

 翠は正直に答える。ギルバートが翠の部屋を訪れた時には、何度も翠が手ずから淹れた茶を飲んでいる。普通の思考をしていれば、毒を盛るのはそこだろうに。

 ……もっとも、どうせギルバートだって、本気で言ったわけではなかろうが。




「そういえば……。そこのアナタ、その覆いを開けてくださらない?」

 翠は思い出したように、壁際の侍女を振り返った。その侍女の傍には、翠の為に用意された食事がある。

「え、は、はい!」

 急に声をかけられたことに驚きながらも、侍女が食事の覆いをどかす。

「……なるほど」

 翠はその料理をひと目みて、呟いた。幸い、翠は賭けに勝ったようだ。

 翠の食事にも、毒は盛られていた。




「スイ、分かったのか」

「……えぇ、私も被害者のようですわ」

 どうせ、普通の人間の考えつかないところで、毒の存在に気付けてしまうことは、もうバレているのだ。そのことについては、これ以上隠しても仕方がない。




 もちろん、翠がそんな能力を持つなど、犯人は思いも寄らなかったに違いない。……では、毒見役の存在はどうであろうか。もし知っていれば、毒見役が死んだ時点で、ギルバートがその食事をとるはずがない。もちろん、毒殺は失敗である。

 犯人は毒見役の存在を知らなかったとみてよいだろう。ジナオラの存在はそこまで有名ではないと思われる。どちらかといえば、ギルバートは自己保身でなく、自己満足のために、毒見をおいているのだ。

 部屋付きの給仕や近衛でもなければ知らなかったとみてよいだろう。そこまで考えて、あぁ、ジナオラが自分で盛った可能性もあるか、と考えた。ジナオラが毒に耐えきれば、ギルバートと翠の暗殺が達成される。そこまで考えて、生理的な涙を浮かべて床に崩れているジナオラを見る。……無理そうだな、と素直に思った。




「もう1度聞く。どうして分かった。まさか勘などとは言うまいな」

「ならば、予感といいましょう。悪い予感がしましたの。それだけですわ」

 超直感とも呼べる感覚を持つとは言えまい。否、そんな感覚を信じられない人間にとっては、勘と変わらないので、言い得て妙なのかもしれない。

 とすれば、翠の返答は当らずとも遠からず。にも拘らず、ギルバートは顔をしかめて鼻を鳴らした。どうやら、お気に召さなかったらしい。それはそうだろうな、と翠も思った。




「陛下」

「あぁ」

 間もなく、ルーカリアナが水槽に入った魚を持ってきた。ギルバートが立ち上がり、ジナオラの前……ではなく、翠の傍に給仕が用意していたワゴンから、翠のために誂えられた皿を取ると、その水槽に欠けらを落とした。

 ……水槽の魚がそろって腹を見せたのはその直後。




「……バレット、適当に処理しておけ」

 ギルバートはもはや溜息すら出ない様子で水槽をルーカリアナへ押しつける。ギルバートのいう処理とは、なにも水槽や死んだ魚のことではないだろう。毒をもった犯人まで含めての処理である。

 ギルバートの言葉に、ルーカリアナは今までにない険しい表情でうなづいた。




「何の毒かまで分かるのか」

「当てるために食べましょうか?」

「……ならばいい。あぁ、そういえば、食べたヤツがいたな」

 味覚情報は、他の感覚よりも物質を見分けるときに便利だろう。とはいえ、翠が毒を食すことは当然のようにギルバートが却下する。翠も、『では食べろ』と返されるなどとは思っていないので、素直に従う。

 そこで、ようやく思い出したようにギルバートが傍らのジナオラに目を向けた。




「っ、申し訳ございません!」

 ジナオラはギルバートの視線に気づき、即座に体勢を整えて床へ這いつくばった。

 本性を知っているだけに、翠は微妙な心境でその様子を眺める。謝るということは、やはり、口に入れたものの、毒には気付いてなかったらしい。翠が止めなければ死んでいた。

 正直なところ、翠にも毒が盛られたか分からない状態で、ジナオラの命を救う方を選んだのは、ギルバートに告げた理由が近い。どうせ分からないなら、命のある方をとってやろうか、程度の気持ちだった。その方が後味も幾分かマシだろう。

 もっとも、翠の影響の範囲外で人が死んだところで、翠の心は動かないのだが。




「分からぬか」

「何のための毒見か……申し訳ございません」

 ギルバートの呟きをうけ、一層低く頭をさげるジナオラに、彼は嘲笑を浴びせた。

「何を言っている。毒見の役目は、毒の存在を言い当てることではない。毒を食して死ぬことだ。今回はそこのが止めたが、お前があのまま死んでいれば、立派に役目を果たせただろうよ」

 ギルバートの言葉にただ恐縮するジナオラを翠はただ、無感情で見つめる。




「とはいえ、予感とやらで毒を見分ける者が居るのだ。、あえて人死にを出すでもないな。確かに、胸糞が悪い」

 自分で毒見もできるだろうに、あえて毒見役を使っておきながら、何を今さら。

「スイ、これからは常に俺と食事をとれ」

 と、思ったのもつかの間。ギルバートにそう言い渡されて、翠はため息でもって返事に代えた。



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