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スイ様の言うとおり!  作者: ゆう都
第一章 暗転、そして出会い
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祈らない理由

「シスイ(スイ様)」

「おはよう、フィン」

 この3日、変わらぬ朝の挨拶をして見せる主に、フィオルナルは内心でため息をついた。

 王自らのその側妃に謹慎を命じてから3日。通常ではありえない冷遇にも関わらず、目の前の主がそれに堪えた様子は、やはりなかった。

 翠に謹慎が言い渡された後にも、ギルバートが翠の元を訪れたという話はフィオルナルの耳にも入っていたが、翠の貞操の無事だけを確認する以外の話は聞いていなかった。それは、相変わらず翠がフィオルナルを頼らなかったが故であり、また、フィオルナル自身、頼られない自分を翠を通して突きつけられるのを怯えているということであった。




「シスイ、昨日を持って貴女の謹慎は解かれました。本日ははくの日。アナタにも礼拝の自由が認められています。礼拝堂へご案内させていただきます」

 聞きなれた呼び名と、そのあとに続いたフィオルナルの言葉に、翠はゆったりと首をかしげた。




 閑話であるが、大陸の共通言語では敬称は名前の前につけることになる。

 王族相手や絶対的な主従関係のある場合などにしか使われない『シィ』。

 仕事上の取引関係や手紙の宛名などで使われる『ラッ』。

 年配者への呼びかけや初対面のマナーとして使われる『フィ』。

 他には子供を呼ぶような『ミラ』や、学者や師などにつける『ギォ』等もある。

 なお、名詞を性別で区別する言語ではないので、男女共通だ。




 とはいえ、共通言語では役職を指す名詞に敬称が含まれており、役職に関わる場では役職名で呼ぶのがマナーであるため、よほど親しい間柄や身内間でなければ名前に敬称を付けて呼び合うようなことはない。

 日本語で言えば『社長様』と呼ぶのに違和感があるのと同じことなのだろう。もちろん、妃の地位である『リーリア』も、通常であれば、そのまま呼ぶのがマナーである。

 フィオルナルが翠を名前で呼ぶのは、翠の願いとはいえ、例外的なことであるのだ。

 ただ、シィ・スイを語感からシスイと呼ばれるようになって数日、フィオルナルは様々な感情を持ってそう呼んでいるのだとしても、翠は存外、その呼び方を気にいっていた。




 異世界に来てまだ数日。翠にとって分からないことは山のようにあり、部屋に閉じこもってフィオルナルと話をするだけの毎日でも、聞き返す内容にことかかない。2日目辺りから、いちいち聞き返すのが煩わしくなって、首を傾げるだけで済ますようになった翠であるが、フィオルナルはその都度、丁寧に説明をしてくれていた。




「シスイのお国とは信仰も違うのですね。当然のことでしょうに、気が回りませんでした。この大陸の国の多くは最高神シェリラムを信仰しております。中でも信仰に厚いこの国では、週に1度、白の日の朝食前に礼拝を行う習慣が、貴族階級、庶民階級を問わず、広くございます。シスイは他国出身ということになっておりますから強制はいたしませんが、礼拝を欠くことで、口さがない者に隙を与えることになるかもしれません」




 なお、翠が喚び出された世界の天体や暦は、概ね地球と同じであった。

 太陽1つに月1つ。1日も24時間で、時計も元の世界にあったものと同じ。もっとも、つくりや価値は、地球で言う中世の頃のものであるのだが。

 1年は12か月で365日。6日で1週間、それが5週でひと月となる。




 週の曜日は、休息日であるはくの日から始まり、せきせいりょくおうの日と続いて、こくの日で終わる。

 そして、年の終わり2日、初めに3日、週にも月にも含まれない色の無い日を祝祭日とし、それを合わせて1年を365日としていた。




 『シェリラム』。神語で『千の宝』を指す神が、一体なにを指しているのか。

 嫌になるほど理解していた翠は、翠を案ずるフィオルナルの言葉に、しかしゆるゆると首を横に振った。

「心配してくれたアナタには悪いけれど、礼拝は控えるわ」

「シスイ……?」

「私の生まれ育った国の民は、宗教感覚がとても薄いの。でも、他の国では宗教を理由に諍いが起こったこともある。私の宗教感覚はそういう曖昧なもの。今さら、熱心に祈れるほどの信仰を神に向けるのは難しいけれど、だからといって、形だけの礼拝をするのは、私は嫌」

 息を吐くように嘘をつく。自らを思ってくれる相手に、そんな仕打ちを平気でできる自分に嫌気がさすが、真実を告げる気は、翠にはなかった。

 翠の言葉をどう受け取ったのか、翠には分からない。それでも、フィオルナルは1つ頷くだけで翠に自由を許した。





 フィオルナルが、自らも礼拝のために翠の部屋を辞してしばらく。やはり、神殿側出身というだけあって、敬虔な信者なのだろうと翠が苦笑していると、扉前の衛士が、もはやいつもどおりの急な来客を告げた。

「礼拝に行かなかったと聞いてな」

「……アナタもでしょう? 王、あぁ、いえ、ギル」




 自分のことを棚にあげて、翠に揶揄するような言葉をかけてきた一応の夫に、翠はもはや隠しもしない呆れた視線を向けた。そんな翠に、ギルバートもどこか満足そうな笑みを浮かべる。

 もっともその笑みは、飼い猫の精一杯の曲芸を見守るような、翠からしてみれば、凶悪な笑みであった。




「この国で、自らの意思で礼拝を欠く者など、俺くらいだと思っていたのでな」

「生憎、私はこの国の者ではありませんので。……とはいえ、そのような者がギル1人だけとは……なんとも危うげな国ですね」

「お前もそう思うか? 本当に、神殿というものは面倒だな」

 宗教を用いた民意操作は、当然、ギルバートが突き進む覇道に一躍かっている。とはいえ、その力を真実、牛耳っているのは神殿なのだから、ギルバートとしては、任意で爆発させられる爆弾のスイッチを、信用できない他人に握られているようなものだ。

 しかも、その爆弾の威力は、どれほどの国民を操作できるかにかかっている。信仰を欠くものが少なければ少ないほど、神殿側が反乱を企てた時に、その危険が増すのである。




「お前が何故、礼拝に行かなかったのか、聞いてみたくなったのだ。小賢しいお前のこと、従僕とはいえ、神殿側出身のエリツァには真実を話していないだろう?」

 翠が礼拝に赴かなかったことを誰から聞いたかは知らないが、翠がフィオルナルに対して行った対応を読みきられていたことには、素直に白旗を上げるべきだろう。

 翠がギルバートと会話をしたのは、未だ数回であるが、既に翠という人物像の把握が相当進んでいることを知る。




「ギルは、どうなんですか?」

「どう、とは?」

「怖いではありませんか、アナタの信仰を否定するようなことを言ってしまわないか」

 礼拝に行かないことと、信仰がないことは別である。礼拝に行くほど強くなくとも、ギルバートが神を信仰している可能性は無きにしも非ず。そんな者を前にして、例えば、神など居ないと全否定してしまえば、相手によっては逆鱗に触れることになる。

 翠は、宗教とはそれほどセンシティブな問題だと思っている。……もっとも、目の前の人物が、そのようなところに逆鱗を持っているとは、翠自身も思っていないのだが。




「ふん。まぁいい。安心しろ。俺は信用していないのだ。神という存在そのものをな」

正直に告げたなギルバートに、翠は苦笑を浮かべた。なるほど、『いない』派だったか。ギルバートにとっての神がそういう存在なのだとすれば、翠の理由が逆鱗に触れることはありえないだろう。

しかし、ギルバートにここまで正直に明かされたとなれば、翠自身の理由を誤魔化すことはできない。否、してはいけないだろう。




「ふむ。……お前は違うという顔だな」

 相変わらず、感情を読むのが上手い人だ。翠は嫌になりながらも口を開いた。

「……私は神はいると思っています。ただ、信仰などという対象にはならないだけ」

 翠は神の存在を知っている(・・・・・)。ただ、『拝まない』だけだ。

 翠の言葉に籠った僅かな棘を察知したのだろう。信仰している者はいるにせよ、誰も見たことがないような不明確な対象に棘を向けた翠に、ギルバートの瞳に関心の色が差した。

「ほぅ?」




「召喚魔法を行使している、この国の王ならご存知でしょう? それはつまり、世界はこの世界の他に数多あるということだと。もし、神がそのすべてに目をかけているとしたら、どれほどのものなのでしょうね、その神に届く祈りとは……。それほどの祈りを受ける神は、それでも公平であらねばならないでしょう? それはつまり、どういうことか。私はこう考えます。公平に、平等に、無視するのだと。その神に祈りを捧げる意味は、一体どこにあるのでしょうね?」




 真実である。……否、もっと残酷だ。

 この世界が信仰する神は、届く端から無視していた祈りに、そのうち、それを耳に入れることすら嫌気がさした。今はもう、神への願いは、神のもとに届くことすらない。いくら熱心に祈ったところで、祈った先には届かずに、無慈悲な空間でただ、消滅する。

 そしてなにより、今現在、神は不在であるのに。




「公平に残酷な神に、短い人間の一生から祈りの時間を捻出して差し上げてるなんて」

 バカみたい。

 酷薄な呟きを飲みこんだ翠の、続く言葉を安易に想定したのだろう。ギルバートは声をあげて哂った。その哂いは、どこへ向いたのか。翠か、それともギルバート自身は存在しないと言った神なのか。

「遠慮のない女だ。……エリツァはともかく、神殿の連中の前では言うなよ。首が飛ぶ」

「あら、大丈夫でしょう。神殿の規則は私を守ってくださるそうですから」

 異世界の人間は害されない。神への信仰が、どうしてその規則に繋がったのか、翠には分からない。それでも、その規則は、確かに規則として存在するのだから。




「アナタが私に教えてくださったように、私もアナタの前でしか言えませんわ。怖いのは信仰ではない。盲信や狂信なのですから……」

 翠はそう呟いて、ため息と共に乾いた笑いを吐きだした。


そろそろヒロインの正体が分かってきたかと。次で一応謎解きです。


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