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そこは、荒廃した前世紀の文明の名残が、ひたすらにどこまでも続いていた。
空には体を発光させる“ムシ”が埋め尽くし、しかし塵の如き小体は土埃と科学スモッグに紛れ、それらをスクリーンにするようにして擬似的な黄昏時を演出する。
擬似的とは言え、この時代では既にそれが常識ではあるが。
「――そろそろウエストサイドに着く頃だ。
セントラルも近いぞ」
カイは旧世代の地図を取り出し、現在地を二人の仲間に指し示す。
仲間とはユラとミーナの事だ。
「セントラルには“アルファ”が在るんだよね? 菌床が。
…私達は“アルファ”に近付いても大丈夫かな?」
「大丈夫さミーナ。
俺達は“ベータ”だけど“ベータ”じゃないんだし、“アルファ”の支配は及ばないよ」
あっけらかんと言い放ちつつ、ユラは建ち並ぶ廃墟郡に目をやりやり、何やら感嘆の様子。
「おっ。
あのビルの崩れっぷり、凄い創作意欲がそそられる!
ほら見てよ、こう、巨人にかじられた跡みたいな欠け方!」
おもむろにポーチからスケッチブックを取り出し、そこへペンを走らせ始めたユラ。
「呆れた…。
セントラルの近くは“ヒカリ”も“ヤミ”も多いっていうのに」
「全くだ。
――ユラ、さっさとノートをしまえ。足手まとい扱いはされたくないだろう?」
地図をしまうカイ。
膨れるユラ。
「えええ?
そりゃカイは“バイザー”持ちだからいいけどさ……俺はそこまで“目”が進化してないから、アナログに頼んなきゃいけな」
ユラが言い切る前に、二人の仲間は各々の体の一部を発光させ、その肉体の形状を異形のモノへと変えゆく。
カイは額と目の周りを“バイザー”へ、ミーナは右手と左手を“直刀”と“車輪”へと、それぞれ光を伴い変化させた。
「え? え? 二人共なに?」
「絵筆を握る事を志しているのに、観察力が著しく低いな。
やはりお前に漫画家は向いていない」
カイは眼光鋭く周囲を見渡し、警戒心をあちこちに向ける。
彼の玉石の瞳には何かが“見えている”のだ。
「カイも言い過ぎよ。
…ユラ、構えて」
そう言ってミーナが右手に力を込めた瞬間、“車輪”は外周にペティナイフ程の刃を生やした。
数本のそれらを纏う“車輪”は“船舵”にも見える。
「て、敵?
――分かったっ」
仲間達が戦闘体勢をとった事でようやく事態を察して、ユラは小さく屈み右手に全神経を注ぐ。
すると左手で抱えるようにして握られた右手が、輪郭をそのままに激しい光を放ち始めた。
光は右手の輪郭を変えてゆき、
カイやミーナと同じ、ヒトならざるものへと変貌を遂げさせる。
二人のように瞬間的な変化ではなかったが、そこには確かに、武器となった右腕が存在していた。
形態は――“立方体”。
ホテル用の冷蔵庫のような、ただの大きな立方体である。
「準備万端!
敵はどこだ!?」
「…数は五、ここから六十メートル程先の、左手の建物だ」
閑散。そして荒涼とした通りの先を、カイは真っ直ぐに注視している。
「セントラルは激戦区の一つだもんね。…分かりきってるけど、いよいよ“アルファ”に近付いてる証拠だわ」
「僕の調査に間違いは無い。
今回の奴らもおよそ陣の外周に当たるだけだ。さっさと片付けるぞ」
「…了解!」
――荒廃しきった終末の世界に平和を願う三名の若き戦士。
少年ユラ。
少女ミーナ。
青年カイ。
異形の身となった肉体を動かすのは、真の希望の現れか。はたまた闇雲にもがく愚考の境地か。
その答えを知る者は未だ存在しない――。