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―ボロボロの鉄板でコラージュした机に、三十枚ばかりの原稿が重ねられていく。
「あっはは、何このマンガ、序盤で死んじゃってどうすんのよユラ君」
最後の一ページを読み終えた後、継ぎ接ぎの鉄板で囲まれた一室に少女の笑い声がこだました。
垂れ目と小鼻が特徴的な、野の花のような印象を受ける少女だ。
「お、ミーナが笑ってくれた。
やったね」
「だって打ち切りエンドじゃん、笑っちゃうよ」
「そりゃあこんな世界だからさ、不条理を不条理な笑いで吹き飛ばしたくて」
“不条理”に強い語気を込めたユラ。
年の頃は十二・三。ミーナと同じか、それよりも少し幼く見える少年である。
ミーナはふんふんと頷き、最後の一ページを原稿の束に戻した。
「ふぅん…。
まあそれが目的なら上出来だと思うよ。……仕事柄ちょっと不吉だけど」
「へへ、シュールを演出してみたんだ」
がたり。
壁材と思われた、継ぎ接ぎの鉄板の内の一枚がスライドして、その向こう側から一人の青年が姿を現した。
青年の背後には鉄板張りの通路が続いている。
「…自分からシュールという言葉を使うな。自賛にしては程度が低いぞ」
「カイ! 前線はどうだった!?」
カイという名の青年はユラ達と机を囲み、その上に置かれていた漫画の原稿を一瞥した。
僅かに嫌悪の表情を浮かべた事を目に認め、ユラとミーナは気まずそうに目を伏せる。
眉をひそめつつカイは言う。
「…どうもこうも、相変わらず“ヒカリ”と“ヤミ”の戦り合いにはうんざりするよ。
僕達が戦争を終わらせようと動くのが、そんなに気に喰わないんだろう」
口を動かしつつ、カイは額を包むようにして手をあてがった。
すると掌で隠された陰で眉丘に光が灯り、彼が手をどかした時には“それ”は“それ”で無くなっていた。
この間、僅か一秒に満たない。
見るとカイの双瞳からは白目が失われ、緑色に輝く玉石が目となっている。
その両目を囲うようにして、縦幅は頬骨から額の富士・横幅は左右のこめかみに渡る金属が、それぞれ“顔の一部”として役目を果たしていた。
まるで瞬時に暗視用のスコープを装着したように見える。形状はカトーマスクという所。
これを“バイザー”と彼らは呼んでいる。
「あいつらと来たらいつも争い続けてる癖に、僕がフリーだと気付いた途端、血相変えて僕を狙って来る。
…まぁ僕に限らず、お前達もだろうが」
カイは“バイザー”の瞳で机を見やり、そこに置かれていた原稿を纏めて手に取った。
原稿の右下には小さく“YURA”と記されてある。
「ともかく、あいつらは只の戦争狂だって話さ。“世界を平和に”なんて言ってるのも、もう既に意味の無い戯言だ。
戦争の為に戦争してるんだよ」
手にした原稿をめくるでも無く、しかしもう読み終えたかのように“バイザー”の発現を止めて、大きく溜め息をついたカイ。
玉石でなくなったその瞳がユラを睨む。ユラは蛇の眼下に鎮座する蛙の如く凍てつき、気まずさの極みと言った面持ちで伏し目になった。
「…で、僕が前線の偵察に行ってる間、お前はこんな下らない物を描いて遊んでいた、というのが待機報告なんだな?」
「あは、あはは…。
いやぁ“笑い”でカイを迎えようかな~なんて思って…」
「笑えないな」
断じるカイに反論も言い訳も不可能だと、ユラもミーナもよく知っている。
しかし驚いた事に、カイは打って変わった柔らかい表情を浮かべて、すぐに言葉を継ぎ足した。
「…だが努力と心意気を評し、礼の代わりに良い事を教えてやろう」
思わず顔を上げるユラ。
「お前に漫画を描く才能は無い。
その事を肝に銘じたら、すぐに出立の準備を始めろ」
獅子脅しのようにがっくりとうなだれたユラ。
間髪入れずに、彼の脇からミーナが一歩出た。
「出立って……カイ君、帰って来たばかりで休憩もしてないじゃない。
そもそも行き先はもう決まったの?」
「休憩は要らない。
運良く道中で“食事”を済ませられた。それに道の目処も目的地も確定している」
“食事”と聞いて、ミーナは心配そうな顔から表情を曇らせ、しかし安心したように頷く。
「それなら、いい、けど。
次の目的地は…どこ?」
机に突っ伏したユラを横目に、カイは口を開いた。
「“セントラル”だ」
舞台は地球、場所はとある島国で。
彼らは仮宿から、かつての都心へ。