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この「1」は飛ばしても問題なく読めますので、もっさりが嫌いな方は目次より「2」からお読み下さい!
僕の大切な弟、律。
リツが死んだのは僕のせいだった。
子供の遊びだったんだ。
でも僕のせいで死んだのは間違いなかった。僕が殺したんだ。
だから、それから月日の流れた今日でさえ、仕方がないと、僕はリツに呪われてしまったんだからと、
目前に迫る命の危機をすんなりと迎え入れられるんだ――。
――時刻は夕方6時を回り、そろそろ7時からのアニメが始まる頃。
学校帰りの馴染みの商店街。
中学校もそろそろ卒業だというのに、僕はアニメが好きだ。
それもお茶の間アニメ。
サザエさんやちびまる子ちゃん、ドラえもんにクレヨンしんちゃん。
多分、僕の精神年齢は少し幼い。それか感性がズレている。でも親戚のおじさんは「大人っぽい」と僕の事を言う。
よく分からない。僕はいまだに子供のままなのかな、それとも大人になってるのかな。
…。
青信号と同時に動き出す、自転車や自動車、女の人のヒールや、男の人の革靴の音。
この音も、明後日の今ごろはもう聞いていないだろう。
僕は都内の中学を転校して、
郊外のおじさん家から別の中学校へと通うのだから。
――はたと足が止まる。
人影も黒塗りの黄昏時。
見覚えのある帰り道が、僕の記憶にある帰り道と段差を生む。
「……?」
さっきまで交差点を渡ってた所だったのに、いつの間にこんな所へ迷い込んだんだろう?
見渡せば――川沿い?
そんな馬鹿なハズない、都内に川なんか流れてるもんか。
一体ここはどこだ?
妙に暗い。
夕方の空はいつの間にか闇色に塗りたくられている。
かちり…。
不意に聴こえてきた怪音の不気味さに、僕は思わず肩掛けカバンのバンドを握り締めた。
かちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかち…。
――今の音は?
動物の音? 無機物の音?
近付いて来てるのか?
一体どこから?
かちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかちかち…。
物凄い速度で近寄って来る。
例えようのない恐怖感が、次々と僕の五感を乗っ取っていくのが分かる。
どこから…一体どこから聴こえて来てるんだ?
「…――」
恐怖に凍り付いた僕の側から音は消えていた。
目だけで辺りの様子をうかがうと、闇色の空と地、そして鉛色の川しかそこにはない。
一体何だったんだ…。
安心して一息つくと、
逆に腹立たしく思えて来る。
きっと何かの気のせいさ。
それに僕はリツに呪われてるんだし、文句の言いようも無い。
ともかく、早い所お家に帰らないと。
また父さんに白い目で見られる。
そして父さんは言うんだ…。
「リツが生きていればな…」と感慨深げに。
嫌味たらしく。
言われなくたって分かってるのに。
父さんは事あるごとに僕を否定的に見る。
――帰ろう。
僕はそれでもあの家に帰らなきゃいけないんだ。僕がリツを殺してしまったんだから。
今、何時ぐらいなんだろう?
ポケットからケータイを取り出し、開く。
メイン画面がパッと光り、
そこに時刻を表した。
同時にケータイの光は、視界の端にたたずむ存在の姿までも映し出す。
『 ミ ツ ケ タ 』
「ッ!?」
いつ現れたのか、いつからそこに居たのか、まるで分からない。
僕はあまりの驚きにケータイを手放してしまう。
ケータイはガツンと音を立てて地面に落ち、上向きに光を放ちながら“その存在”を照らしつけた。
幾重にかさなる剥き出しの歯牙を動かし、“その存在”は言った。
『 キ サ マ ガ イ ナ ケ レ バ 』
かちかちと鳴り始めたのは、
その歯牙だった。
鳴っていたのはこいつが噛み合わせていたそれだったのだ。
黒目の無い、見開かれたままの濁った瞳。それとは反して、生物とは思えないようなくすんだ光沢の黒い肌。
鼻は無いように見える。
頭部の形はまるでデタラメな、辛うじて人型だと分かるぐらいの異常なカタチ。
『 コ ロ シ テ ヤ ル 』
「化け物!」と叫ぶ事は出来なかった。
僕は何故かこの時、
この化け物がリツに思えてしまい、仕方がなかった。
“あの世”というものがあるとして、目の前の化け物はその“あの世”からやって来たリツなんじゃあないか、
なんて、そんな下らない事を考えていた。
むしろそうであって欲しかった。
僕がリツを殺したんだから、
いつかリツに殺されなきゃいけない気がしていた。
それが今なんだって信じたかった。
――どれだけ頑張っても父さんは僕の事をさげすみののしる。
――どれだけ頑張っても母さんは僕の事を見てみぬフリ。
もう頑張る事に疲れていた。
疲れていたんだ。
『 シ ネ 』
振り上げられた化け物の腕がパッと光り、ナタに似た刃物へと変化する。
参ったな。
本当に化け物なんだ。
だけど僕に恐怖感はなかった。
楽にして欲しかった。
目の前のそいつがリツであると決め付けて、僕は両腕を開いて無防備な姿を見せる。
闇夜に刃が閃き、
赤く赤く、温かな液体が僕の顔にかかる――。
***
始業のチャイムが鳴り、俺は早々に机に突っ伏した。
糸が切れた人形のような動きが面白かったのか、隣でケンヂがケタケタ笑ってる。
ケンヂの笑い声は、今しがた教室に入って来た数学教師・佐藤の視線を呼び、佐藤は教壇から呆れた声で俺に言う。
「ハカナベ~、毎度チャイムが鳴る度にそれやるの止めろよ~。
俺だって頑張って授業やってんだからさ~真面目に受けてくれよ~」
間の抜けた感じの漂う佐藤は、ウチのクラスでも人気のある先生だ。
俺は答える。
「だって数学俺苦手だもん。全くチンプンカンプン。それよか睡眠取らないと。ほら、俺ってば育ちざかりだし?」
連立方程式って何? おいしいの?
そんな気持ちだ。
そしてこのタイミングでいつも食ってかかる、学級委員長の東雲 水奈。
「儚辺君、またゴネたりしないの。ほら号令かけるわよ、立って立って」
東雲の「起立!」に俺は逆らえない。みんなと同じように席を立ち、俺は斜め45度の見事な礼をして席に着く。
逆らえないのには三つの理由がある。
一つは、家が隣同士でウチの両親と東雲の両親の仲が良すぎる事。下手な風に転んだら、俺は魔女狩りよろしく両親から火炙りの刑に処されること間違いナシ。
二つめの理由は、去年の文化祭で見た東雲の空手の演武だ。あとから聞いた話だけど、東雲はナントカ流空手の有段者なんだとか。
あれを見て東雲には逆らえないと思った。
そして三つめの理由。
あろうことか、その東雲に挑んだ不良軍団が居た。何だかんだと因縁つけて来たらしいそいつらを、ずっと東雲のターンでフルボッコ。
不良軍団は「アッー」という間に生徒指導室に放り込まれたそうな。
可憐な雰囲気は外見だけ。要するに中身はラオウとかバルバトスとか、多分そんな感じ。まぁこんなこと口が裂けても言えないワケだけど。
いつかケンヂと一緒に東雲VS不良軍団の話題で盛り上がり、ノリで「ゴリラ委員長」という流行語を作った時に殺されかけたのも、今ではいい教訓になってるみたいだ。
右隣の席のケンヂは面白くぶっ飛んだ奴で、俺みたいな普通の奴には踏み入れない領域で果てしないボケをかます。すべる。かます。たまに殴られてる。でも面白い。そんな奴だ。
授業中にも、よく「爬虫類のモノマネをしている出川哲朗のモノマネ」だとか、「茶碗蒸しの陳列棚に紛れ込むプリンの気持ちをジェスチャー」だとか、
何かもうレベルが高すぎて意味が分からない事ばかりしながら、俺を笑わせてくれる。
そこで笑ってしまって、先生の怒鳴りつけより早く飛んで来た東雲の消しゴムに撃ち抜かれた事、数十回。
内、鼻に命中して鼻血が止まらなかった事、数回。
俺に当たった消しゴムが反射して、見事ケンヂの目に突き刺さった事、一回。
学園生活も命懸けだ。
そんな平和な一時に、俺は初夏の暖かさに誘われて眠りに落ちるワケで…。
「…?」
――誰かの視線を感じる。
俺は閉じかけたまぶたを開き、前の席の壁側を見やった。
そこには肩越しに俺を見詰める男子が居た。
頬にかかる真ん中分けの前髪から、鋭い眼光が閃いている。まるでライオンか何か、獰猛な獣のような眼だ。何だよ睨みやがって、胸くそ悪いな…。
――そいつの名は確か神薗 戒。神薗コンサルタントの御曹司だ。
ウチの学校はそんな坊ちゃんが通うような上等なもんじゃないけど、家庭の事情が云々かんぬんだとかで、今期の始めに転入して来たってのは覚えてる。
最初の内は物珍しいっていうのもあるし、ムカつく事にイケメンってのもあるしで結構ちやほやされてたんだけど、当の神薗は何か人当たりも悪いし喋らないしと、コミュニケーションを取る気は無さそうだった。
今は「気難しい奴」って風に落ち着いて、あまり誰も神薗に構わなくなった。
神薗はふいっと視線を外し、何事も無かったかのように前に向き直る。前からもちょくちょく俺を振り返って睨んでる時はあったが、未だに意味が分からん。一体何なんだか。
あくびを一つ。
今日もいい天気だ。学校終わってからの遊びタイムに備えて、俺は健全な昼寝を開始すべく机に突っ伏した。
***
四時の修業チャイムを寝耳に聴いて、口当たりまろやかなヨダレを拭いつ上体を起こす。どうやらもうホームルームも終わったらしく、みんなカバンに教科書を詰め始めていた。
「儚辺君」
「…ん?」
ふと見上げれば、般若の如き怒りの形相をした東雲がそこに立っていた。
寝ぼけ頭にも事情が飲み込める。これから起こるであろう惨劇も脳裏に浮かぶ。
ヤバい。これはヤバい。こいつ俺を殺してミンチにしてタマネギと一緒にコネて明日の給食に出す気だ。
「あ、いや~東雲…今日はまた一段とお美しい……あははは」
「儚辺君の中では日付が変わっちゃったのね?」
俺はハンバーグにされたくない。すぐに言い訳を考え始め、同時進行で教室から脱出するプランを練り始めた。右隣を盗み見ると、笑いをこらえながら手を振り振り、ケンヂが俺のカバンを持って教室から出て行く姿が目に入った。
「ハル、おつかれー!」
「おつかれー! ちゃうわ!」
思わず関西弁が出てしまう。因みに俺は生まれも育ちも関東だ。
カバン預かってくれたのはグッジョブだが、 根本的には助ける気はねぇのかよ畜生!
ゴリラ委員長が居る手前 心の叫びを出せるワケもなく、立ち尽くす俺。
東雲がバンと机に両手を突いた。ヤバい。今月通算十回目の殺されるタイム発動。
「し、東雲……何て言うか…落ち着いて?」
「儚辺君、君には三つの選択肢があるわ」
①モップ
②回し蹴り
③双撞掌
「じゃ、じゃあモップを……」
「いいえ違いますモップ“で”」
東雲はどこからかモップを取り出し、それを強く握り締めて振り上げた。あ、処刑用ですか。
そういや東雲の奴、空手だけじゃなく剣道の段も持ってたっけ。忘れてた。
「ふふ…走馬灯が見えるぜベイベー…」
一直線に振り下ろされた鈍器は、昼寝から覚めた俺の意識を再び眠りにつかせた。
「…あら、モップが折れちゃったわ。まったく儚辺君のせいで学校の備品が…」
いやいやモップが折れるとかどんだけ強く叩いてんだよ、ってかその前に俺の頭蓋骨は無事なのか?
暗転する意識の中、どうしても突っ込みたい事が山積みで、辛うじてひねり出した俺の遺言はこうだった。
「アタシは死んだ…スイーツ(笑)」
***
地面が揺れてる。
不思議な感覚だ。浮いてるみたいだ。心地いい。柔らかくて、温かい。
甘くていい匂いだ。
懐かしい気がする。
『 ミ ツ ケ タ 』
「――!」
生物特有の“生きた音”ではなく、どちらかと言えば金属と石砂をこすりつけたような、無機質な音。 “声”と呼びたくはないような声に、俺は背筋を凍らされたような思いで目を覚ます。
たまらずもがき、暴れ、どうやら落下――。
「きゃっ! どうしたのいきなり!」
痛い。尻餅をついたのか。
というか今の声は東雲? 何だ、どういう事だ?
「東雲…? 居るのか?」
「居るわよ! 私が君を担いで来たんだから!」
「担いで?」
「…君が気絶なんかするから悪いのよ」
「じゃあさっきの感触は…」
「感触って?」
そこまで考えると、恥ずかしい気持ちが急速に込み上げて来た。まさか女子におんぶされるなんて! っていうかむしろ東雲の匂いが甘くて……。
いやいや待て! 東雲だぞ!? 男子の俺を余裕で担いで不良軍団を血祭りに上げつつモップで辻斬りとかしてるんだぞ!?
そんな女子いねぇよ!
つまり東雲は女子じゃねぇんだぞ!?
「何でもねーよ! お、俺もう大丈夫だし、先帰る! 礼は言わねーからな!」
何だか目を合わせられなくて、俺は恥ずかしさでいっぱいになり…慌てて駆け出した。
「ちょっと儚辺君!
無理しちゃダメよ、儚辺君ってばー! それにこの時間帯は…」
後方で東雲の声が聞こえる。
この時の東雲の言葉を最後まで聞いていたら、引き留められるままに止まっていたら、もしかしたら物語は違う道を歩んでいたかも知れない――。
***
走り去った儚辺君を追うべきかどうか、私は思い悩んでいた。遠い昔、国籍を売り買い出来る新法案が通ったせいか、最近は外国人移住者による物騒な事件も少なくない。
どこかの川辺で著しく損壊した死体――バラバラ殺人事件が発覚しただの、その死体は“何か”に感染した異常なものだっただの、そんなニュースが絶えない時勢だもの。
こんな時間帯ともなれば尚更の事。
「仕方ないわね…」
一人ごちて私は駆け出す。
彼は数少ない候補。未来と通じ合える資質を持っている、“感染者”の人間だもの。
彼が発病したら、私がこの手で始末しなければならない。恐らくはニュースに取り上げられるような具合に、バラバラに解体する事によって。
「あの“声”が聴こえたんだものね…」
見知った人間を殺すのは気が引けるけども、きっとそれは仕方のない事。“声”を聴いてしまった以上、彼の潜伏期間は今夜で終わる――。
***
俺は後悔していた。
東雲の背中から逃げて、
俺は込み上げる気恥ずかしさと妙な気持ちを振り切るべく、走った。とりあえず走ってみた。その結果、ありえない事に迷子になってしまったのだ。
「っかしーな…。
何でこんな所に来ちまったんだろ」
俺の独り言はあっさり夜に溶けて、風に吹かれて川に流された。
そう、川。
何故だか知らないが俺は川の土手沿いを歩いていた。理由は分からないが、ともかく川。おかしな事に、近所に川なんてないんだけどな――。
不意に鼓膜を鳴らす声。
「オ マ エ ガ イ タ セ イ デ」
「――!?」
思わず振り返った俺の目が捉えたのは、人の形をした“何か”。鈍い光沢の黒い肌と濁った白目のみの瞳。人間のものとは違う無数の鋭利な歯牙。
それら全てを総合して、言える事。そいつが何なのか?
いまだかつて見た事の無い化け物――それ以外の言葉じゃ表せなかった。
「ワ レ ラ ハ ハ イ ボ ク シ タ」
頭の中が妙に静かだが、これは冷静だとかそういうカッコイイもんじゃあない。
空白。
頭の中が真っ白だった。
“いざ”って時に痴漢撃退術を発揮発揮できねぇOLだとか、“いざ”って時に悲鳴を上げられない映画の死に役だとか、“いざ”って時にダッシュで逃げない万引き犯だとか、
そいつらの気持ちが何となく分かった。
俺は今まさにそんな感じだった。人間ってのは“いざ”って時には体が動かない。思考とか反応とかがまるっきり動かなくなるみたいだ――。
「ミ ラ イ ニ シ ョ ウ リ ヲ」
化け物はおもむろに右手を振り上げる。すると肩口から指先まで眩い(まばゆい)光を伴い、密度のある明るさに腕の形が隠された後、程なく手首から先の形を変化させた。
見ると、化け物の腕は何とも言えない鈍器に変わっている。本当に何とも言えない形だった。無理やり例えるとすれば、おもちゃ屋さんで売ってる“レゴブロック”をソフトバレーボール大になるまで無造作に組み合わせたような、そんな形だ。組み合わせたって言うか、プラスチックだか何だかを固めに固めまくったような、“塊”だった。
「シ ネ」
化け物は踏み込み、振り上げたそれを重たげに溜める――まさか、そいつで俺をブン殴る気か? う、嘘だろ…そんな重そうにかざして、そんなカチンコチンの硬度のモンで殴るって――俺死ぬじゃん――マジで――それ振り下ろしちゃうの――?
この期に及んで脳ミソが高速回転を始める。でも意味がない。意味が分からないんだから。マジなのか?
今オチじゃねぇの? どうなるの? 俺――死ぬの――?
「儚辺君ッ!」
夜闇に紛れた向こう側、黒肌の化け物越しに届いた馴染みの声。振り下ろされる“塊”。
真っ白だった俺の頭に自由が戻って来て、俺は咄嗟に横へと飛び退く!
ゴシャァッ! と凄まじい音を立てたのは、地面にめり込んだ化け物の腕だ。俺は土手の斜面に転がりそうになり、化け物の背後を取る形でどうにか攻撃を避けた。
見れば、回避を選ぶ正解率が100%だった事が分かる。暗いながらも“塊”のめり込む地面が見えたのだ。
“めり込む”って、マジで嘘だろ?
背筋がゾッとした。
あんなデカい鈍器が地面にめり込むなんて、俺は見た事ねぇぞ…もしあれを喰らいでもしたら俺は――。
「儚辺君、退いてて!」
たまらず腰を抜かした俺の背後から、東雲の声と駆け足の音。退くも何も、俺は立ち上がれもしない、恐くて怖くて足に力が入らない。
何だ、何なんだ? 何が起こってる?
頭の中で悲鳴を上げ続けてるのに硬直した口は何の音声も発しない。
俺の心中も露知らず、東雲は驚異の跳躍力で俺を飛び越し割って入る――腰を抜かした俺と、片手を例の“塊”に変化させた化け物の間に。
「…の…の、め――?」
言葉が上手く出てこない。
それなのに東雲は俺の意図を汲んだかのように、振り返り、言う。
「安心して、すぐに楽になるわ」
今まで見た事の無い冷笑が、可憐なその顔に浮かんでいた。
「コイツも――君もね」
俺が東雲の言葉を理解する前に、更に理解し難い事が起こる。
東雲は両腕に――化け物が発したそれと同じ――密度高い光を灯し、その形状を変化させた。そこにあるべきハズの腕はまるで忘れ去られたように、“何か”に変わっていた。
「――未来に帰りなさい!
“成り損ない”!」
言い放ち、東雲は幕末映画のワンシーンのように化け物とすれ違う。それは人間の身体能力を超えていた。何故、瞬きと同じ速度で動ける? 俺はマジで夢を見ているんじゃないのか?
「ク … ソ ウ … 。
“カ ン セ ン シ ャ” メ …」
化け物はしぼり出すように悔しそうな言葉を漏らし、片膝をついて、そのまま――血に伏した。だがその血さえも、赤ではなく“銀色”。
左の首筋から胴体へ、斜めの斬跡から銀色の血を吹き出し地に伏す。
呆気に、あるいは驚愕に、俺は気を取られていた。どちらが正確なのかは俺本人にも分からない。そんな俺の目線が辛うじて捉えたものは、よく見知った東雲の姿と、まるで知らない東雲の両腕だった。
東雲の左手からは“車輪”が、右手からは“直刀”が、それぞれ生えていたのだ。
一刀の切り傷からすると、化け物は右手の“直刀”にやられたのだろう。
「……儚辺君」
思考をどうにかどうにか紡ごうとしていた俺に、東雲は振り返る。その目に慈悲のようなものはまるで無い。むしろ、むしろ今にも俺を――。
「私は、
君を殺さなければならないの」
こいつが何を言ったのか分からなかった。まるっきり右の耳から左の耳へ過ぎ去って、全くもって理解不能だった。
「事情は…そう、説明しなくてもいいわよね?
ただ君が不運だったっていうだけの話だから……」
肘の辺りから変化している“直刀”を奥身に構え、振り被る東雲。
これからそれを振り抜く為に。
「――一瞬だから、痛くないよ」
一閃。
目の奥が焼き付いた気がした。
そして俺の意識はもう、
そこで閉ざされた。
スイーツ(笑)