第六章 母へ
それから一年が経った。
美咲の研究は、更に進展していた。今では、植物の「感情」のより細かいニュアンスまで理解できるようになっていた。
喜び、悲しみ、恐れ、希望。植物も、独自の形でこれらを「感じ」、表現していることが分かってきた。
ある春の日、美咲は母の墓を訪れた。墓石の前には、小さな花壇があり、そこには母が好きだったスミレが植えられていた。
美咲は、持ってきたホルモン溶液をスミレに与えた。そして、静かに語りかけた。
「お母さん、私、やっと分かったよ。植物の声を聴くことができるようになった」
スミレは、春の風に揺れていた。
「お母さんが最期に言ったこと。植物が何か伝えようとしているって。それは本当だったね」
美咲は、スミレからサンプルを採取し、持ってきた携帯型分析器で調べた。
データが表示された瞬間、美咲は息を呑んだ。
スミレは、非常に高いレベルのサイトカイニンとオーキシンを生成していた。そのパターンは、美咲がこれまでに見たことのある中で、最も「穏やかな幸福」に近いものだった。
「幸せなの? ここにいて」
美咲は、涙を流しながら笑った。
「そうか、お母さんの側にいられて、幸せなんだね」
彼女は、スミレに向かって、特別な溶液を投与した。それは、美咲が最も心を込めて作った、「愛している」というメッセージを含むものだった。
数分後、スミレの小さな花が、わずかに開いた。
まるで、微笑むように。
美咲は、墓石に手を置いた。
「お母さん、教えてくれてありがとう。植物には心がある。それは、私たちとは違う形かもしれない。でも、確かに存在している。そして、私たちと繋がりたいと願っているんだ」
彼女は立ち上がり、空を見上げた。
「これからも、もっとたくさんの植物の声を聴くね。そして、人々に伝えていく。私たちは、この星で一人じゃないって。緑の仲間たちが、いつも私たちに語りかけているんだって」
風が吹き、スミレが揺れた。
まるで、頷いているかのように。




