第四章 対話
発見は瞬く間に学界の注目を集めた。
「植物言語学」という新しい分野が誕生しようとしていた。美咲の研究室には、世界中から研究者が訪れるようになった。
だが、美咲の心は晴れなかった。
「私たちは、植物の言葉を『読む』ことはできるようになった。でも、植物と『対話』することはできるのかしら」
彼女は、研究室の片隅に置かれた古い鉢植えを見つめた。それは、母が病室で育てていたポトスの株分けだった。
「お母さんは、この子と対話していたのよね」
美咲は、ふと思いついた。
もし、植物が特定のホルモンパターンで「会話」しているなら、人工的にそのパターンを作り出すことができれば、植物に「話しかける」ことができるのではないか。
「高橋くん、新しい実験を始めるわ」
「どんな実験ですか?」
「植物に、メッセージを送るのよ」
二人は、植物ホルモンの合成とその投与方法を研究し始めた。そして、三ヶ月後、ついに最初の「送信」実験を行った。
対象は、美咲が母から受け継いだポトスだった。
「このパターンは、『あなたを見ているよ』という意味のはずです」高橋が確認した。
美咲は頷き、慎重にホルモン溶液を土に注いだ。
数分後。
ポトスの葉が、わずかに動いた。
「偶然…よね」高橋が呟いた。
だが、その後のデータが、それが偶然ではないことを示した。ポトスは、明らかに反応していた。葉の向き、気孔の開閉、根の成長方向。すべてが、投与したホルモンパターンに応じて変化していた。
「成功だ…」美咲は震える声で言った。「私たち、植物と会話しているのよ」
その夜、美咲は一人研究室に残り、ポトスに向かって座った。
「ねえ、聞こえる?」
彼女は、特別に調合したホルモン溶液を用意していた。そこには、最も複雑なパターンの一つ、「感謝」を意味するであろうシークエンスが含まれていた。
美咲はそれを投与し、そして静かに語りかけた。
「お母さんが、あなたを大切に育てていたこと、覚えてる? あの人は、あなたの声を聴こうとしていたの。そして今、私にもそれができるようになった」
ポトスは、静かにそこにあった。
だが、翌朝、美咲が研究室に来ると、信じられない光景が広がっていた。
ポトスから、新しい芽が出ていた。それも、一つではない。三つも、四つも。まるで、何かを伝えようとするかのように。
美咲は、データを確認した。そして、震えた。
ポトスは、夜の間、異常なほど高いオーキシンを生成していた。そのパターンは、美咲が投与したものと酷似していた。
まるで、応答しているかのように。
「ありがとう、って言ってくれているのかな」
美咲の頬を、涙が伝った。




