●第25話
【side ルーベン】
「ジェイミー様、こちらの椅子をご使用くださいっす」
「水分補給をなさってください、ジェイミー様」
ジェイミーが王宮騎士団の訓練を見学していると言うから訓練場へ来てみれば、椅子に座ったジェイミーに騎士たちが群がっている。
それに王城の者たちはジェイミーのことを「ジェイミー嬢」と呼んでいたのに、騎士団の面々は「ジェイミー様」と呼んでいる。
ジェイミーのことを俺の大事な人と認めた結果なのかとも思ったが、それにしては少し様子がおかしい。騎士たちがまるでジェイミーの舎弟のように見える。
「ジェイミー、これは一体……」
困惑しながらジェイミーに近付くと、騎士たちが俺に向かって敬礼をした。
「あら。まさかルーベンが訓練場にいらっしゃるとは思いませんでした。どうかしたのですか?」
ジェイミーが椅子から立ち上がり、嬉しそうに俺のもとへとやってきた。
「ジェイミーが騎士団の訓練を見学していると聞きましたので、様子を見に……」
「まあ! ルーベンは私に会いに来てくださったのですか!?」
「そうです……あの、ジェイミー。どうしてこのような状況に?」
騎士たちのジェイミーを見る目は、とても守るべき令嬢に向ける目ではない。
それよりは、上官に向ける目に似ているような……?
「私が戦闘訓練で全員に勝利したからです。そのため彼らは私のことを、自分よりも強い存在だと理解してくれたのです。昨日の汚名返上が出来ました」
「はあっ!?」
さらりと告げられた言葉に、身体の内から声が出た。
ジェイミーが戦闘訓練で全員に勝利だって!? 王宮騎士団相手に!?
「全員に勝利とは、一体どういうことですか!?」
「全員に勝利は、全員に勝利ですけれど……ああ、戦闘方法の話ですか?」
「いや、そうではなく……」
目を白黒させる俺の耳元で、ジェイミーが囁いた。
「組織の内通者に私が魔法使いだと分からせるには、これが一番だと思いまして。今の戦闘訓練を実際に見ているのか、後々うわさで聞くのかは分かりませんけれど。これなら私が魔法使いかどうかを疑うべくもないでしょう?」
確かにジェイミーが魔法使いだと分からせるには、実際に魔法を使ってみせるのが一番だが……俺が信じられないのは、そのことではない。
「戦闘訓練に参加をした理由は分かりましたが、全員に勝利の意味が分かりません」
「ええと……フレデリック、こっちに来てください」
ジェイミーに呼ばれたフレデリックは、従順な様子で俺たちのもとへとやってきた。
確かこの騎士は、新人ではないが役職持ちでもない、中堅くらいの者だっただろうか。
さすがに新人騎士の顔までは覚えていないが、この騎士には見覚えがある。
若い割に敵に怯まず飄々と戦うから使い勝手が良いと、騎士団長が褒めていた男だ。
「フレデリック、本日起こった出来事の説明をお願いします。私が話すよりも騎士団員が話した方が、信憑性がありますから」
「別にジェイミーを疑っているわけではありませんよ」
「そうですか? ですが、せっかく来てくれたので話してもらいましょう。さあフレデリック、どうぞ」
ジェイミーに説明を促されたフレデリックは、敬礼をしながら言葉を述べた。
「畏れながら、ルーベン殿下に申し上げるっす。我々王宮騎士団は、ジェイミー様との一対一の決闘で全敗しましたっす」
「王宮騎士団が、決闘で全敗……?」
てっきり複数人でチームを組んだ戦闘で、ジェイミーの所属したチームが勝利したのだと思っていたが……一対一で戦って、王宮騎士団が全敗だと!?
「すみませんっす。ジェイミー様があまりにも強くて……」
「ジェイミーが強かったから、女一人相手に王宮騎士団が全敗した、と?」
驚きで支配されていた心に、怒りが沸いてきた。
王宮騎士団がこの体たらくだから、ジェイミーが経験した過去の人生で、この国は組織に負けてしまったのではないだろうか。
ジェイミー一人に全敗するような騎士団では、誰に負けてもおかしくない。
「申し訳ありませんっす!」
静かな怒りを含んだ俺の言葉に、フレデリックが膝に頭が付くのではないかと思うくらい深く頭を下げた。
「ジェイミーが味方だったから良かったものの、これが敵ならどうなっていたことか」
「仰る通りっす!」
「これからは騎士団の訓練に、対魔法使い戦を組み込むように」
「承知しましたっす! ……ですが、ルーベン殿下。王宮一多忙とも言われてる王宮魔法使いたちが、僕たちの戦闘訓練に付き合ってくれるんでしょうか!?」
王宮魔法使いが騎士団の戦闘訓練に付き合う……駄目だ、想像すら出来ない。
昔、俺がまだ子どもの頃。王宮魔法使いの何人かを王宮騎士団とともに鍛えて、戦闘要員にしようと計画したことがあったらしいが、彼らにストライキを起こされて話が流れてしまったそうだ。
王族相手にストライキなど到底考えられることではないが、到底考えられないことをするのが王宮魔法使いだ。
魔法に特化している代わりに常識が欠如しているとも言える。
なお王宮魔法使いたちのストライキを受けて、彼らを戦闘要員にする案は流れた。
ただし戦闘要員にする案をナシにする代わりに、首都だけではなく各地を回って結界を張る仕事を彼らに課すことで話がまとまったらしい。
戦闘要員にしない代わりに別の仕事を増やすことが、お互いの妥協点だったのだろう。
このような歴史があるくらいだから、王宮魔法使いにとって王宮騎士団との戦闘訓練は、何が何でも避けたいものなのだろう。
しかしそれでは王宮騎士団が成長しない。
さて、どうしたものだろうか。
「もし良ければ、これからは私が戦闘訓練に付き合いましょうか?」
頭を悩ませる俺の耳に、ジェイミーの元気な声が響いてきた。
顔を上げるとジェイミーがこれまた元気に右手を上げている。
「ジェイミーが、ですか?」
「だってルーベンが仕事をこなしている間、私は割と暇ですから。それに王宮騎士団を鍛えることは、急務とも言えます。まさか彼らがこんなに弱いなんて知りませんでした」
「ジェイミー様が規格外の強さなんだと思うっす……」
「こら、フレデリック!」
いつの間にか俺たちの近くにやってきていた騎士団長が、フレデリックの頭を叩いた。
そしてフレデリックの頭を手で押して下げさせつつ、自らも頭を下げた。
「王宮騎士団は、騎士や魔物相手の戦闘に強くなったことで慢心をしていたのかもしれません。ルーベン殿下とジェイミー様の仰る通り、あまりにも魔法使い相手の戦闘経験が足りていません。対魔法使い戦は王宮騎士団の弱点です。もしもジェイミー様さえよろしいのであれば、これから王宮騎士団に指導を付けては頂けないでしょうか?」
ジェイミーが騎士団長から俺へと視線を移した。
「ルーベン。国を守る彼らがこのままでは、安心してこの国に住むことなど出来ませんよ?」
「それはそうなのですが…」
俺は長い息を吐くと、ジェイミーを見ながら頷いた。
「王宮騎士団を、地獄の責め苦の方が易しいと感じるくらいに、厳しく鍛えてやってください」
「おまかせください!」
ジェイミーは腕を曲げて力こぶを作ってみせた……少しも筋肉が浮き出てはいないが。
ああ、この細腕のジェイミーに王宮騎士団は全敗したのか。
王宮騎士団が全敗した話は口止めをしなくては。
こんなことが他国に知られたら、組織と関係なく攻め込まれてしまう可能性がある。
俺は痛む頭を押さえながら、騎士団長に騎士団員全員への口止めをしておくように命令した。




