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聖女の恋は始まらない  作者: 竹間単
■第二章 とても長い一日

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●第23話


 心なしかすれ違う使用人の視線はどれも鋭いものだった。

 私のことを「ルーベン王子を誑かした悪女」とでも言っているかのような目だ。

 私が自身のことをそう思っているから、そんな風に感じてしまうのだろうか。


「……騎士たちの訓練場に行こうかしら」


 使用人たちの視線に居たたまれなくなった私は、城の外にある訓練場へ行くことにした。




 訓練場に到着した私は、騎士たちから熱烈な歓迎を受けてしまった。


「あなたがルーベン殿下を救ってくださった方ですね!?」


「殿下を助けてくださってありがとうございます!」


「騎士一同、ジェイミー嬢には感謝をしております!」


 私の来訪に気付いた騎士たちが、好意的な言葉を並べてくる。

 先程の使用人たちとは、えらい違いだ。


「あなたたちは私のことを変な目で見ないのですね?」


 近くにいた茶髪の騎士に尋ねると、彼は困ったように眉を下げた。


「使用人や侍女たちっすね。彼らは何も分かってないんすよ。何も知らないくせに、ジェイミー嬢が平民だからと、ジェイミー嬢の功績を正しく評価してないんす」


「私が平民なのは事実ですからね」


「ですが、騎士として戦場へ行くことの多い僕たちは知ってるっす。怪我を負った際の初期治療がどれほど大事なのかを!」


 確かに初期治療が正しく行なわれるかどうかで、症状の経過に大きな差が出てくる。

 怪我も、病気も。

 そのことは、三度目の人生で痛いほど実感している。

 初期治療をしっかり行なっていたら、疫病で亡くなる人はもっと少なかったはずだ。


「ですからジェイミー嬢がルーベン殿下の命の恩人と言うのも、大袈裟な表現じゃなく、事実なんだと僕たちは考えてるっす!」


「ありがとうございます」


「お礼を言うのはこっちの方っすよ」


「ふふっ。あの、ここで騎士たちの訓練を見学しても構いませんか?」


 私が尋ねると、茶髪の騎士は上官に確認を取りに行ってくれた。

 見た目も若そうだから、彼はまだ下っ端の騎士なのだろう。

 上官に確認を取った彼は、すぐに両手で丸印を作りながら戻ってきた。


「見学オーケーっす! ただし危険が無いように離れた位置から見学してほしいっす。ジェイミー嬢に何かがあったら、僕たちの首が危ないっすから」


 茶髪の騎士が私に説明をしている間に、別の騎士が私が座る用の椅子を持ってきてくれた。

 立ったまま見学でもよかったのだけれど、せっかく持ってきてくれたからありがたく座ることにしよう。




「すみません、ちょっと聞いてもいいですか?」


 しばらく騎士たちの戦闘訓練を見た私は、茶髪の騎士に声をかけた。

 万が一の事態に備えているのか、彼は私の傍に控える役目を与えられたようだ。

 そんなことをしなくても、私は自分の身くらい自分で守れるのだけれど……油断をしていなければ。


「僕に答えられるかは分からないっすけど、何でもどうぞ」


「ではお言葉に甘えて質問しますね。この訓練、騎士同士でしか戦っていませんけれど、実践では魔物や魔法使いとも戦いますよね?」


「そうっすね。魔物や敵国の魔法使いを相手にすることも多いっす」


「それなら、そういった相手との戦闘訓練も必要なのではありませんか?」


 当たり前だけれど、訓練で戦ったことのない相手とぶっつけ本番で戦うことは、マイナスにしかならない。

 普段から似たような者を相手にした戦闘訓練をしておくべきだ。


「そういった訓練の必要性は僕たちも十分理解してるっす。だから今日は騎士同士で訓練をしてるっすけど、定期的に捕まえてきた魔物を相手にする訓練も行なってるんすよ」


「では、魔法使い相手の訓練は?」


 私に問われた茶髪の騎士は、ゴツゴツとした手で自身の頬をかいた。


「王宮魔法使いは多忙っすから、僕たちの訓練に付き合ってる時間はないんすよ。それに時間があったとしても、あの人たちは戦闘訓練なんて野蛮なものには協力してくれないと思うっす」


「協力してくれないって……王宮騎士団は国を守る大事な役職なのに? あなたたちを鍛える訓練に協力しないなんてことがあります?」


「王宮魔法使いたちは、魔法のこと以外に興味を示さないんすよ。僕たちが他国に負けたら、王宮魔法使いたちは魔法の研究どころじゃなくなると思うんすけどねえ」


 なんとなく想像できてしまった。良くも悪くも、王宮魔法使いたちは自分の欲望に正直だから。

 そういった正直な魔法への熱意があるからこそ、王宮魔法使いまで上り詰めることが出来たのだとも言えるけれど。


「ということは、王宮騎士団は魔法使い相手の訓練はしていないのですね?」


「したいとは思ってるんすけど、まあ、そうっすねえ……」


 茶髪の騎士が歯切れの悪い返事をした。


 組織にはきっとたくさんの魔法使いがいる。組織の下っ端ですら魔法使いだったのだから。

 敵に魔法使いがいると分かっているのに、この現状を放置するわけにはいかない。

 王宮騎士団には、対魔法使い戦での立ち振る舞いをマスターしてもらわなければ。


「分かりました。私と戦闘訓練をしましょう!」


 突然の申し出に、茶髪の騎士は一瞬フリーズした後、慌てて両手を振った。


「いやいやいや、そんなことは出来ないっすよ!?」


「私が怪我をしたらルーベンに叱られるからですか?」


「そうっす!」


「舐められたものですね」


「えっ」


 私が一切の油断をしていない状態で戦って、怪我をするなんてあり得ない。

 これは自信過剰ではなく、純然たる事実だ。


「ルーベンから聞いてはいませんか。こう見えて私は、凄腕の魔法使いなのです」


「ジェイミー嬢が魔法使いだとは聞いてるっすけど……」


「王宮騎士団は、魔法使い相手の戦闘に慣れる必要があります」


 私はすっくと立ちあがると、戦闘訓練をしている騎士たちのもとへと歩を進めた。

 後ろから茶髪の騎士が慌てた様子でついてくる。


「ジェイミー嬢? ここは危険ですので、あちらの椅子に座ってご覧ください」


 私が近づいたことに気付いた黒髪の騎士が、私が先程まで座っていた椅子を指し示した。


「凄腕の魔法使い、ジェイミーです。戦闘訓練への飛び入り参加を希望します!」


 黒髪の騎士が、何をしているのだと私の後ろにいる茶髪の騎士をにらんだ。

 にらまれた茶髪の騎士が、椅子に戻るよう私に懇願してくる。

 けれど、そんなことをしても私の決意は揺るがない。


「さあ、私の相手をしてください。王宮騎士団ともあろう人たちが、私のようなどこの馬の骨とも分からない魔法使いに負けたりはしませんよね?」


 私は懐に入れていた杖を取り出すと、にっこりと笑った。


「ですが、ジェイミー嬢」


「怪我のことなら気にしないでください。みなさんでは、戦闘態勢を取った私には傷一つ付けられませんから!」




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