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聖女の恋は始まらない  作者: 竹間単
■第二章 とても長い一日

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●第21話


「とりあえずのところは、組織に聖女が出現していないと思わせることが出来れば、時間が稼げると思います。ジェイミーの言うように、事実を永遠に隠しておくことは出来ないでしょうが、稼いだ時間を使って組織を壊滅させてしまえばいいのです」


 一体どのくらいの時間を稼ぐことが出来るだろう。

 ……上手く立ち回ったとしても、それほどの時間が稼げるとは思えない。


「組織が隣国を巻き込む前に何とかしないとですね」


「ええ。実のところ、あまり時間が無いのかもしれませんね」


 隣国を巻き込むと、被害は大きくなるし、後処理もややこしくなる。

 組織が隣国に良からぬことを吹き込む前に、何としても組織を叩きたい。


「それと、魔物をどうするかですけれど。これは国に結界を張ることで解決するはずです」


「ですが、ジェイミーが聖力を使ったら……」


「結界は魔力で張ります。さながら内通者相手に吐こうと決めた嘘のように」


「なるほど」


 聖力が使えなくても魔法使い数人が集まれば、魔力で結界を張ることが出来る。

 聖女の存在を隠したい今、聖力にこだわる必要はない。

 魔力で結界を張るとなると聖力と比べて効率は悪いけれど、出来上がる結界に差は無い。


「さすがに私一人では無理ですけれど、王宮魔法使いを何人か派遣してくださるのなら、魔力での結界作成が可能です」


「しかも魔法で結界を張るところを王宮魔法使いに目撃させることで、魔法が得意なジェイミーは聖女ではないと印象付けることも出来ますね! 王宮魔法使いはジェイミーの魔法を見たら、王城に帰ってからうわさをせずにはいられないはずです。彼らは魔法に関してだけは饒舌ですから」


 そのことは私も知っている。

 一度目と三度目の人生で、王宮魔法使いとは関わりがあったから。

 彼らは世間話に興味を示さない一方で、魔法に関する話には貪欲に食いついてくるのだ。


「結界を張るとなると、王宮魔法使いのみなさんを西へ東へ連れ回すことになりますけれど……平気でしょうか?」


「構いません。国に結界を張るのは、王宮魔法使いの責務ですからね」


 それなら良かった。

 とはいえ激務になるだろうから、あちらこちらへ連れ回すお詫びに、道中では王宮魔法使いが喜びそうな魔法の話をしよう。


「疫病に関しても組織が何かをしたに違いないので、聖女の存在を隠すことで時間稼ぎが出来るでしょうね」


「聖女の存在を隠しつつ、組織を叩く。これしかありませんね!」


 私は握りこぶしを作って、やる気を表した。

 私のその様子を、ルーベンは微笑ましげに眺めていた。


「これで決めるべき事柄はすべて決め終わりましたかね?」


 そうルーベンに確認をすると、ルーベンは人差し指を天に向けた。


「一つだけ追加したいことがあります。ジェイミーの扱いについてです」


「私の扱い? さっき決めた扱いでは駄目ですか?」


「基本的にはその方向で行こうと思います。ジェイミーは俺の命の恩人であり、王宮魔法使いとともに結界を張ってくれる最強の魔法使い。だから王城に呼び寄せた。ですが……それだけでは、頻繁に会うことが出来ません」


 なるほど。恩人であっても、最強の魔法使いであっても、一国の王子と頻繁に会うのは少しおかしいかもしれない。

 何か事件が起こっている最中ならまだしも、何も起こっていない今、王子に会う理由などそうそう無いから。

 ……実際には組織が動いてはいるのだけれど、王城で働くほとんどの人間はそのことを知らない。そのため私が頻繁にルーベンと会っていては、不審に思われてしまうだろう。


「確かに多少不自然かもしれませんけれど、一国の王子と頻繁に会うことの出来る人間なんて限られているのではありませんか? 平民の私ではどのような理由を付けても不自然さを消すことは出来ません。これまでの人生では、私が聖女だとカミングアウトをしていたから特別扱いだったわけで……」


 私が難しい顔をする一方で、ルーベンは私とは対照的に悪戯を思いついた少年のように楽しそうな顔をしている。


「命の恩人であるジェイミーに一目惚れをした俺が、ジェイミーを探すために嫁探しのパーティーを開き、ついにジェイミーを見つけたため嫁にしようとしている。という設定はどうでしょうか? 設定と言いますか、その通りなのですが」


「嫁、ですか……」


「もしかして結婚に良い思い出はありませんか?」


 私の反応が予想外だったのだろう。ルーベンは悪戯っ子のような表情を引っ込め、代わりに私を心配する表情を見せた。


「それは……そうですね。今回の人生では結婚どころかルーベンとは関わらないようにしようと思っていましたから」


 私と関わらないことが、ルーベンが一番幸せに生きられる道だと思ったから。

 それなのに。

 何の因果か私はまたルーベンと関わってしまい、今ではこうして王城に招かれている。


「俺のことが嫌いになっちゃいましたか? 監禁したから? 監禁されたら嫌いにもなりますよね」


 ルーベンがしゅんとした。

 監禁の件で今この場にいるルーベンを責めるつもりは無いと言ったのに、よほど気にしているようだ。


「いえ、そうではなく……監禁は二度とごめんですけれど。ですが私はルーベンが嫌いになったわけではなく……私と関わったばかりに、ルーベンは三度も死んでしまいましたから。ルーベンは私とは関わらない方が良いのです」


 私と関わらなければ、ルーベンは幸せに生きられたはずだった。

 『聖女の慕情』なんて能力を受け取らず、組織に狙われることもなく、こうして頭を悩ませる必要すらなかった。


「もう遅いですよ。ジェイミーのことを見つけてしまいましたから」


 ルーベンを幸せな道から踏み外させたのは私なのに、ルーベンは私に怒ることもなく、それどころか私と出会ったことを少しも後悔していないように見える。

 どうしてそんな気持ちになれるのだろう。


「……私は、後悔ばかりです。私が関わったせいで三度もルーベンを死なせてしまったのに、またルーベンと関わることになるなんて。ルーベンには不幸になんてなってほしくないのに」


「後悔しても、出会わなかったことには出来ません。今から逃げようとするのもナシですからね。そんなことをしてももう遅いですよ」


 ルーベンが私の手を握った。ルーベンの手はとても温かい。

 手の温度だけではなく、ルーベンの心の温かさが伝わってくるような気がする。


「だから死なないように関わらないのではなく、一緒に生きる方法を探しましょう」


「一緒に、生きる方法を探す……」


 一緒に生きたいと思った。一緒に生きたいと願った。

 これまで三度の人生で、毎回祈っていた。

 それなのに、そのすべてでルーベンは……。


「ルーベンには記憶が無いからそう言えるのです! 三度もルーベンを看取っている私は、簡単には……」


 悲惨な過去を思い出して嘆く私の手に、力が加わった。

 見ると、ルーベンが先程よりも強く私の手を握りしめている。


「起きるかもしれない不幸を嘆くより、不幸を跳ね返して幸せになる方法を探しましょう」


「……組織に聞かせてあげたい言葉ですね」


 そして、私の心にも響く言葉だ。

 起こり得る不幸に怯え不幸を遠ざけようとするばかりではなく、積極的に幸せになる方法を探す。

 それはとても健全な生き方だ。

 ……私に、そんな生き方が出来るだろうか。

 何度人生をやり直しても、起こり得る不幸に怯え、不幸から逃れることばかりを考えてきた私に。


「ルーベンの考え方は理想的ではありますけれど……組織だけではなく、きっと誰にとっても難しい生き方ですよ。誰だって不幸がやってくることは怖いですから。跳ね返そうと考える前に、逃げたくなります」


「時と場合によっては、不幸から逃げても良いと思います。それが賢い選択です。ですが、逃げるべきではないときもあります。例えば今のように」


「私は……もちろん組織とは戦うつもりではありますけれど……必要以上にルーベンと関わるのは……」


 ルーベンの安全のために、組織は絶対に潰さないといけない。

 しかしルーベンと私の結婚は話が別だ。

 結婚なんてしたら、私はルーベンのその後の人生を、また不幸なものにしてしまう可能性がある。


「愛があれば、人は支え合うことが出来ます」


 ルーベンが私の目を真正面から見つめながら言った。

 けれど私はルーベンのまっすぐな想いを、上手く受け取ることが出来ない。

 三度の人生で、私はキラキラした想いに拒否反応が出るほどに、歪んでしまったのかもしれない。


「……それは綺麗ごとですよ、ルーベン。愛があっても出来ることは限られています。そのことは、これまでの三度の人生が証明しています」


「三度の人生で出来なかったからと言って、今回の人生を嘆く理由にはなりません」


「それでも私は、きっと結婚ではない形でルーベンを幸せにするのが一番です。ルーベンが幸せになるためのサポート役と言いますか……」


「そうは言っても、ジェイミーはもう、恋に落ちていますよね?」


「へあっ!?」


 ルーベンにいきなりそんなことを言われ、喉の奥から変な声が出た。


「目を見れば分かりますよ。ジェイミーは俺に恋をしています」


「じ、自意識過剰だと言われませんか!?」


「自意識過剰だからではなく、俺自身がそうだから分かるのです。俺はジェイミーのことが恋しくてたまらないのです。ジェイミーもそうなのでしょう?」


 否定は出来なかった。

 出来るわけがない。

 私は何度人生をやり直しても、ずっとルーベンに恋をしているのだから。


「俺には過去の人生の記憶はありませんが、記憶ではなく心が、ジェイミーに対する恋を覚えているのかもしれませんね。ジェイミーから目が離せないのです」


「自分がそうだから、私も同じだと?」


「違うのですか?」


「それは……」


「違うと即答できない時点で、俺の予想は当たっているようですね」


 図星を突かれて何も言い返すことが出来なかった。

 そんな私の様子を見たルーベンが、畳みかける。


「恋をしている二人は、一緒にいるべきです。愛の力は世界を救うのですから!」


「ふふっ」


「俺、何かおかしなことを言いましたか?」


「あまりにも楽観的で……素敵な考え方ですね」


 こんな彼だからこそ、きっと私は恋に落ちたのだ。




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