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聖女の恋は始まらない  作者: 竹間単
■第一章 出逢ってしまう運命

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●第10話


 パーティーで忙しいため、誰も通りかからない廊下の端。

 目的の場所に辿り着いた私は、魔法使いの出現を待った。


「魔物の出現で城内がパニックになるのが今から十分後。召喚を始めるとしたら、そろそろかしら」


 私が息を殺して待っていると、廊下に一人の魔法使いが現れた。

 こいつが王城内に魔物を放った犯人か!

 召喚魔法を唱え始めた魔法使いに向かって、拘束魔法を放つ。


「ぐはっ!? 何が、起こった!?」


 拘束魔法を掛けられた魔法使いは、床に芋虫のように転がった。

 声から考えて魔法使いは男だろう。

 ちなみに魔法使いと会話が出来るように、首から上は拘束していない。


「一体何がどうなって……」


「ただの拘束魔法よ。これから私のする質問に正直に答えるなら命だけは助けてあげる。魔物は召喚させないけれどね」


 私は床に転がる男の後ろに立った。

 今はまだ目視不能の魔法が効いているけれど、話しているうちに解ける可能性があるからだ。

 顔を見られることは極力避けたい。


「誰だ。王城の者か?」


「あなたは知る必要のないことよ」


 そう言って男の身体の上に足を置く。

 力は入れていないけれど、私が男を踏みつけている状況だ。


「私のことは、あなたの命を握っている人物とだけ思ってくれればいいわ」


 私が静かな声で言うと、男は状況を正しく理解したのだろう。従順な様子を見せた。


「……分かった。質問に答えよう」


「ありがとう。賢い人は好きよ」


 男の身体から足を下ろして、質問を投げかける。


「あなたは単独犯? それともどこかに所属している人?」


「それは言えない」


 従順になったと思ったら最初の質問でこれだ。

 私は靴の先で男の身体を軽く蹴った。


「殺されたいようね」


 すると男は諦めたように、溜息交じりの声を出した。


「俺には、組織のことを言おうとした瞬間に死ぬ魔法が掛けられてる」


「組織……まあいいわ。じゃあ次の質問」


 男の言葉が嘘か本当かは分からないけれど、きっとこれ以上聞いても何も言わないだろう。

 それなら切り替えて別の質問をした方がいい。


「王城に魔物を放とうとした理由は?」


「魔物の退治で、『聖女の慕情』の能力を消費してほしかったからだ」


「『聖女の慕情』の能力? それは何?」


 これまでの人生で聞いたことの無い単語だ。

 しかし『聖女の』と付いているからには、聖女に関わる何かなのだろう。


「『聖女の慕情』は、聖女の持つ能力の一つだ。この国に聖女が現れたという情報が入ったから、早急にその能力を消費させる必要があった」


 能力を消費させると言っても、これまでの人生で私は王城に現れた魔物を聖力で浄化している。

 『聖女の慕情』なんて能力は使ったことがない。


「そんな能力を使わなくても、聖女は魔物を聖力で浄化できるわ」


 私の言葉を聞いた男は、拘束されて圧倒的に不利な状況にもかかわらずクックッと笑い出した。


「何がおかしいのよ」


「あんた、何も知らないんだな。『聖女の慕情』は、聖女がたった一人の最愛の人に与える能力のことだ。だからこの能力を持ってるのは、聖女自身ではなく聖女の身近な誰か。大半が聖女の夫らしいがな」


「……『聖女の慕情』について、もっと詳しく教えて」


「いいぜ。『聖女の慕情』は聖女の持つ祝福の一つで、『聖女の慕情』を与えられた人物は、生涯に一度だけ、どんな願いでも叶えられる能力を得る」


 どんな願いでも?

 生涯でたった一度だけとはいえ、反則級に強力な能力だ。


「この話は一般には知られてないから、聖女の夫が『聖女の慕情』に気付く前に、危機的状況を作って適当な何かを願わせて能力を消費させたいと考えてる。組織は危険因子が嫌いなのさ」


「だから王城に魔物を放って、『聖女の慕情』持ちの人に能力を消費させようとしたのね」


「そういうことだ。『聖女の慕情』持ちがここにいる証拠は無いが、聖女は王家に囲われることが多い。王城内にいる可能性は高いだろう」


 私自身、『聖女の慕情』を与えた意識は無いけれど……過去の人生で与えているとしたら、相手は間違いなくルーベンだ。


 もしかして、一度目の人生で起こった火事。あれは他国ではなく、この男の所属する組織が襲ってきたのではないだろうか。もしくは組織が他国をそそのかして動かしたか。

 そう考えるとあのときの犯人の狙いは聖女である私ではなく、炎をルーベンの『聖女の慕情』で消火させることだったのかもしれない。


 しかし、ルーベンが願ったのは消火ではなかった。


 消火を願わなかったルーベンのことを薄情だとは思わない。自分にそんな能力があると知らなかった場合、願いで炎を消そうなどとは考えもしないはずだ。

 火事場にいる場合、まず逃げることに集中する。どこにどうやって逃げればいいかを考えることに脳の容量を割く。炎が消えますように、なんて願っている暇はない。

 それに、あのときルーベンが願ったのは……。


「もしも、の話だけれど。誰かに『次があるのなら、あなたに安息を』と願って『聖女の慕情』を使った場合、どういったことが起こるかしら?」


 私は仮定の話として、男に聞いてみた。

 思い返してみると、どの人生でもルーベンは死ぬ前に似たような願いを述べていた。


「もしも次の人生があるのなら、ってことか? 願われた相手は、生まれ変わった際に安息の人生を送れるんじゃないか? ……いや、『次』ってのは曖昧だな。次のチャンスととらえた場合は、生まれ変わるわけじゃないかもな」


 たとえば、回帰するとか?


「それに『次』は、『前』が無ければ成り立たない。連なったものに使う言葉だ。つまり、次の人生がブツ切りじゃ駄目だ。例えば、前世の記憶を保持しているなど、『前』と繋がっている必要がある」


 だから私には回帰前の記憶がある?


「……なあ、これだけ喋ったんだ。助けてくれよ」


 黙り込んでしまった私に、男が懇願した。

 確かに男のおかげで十分すぎるほど情報は得られた。さらに私の回帰の謎まで解けてしまった。


 私は、ルーベンに生かされた。

 たぶん本人にそのつもりはなかっただろう。しかし今際のきわに、彼は私の『生』を願ってくれた。自分が死ぬ間際だというのに、私のことを助けてくれた。

 そんな彼に、私がしてあげられることは――――。


 私は男に向かって杖を向けた。


「約束は守る……けれど、さすがに王城の中で解放は出来ないわ。それに魔物を召喚されるのも困るから、一時的に魔力を吸収した上で、城の外に捨て置く。それでいい?」


「ああ。それで十分だ」


 私は杖を振って転移魔法を掛け、二人で王城から転移した。




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