EP 6
六法全書(物理)
T-SWAT本部、取調室。
無機質なコンクリートの壁に囲まれたその部屋には、パイプ椅子に縛り付けられたボナパルトと、湯気を立てる『カツ丼』だけがあった。
「ふ、ふざけるな……! 俺は貴族だぞ! 弁護士を呼べ! 俺には黙秘権があるはずだ!」
ネットリンチの恐怖から逃れるために自首したものの、カメラのない密室に入ったことで、ボナパルトは少しだけ図太さを取り戻していた。
彼は目の前のカツ丼を睨みつけながら、鉄格子の向こうへ向かって喚き散らす。
「こんな豚のエサで俺が買収されると思うなよ! 俺のバックには法務大臣の友人がいるんだ! 不当逮捕で訴えてやる!」
ガチャリ。
重厚な鉄の扉が開いた。
入ってきたのは、黒いタイトスカートのスーツに身を包み、冷徹な眼鏡を光らせたリベラだった。
その手には、辞書よりも分厚く、鈍器のように重そうな『ハードカバーの本』が抱えられている。
「……騒がしいですね。豚のエサではありません。『特製・勝利のカツ丼(Sランク)』ですわ」
リベラはカツツ、カツツとヒールの音を響かせながら、ボナパルトの対面の椅子に優雅に座った。
「べ、弁護士はどうした! 俺は法に守られているんだ!」
「法、ですか。……ええ、そうですね」
リベラは持っていた分厚い本を、ドォォォォン!!と机の上に叩きつけた。
机が軋み、カツ丼の汁が少し跳ねるほどの重量感。
「な、なんだそれは……?」
「『タロー国・暫定刑法読本(初版)』です」
リベラは表紙を愛おしそうに撫でた。
「我が国の法律はシンプルです。……さて、貴方は『黙秘権』を主張しましたね?」
「当然だ! 旧王国の法では……」
「ここはタロー国です」
リベラが遮った。
「タロー法・第1条。『タロー様の機嫌を損ねる者は、その罪の重さに応じた“教育”を受ける権利を有する』……つまり、貴方にあるのは黙秘権ではなく、『懺悔権』のみです」
「は、はぁ!? なんだその野蛮な法は! そんなものが通用するか!」
「異議あり、ですか? ……よろしい」
リベラはスッと立ち上がった。
そして、机の上の六法全書(厚さ10センチ、装丁はミスリル合金製)を片手で軽々と掴んだ。
「では、判例に基づき『棄却』します」
ブンッ!!
「え?」
ドゴォォォォォンッ!!!!
リベラの振り抜いた六法全書が、ボナパルトの側頭部に直撃した。
鈍い音ではない。岩が砕けるような音がした。
「あ、が……ッ!?」
ボナパルトは椅子ごと吹き飛び、壁に激突した。
視界が明滅する。耳鳴りが止まらない。
彼は床に転がりながら、信じられないものを見る目でリベラを見上げた。
「な、な……殴った……!? 取り調べで……暴力……!?」
「おや? 『法の重み』を知りたがっていたのではありませんか?」
リベラは眼鏡の位置を中指で直し、冷ややかに見下ろした。
「これは物理的な重みです。……次は論理的な重みがいきますよ?」
彼女は再び本を開いた。
「貴方は『実家の蔵から金を盗んだだけ』と言いましたね。つまり窃盗罪。しかし、タロー法・第25条。『貴族は王(タロー様)の代理人であり、その財産は国の管理下にあるとみなす』」
「……は、はい?」
「つまり貴方は、父親の金を盗んだのではなく、『タロー国の国庫』に手をつけたことになります。……これは窃盗ではありません。『国家反逆罪』です」
「なッ……!? こじつけだぁぁッ!」
「反逆罪の刑罰は……そうですね、『市中引き回しの上、全財産没収。さらに強制労働200年』といったところでしょうか」
「に、200年!?」
ボナパルトの顔から血の気が引く。
リベラは本を閉じた。
「ですが、今ここで素直に自白し、余罪も含めて全てを吐くなら……『情状酌量』で、普通の懲役刑(10年)にしてあげてもよろしくてよ?」
リベラはニッコリと笑った。
それは慈母の微笑みではなく、獲物を追い詰めた悪魔の微笑みだった。
そして、彼女は右手の六法全書(凶器)を、再び大きく振りかぶった。
「さあ、選んでください。……この『法の鉄槌』を死ぬまで受け続けるか、それともカツ丼を食べて罪を認めるか」
「た、食べますぅぅぅッ!!」
ボナパルトは泣き叫びながら、這うようにして机に戻った。
震える手で箸を掴み、冷めかけたカツ丼を口にかき込む。
「うぐっ、ぐすっ……う、うめぇ……なんだこれ、うめぇ……!」
竜特製のカツ丼。
サクサクの衣、ジューシーな肉、そして甘辛い出汁が染みたご飯。
その暴力的なまでの美味さが、暴力的なまでの恐怖で冷え切った彼の心に染み渡る。
「うわぁぁぁぁん! やりました! 俺がやりましたぁ! 裏帳簿も隠し口座も全部吐きますぅぅッ!」
ボナパルトは泣きながら完食し、用意された自白調書に震える文字でサインをした。
***
マジックミラー越しの隣室。
その一部始終を見ていた俺は、コーヒーを啜りながら呟いた。
「……エグいな。物理と論理のサンドイッチか」
「リベラさん、Sですねぇ。……あの本、角で殴るとクリティカル判定が出るように私がエンチャントしておきました」
隣でルナが呑気に笑っている。
「ま、これで一件落着だ。……次行くぞ、次」
俺はモニターを見た。
T-SWATの通報ダイヤルは、早くも次の獲物(事件)を告げていた。
今度は、もっと金になりそうな……いや、凶悪な事件の匂いがする。
「リーザ、ルルシア。出番だぞ。……稼ぎ時だ」
「はいはい、行きますよぉ……。はぁ、私の5000万……」
ボナパルトの泣き声が響く取調室を背に、俺たちは次なる現場へと出動した。




