EP 5
特定班キュララとデジタルタトゥー
「は……? な、生配信……? 何を言っているんだ、貴様」
ボナパルトは状況が飲み込めず、呆けた顔でキュララと、その頭上を飛び回る小型の飛行物体を交互に見比べた。
彼は古いタイプの貴族だ。最近タロー国で流行り始めた『T-Tube』という文化を、庶民の低俗な遊びだと見下して理解していなかったのだ。
「あはは! わかんない? おじさん、遅れてるぅ~!」
キュララは小悪魔的な笑みを浮かべ、スマホのカメラを自撮りモードに切り替えた。
画面には、彼女の顔と、背後に立ち尽くすボナパルトのマヌケな面がバッチリ映り込んでいる。
「みんな~! 聞こえた~? このおじさん、自分の家から泥棒しておいて『貴族だから無罪だ!』なんて言ってるよ~! ひどくな~い?」
キュララがカメラに向かって同意を求める。
その瞬間、スマホの画面を埋め尽くすコメントの流速が、一気に加速した。
『は? 何こいつ』
『胸糞わりぃ』
『貴族なら何してもいいのかよ』
『許せん。特定班、出番だ』
タロー国の国民はもちろん、近隣諸国の視聴者たちも、この「わかりやすい悪役」の登場に沸き立っていた。
正義感という名の娯楽。
それがネットの恐ろしさだ。
「さあリスナーのみんな! この『自称・男爵家の三男』について、知ってることあったらコメント欄で教えてねっ☆ おじさんの個人情報を丸裸にしちゃおー!」
キュララの煽りに、ネットの特定班(ストーカー予備軍)たちが即座に反応した。
『エクレア男爵の三男? あー、知ってる。ボナパルトだろ』
『こいつ、前に賭博場で見たぞ。借金まみれで土下座してた』
『女遊びも激しいよな。メイドに手を出してクビにしたって噂』
『裏帳簿のデータ持ってる奴いない?』
『あ、こいつの愛人の家知ってるわ。西区の〇〇番地だろ?』
『今、愛人の家の写真アップしたわURL』
ピロン! ピロン! ピロン!
通知音が止まらない。
キュララは残酷なまでに楽しげに、それらのコメントを読み上げていく。
「え~っと? 『借金総額は金貨3000枚』? 『過去に未成年を軟禁した疑惑あり』? わぁ、愛人さんの名前と顔写真まで出ちゃった! おじさん、これ本当?」
「や、やめろ……! 何だそれは!? なぜ俺の秘密を知っている!?」
ボナパルトが悲鳴を上げた。
彼は知らない。一度ネットの海に放たれた悪意は、光の速さで拡散し、決して消えることのない『デジタルタトゥー』として刻まれることを。
「あ、タロー様のアカウントからもコメント来てるよ! 『へぇ、そんな特権あったかな? 明日、お父様(男爵)とお話ししなきゃ』だって!」
「ヒィッ……!?」
その一言は、ボナパルトにとって死刑宣告に等しかった。
王に知られた。父親にバレた。
それはつまり、貴族としての地位、財産、そして未来の全てが、この数分間の配信で消滅したことを意味する。
「う、嘘だ……俺は……俺はただ、少し遊ぶ金が欲しかっただけで……」
ボナパルトはガタガタと震え出した。
イグニスの暴力よりも、俺たちの包囲よりも、見えない数百万人の「目」が怖い。
社会的に殺される恐怖。
『ざまぁwww』
『人生終了のお知らせ』
『二度と表歩けないねぇ』
無慈悲なコメントの嵐が、彼の精神を容赦なく削り取っていく。
「わかったか? これが現代の『公開処刑』だ」
俺は冷ややかに告げた。
かつてはギロチンだったが、今は炎上だ。
血は流れないが、その後の人生はずっと血まみれになる。
「さあ、選べ。このままカメラの前で世界中の笑い者になり続けるか……それとも、大人しく俺たちに捕まって『牢屋』というシェルターに逃げ込むか」
俺が手錠をチャラリと鳴らすと、ボナパルトは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして叫んだ。
「た、助けてくれぇぇぇッ!! 捕まえてくれ! 牢屋に入れてくれぇぇッ! もう見ないでくれぇぇッ!」
彼は自ら両手を差し出し、俺たちの方へ駆け寄ってきた。
プライドも特権意識も、完全に粉砕されていた。
「確保ぉっ!」
ガシャン!
俺は彼の手首に手錠をかけた。
「……ふぅ。ネットリンチ、怖いわねぇ」
一部始終を見ていたリーザが、青い顔で身震いした。
「私……絶対に炎上だけはしないように気をつけます……」
「それがいい。……さて、社会的制裁は終わった」
俺は捕縛したボナパルトの襟首を掴み、リベラの方へと引き渡した。
「次は、法的な制裁の時間だ。……リベラ、たっぷり可愛がってやれ」
「お任せを。……ふふふ」
リベラが分厚い六法全書を愛おしそうに撫でながら、捕虜となったボナパルトを見下ろした。
その眼鏡の奥の瞳は、どんな悪党よりも冷徹に光っていた。
「さあ、ボナパルト様。楽しい『お勉強』の時間ですわよ?」




