EP 4
植物は見ていた
「ゴホッ! ゴホッ! ……おいイグニス! やりすぎだ馬鹿野郎!」
もうもうと立ち込める粉塵の中、俺は咳き込みながら怒鳴った。
エクレア男爵邸の1階ホールは、イグニスの「壁破壊エントリー」によって、見るも無惨な瓦礫の山と化していた。
高そうな壺も、趣味の悪そうな肖像画も、すべてが粉々だ。
「へへっ、すまねぇ兄貴! つい力が余っちまってよ!」
イグニスが瓦礫の中から頭を出す。反省の色はゼロだ。
「……で、肝心の強盗団はどこだ?」
俺は周囲を見渡した。
あれだけの衝撃と爆音だ。普通の人間なら気絶しているか、腰を抜かしているはずだ。
だが、ホールには誰もいなかった。
床には慌ただしく逃げたような足跡と、引きずられたような痕跡(おそらく金品を詰めた袋だろう)が残っているだけだ。
「ちっ、煙に乗じて逃げたか。……屋敷は広い。隠れられたら厄介だな」
この屋敷は迷路のように部屋数が多い。
しらみつぶしに探していては、その間に逃走される可能性がある。
「私の出番ですね~」
ふわり、と優雅な声が響いた。
情報班のルナだ。
彼女は瓦礫の山など気にも留めず、ホールの隅に置かれた、奇跡的に無傷だった観葉植物の元へと歩み寄った。
「植物さん、植物さん。……怖かったですね~? 痛かったですね~?」
ルナは慈愛に満ちた表情で、パキラの葉を優しく撫でた。
端から見れば、頭の痛い人に見えるかもしれない。
だが、彼女は『精霊魔法』の使い手であり、植物の「声」を聞くことができるのだ。
「……あ、やっぱり。そうですか~」
ルナはうんうんと頷き、今度は窓の外に向かって手招きをした。
すると、庭の植え込みや、壁に這っていたツタが、まるで意志を持った蛇のようにズルズルと室内へ伸びてきた。
「ひいぃっ! な、何ですかあれ!?」
リーザが悲鳴を上げて後ずさる。
「植物ネットワーク(根っこ回線)ですよ。……彼らは見ています。根から根へ、葉から葉へ。この屋敷で起きたこと、全てをね」
ルナがにっこりと笑い、俺の方を向いた。
「犯人たちは5人。……このホールの隠し扉から地下通路を通って、裏庭の古井戸の方へ逃げたそうです。『臭い袋を持った男が、私の根っこを踏んづけた!』って、裏庭の雑草さんが怒ってます」
「でかした。……地下通路か、古典的だな」
俺は無線機(魔道具)のスイッチを入れた。
「全隊に通達! 犯人は裏庭へ抜ける気だ! イグニス、キャルルは地下への入り口を探せ! 残りは裏庭へ先回りして包囲しろ!」
***
裏庭。
そこには、枯れた古井戸があった。
ガタガタと井戸の蓋が動き、中から黒ずくめの男たちが這い出してくる。
「はぁ、はぁ……! なんとか撒いたか……!」
「あいつら、警察じゃねぇ! 化け物だ! いきなり壁を爆破しやがった!」
リーダー格の男が、金貨の詰まった袋を抱えて息を整える。
だが、彼らが顔を上げた瞬間、その表情が凍りついた。
「ご苦労だったな。……モグラ叩きの気分はどうだ?」
井戸の周りには、既にT-SWATのメンバーが待ち構えていた。
俺、リーザ、ルルシア、そしてドローンを飛ばすキュララ。
さらに、背後からは地下道を突破してきたイグニスたちが、土煙を上げながら現れる。
「逃げ場はねぇぞ!」
男たちは完全に包囲された。
もう観念するしかない状況だ。
だが、リーダー格の男だけは、怯える部下たちを押しのけ、ふんぞり返って叫んだ。
「さ、触るな! 無礼者どもが! 俺を誰だと思っている!」
男は黒い覆面をかなぐり捨てた。
現れたのは、整っているが神経質そうな、ひ弱な青年の顔だった。
「俺は、ここの当主……エクレア男爵の三男、ボナパルトだぞ!」
「……は?」
俺は眉をひそめた。
強盗の正体が、被害者の息子?
「親父が小遣いをくれねぇから、ちょっと蔵の整理(強奪)をしてただけだ! これは家庭内の問題だ! 警察が介入していい案件じゃねぇ!」
ボナパルトと名乗った男は、唾を飛ばしながら喚き立てた。
「それに、俺には貴族の『不逮捕特権』がある! 平民風情が俺に指一本でも触れてみろ、タロー王に言いつけて全員死刑にしてやるからな!」
典型的な、親の七光りを笠に着たバカ息子だ。
一般の衛兵なら、ここで怯んで引き下がったかもしれない。
だが、俺たちはT-SWATだ。
そして何より、ここにいるのは「貴族」や「権力」という言葉が大好物の、凶悪なメンバーたちだった。
「……ふーん。男爵の息子、ねぇ」
俺の横で、キュララがニチャア……と、下卑た笑みを浮かべた。
彼女の手元のコントローラーが、上空のドローンを操作し、カメラをボナパルトの顔面へとズームインさせる。
「ねぇ、おじさん。……そのセリフ、もう全世界に『生配信』されちゃってるけど、大丈夫そ?」
「……は?」
ボナパルトの顔色が、サァーッと青ざめていくのを、俺は見逃さなかった。




