第八章 太郎国警察T-SWAT24時間物語
5000万、消える
フェスの熱狂から一夜明けた、シェアハウス『メゾン・ド・キャロット』のリビング。
そこには、人生の絶頂を噛み締める一人の少女がいた。
「ふふふ……5000万……ごせんまんタロー……」
リーザだ。
彼女はテーブルの上に置かれた、分厚い預金通帳(タロー銀行発行)を頬ずりし、愛おしそうに撫で回していた。
その顔は、アイドルとしての輝きよりも、守銭奴としての濁った欲望で満ち溢れている。
「これだけあれば、老後は安泰……。もう半額シールを待つ必要もない。トイレットペーパーもダブルが買える。夢の不労所得生活が目の前に……!」
「気が早いな、貧乏神」
俺はコーヒーを啜りながら、呆れて声をかけた。
リビングには他のメンバーも勢揃いだ。
二日酔いのイグニス、朝からステーキを焼くキュララ、新聞を読むリベラ。
「竜さん! 貧乏神じゃありません! 今の私は『富豪神』です!」
「はいはい。……っと、タローから通信だ」
俺がスマホを操作すると、リビングの空間にホログラムが展開された。
映し出されたのは、タロー国の王でありオーナー、タローの顔だ。
『やあ竜さん、おはよう。……昨日のフェス、大成功だったね』
「ああ。おかげで懐が温かい奴が約一名いるがな」
俺がリーザを指差すと、タローは苦笑した。
『うん、その件なんだが……頼みがある』
タローの表情が少し真剣になった。
『今回のナンバーズ襲撃事件。……正直、肝が冷えたよ。僕の国は平和が売りだけど、治安維持に関してはまだまだ脆弱だ。またあんな連中が来たら、国の信用に関わる』
「で? どうする気だ」
『組織を作りたい。……凶悪犯罪に対処するための、少数精鋭の特殊部隊をね』
タローは指を立てた。
『名付けて『T-SWAT』。警察組織の上位に位置する、対テロ・対能力者犯罪チームだ』
「T-SWATか。……ネーミングセンスはともかく、必要性はわかる」
俺は頷いた。
ナンバーズのような連中は、一般の衛兵では太刀打ちできない。
俺たちが個人的に動くのも限界がある。公的な組織として動く方が都合がいい。
『指揮官は竜さんに頼みたい。メンバーは……いつもの皆でいいかな?』
「構わんが……タダじゃ動かんぞ? 拠点の確保、特殊装備の調達、活動資金。……かなりの金がかかる」
『もちろん予算は出すよ。……でも、国家予算の承認プロセスを通すと時間がかかるんだ。今すぐ動きたい』
タローはチラリと、視線をテーブルの『通帳』に向けた。
『そこでだ。……そこに、ちょうどいい「埋蔵金」があるじゃないか』
ピタリ。
リーザの頬ずりが止まった。
「……は? ……え?」
リーザが凍りつく。
俺はニヤリと笑い、リベラに目配せをした。
「リベラ。今回のフェスの売上、管理口座はどうなってる?」
「はい。まだリーザさん個人の口座には振り込んでおりません。現在は『ギルティ・エンジェルズ運営事務局(仮)』のプール金となっております」
リベラが眼鏡を光らせ、通帳をリーザの手からスッと抜き取った。
「あ……あっ……?」
リーザの手が虚空を掴む。
『竜さん、その5000万タローを初期投資として使ってくれ。……もちろん、国からの「出資」という形にするから、将来的に利益が出たら配当は渡すよ』
「交渉成立だ」
俺は立ち上がった。
「よし、T-SWAT設立だ! この5000万で、最強の装備と拠点を揃えるぞ!」
「ちょ……ちょっと待ってくださいぃぃぃッ!!」
リーザが絶叫した。
彼女は俺の足にすがりつき、涙目で訴える。
「私の! 私の老後がぁぁ! 5000万ですよ!? 一生遊んで暮らせる額ですよ!? なんで国の警察ごときに没収されるんですかぁぁッ!?」
「バカ野郎。これは『投資』だ」
「投資ぃぃ!?」
「平和ボケした国でアイドルやっても、テロリストが来たら終わりだろ? お前の稼ぎを守るための必要経費だ」
「必要経費で5000万も引かれたら、手取りがゼロじゃないですかぁぁぁッ!!」
リーザの悲鳴は無視された。
リベラは既にタロー銀行のアプリを操作し、送金手続きを完了させていた。
「送金完了ですわ。……さあ竜さん、早速『物件』を見に行きましょうか」
***
数時間後。
俺たちが連れてこられたのは、街外れの工業地帯にある、ボロボロの倉庫だった。
赤錆だらけのトタン屋根。
壁にはツタが絡まり、窓ガラスは割れている。
入り口のシャッターはひしゃげており、風が吹くとガタガタと不気味な音を立てていた。
「……ここが、T-SWAT本部?」
リーザが呆然と呟く。
「そうだ。居抜き物件で安く手に入った」
俺は胸を張った。
「嘘だぁぁぁッ!! 私の5000万が……こんな産業廃棄物置き場に変わったなんてぇぇぇッ!!」
リーザはその場に崩れ落ち、地面の土を叩いた。
「返して! 私のダイヤ! 私のお城! ……ううっ、昨日のステージの輝きはなんだったの……」
「安心しろ。ここを俺の『建築』スキルで最強の要塞にリフォームする。……中身(装備)はこれから揃えるからな」
俺は倉庫の鍵を開けた。
ギギギ……と重い音を立ててシャッターが開く。
中から漂うカビ臭い空気。
「さあ、仕事の時間だぞ、T-SWAT隊員諸君。……まずは掃除からだ」
俺の号令に、イグニスとキャルルは「掃除か! 燃やすか!?」と元気よく答え、キュララは「あ、これ動画のネタになるわ」とスマホを構える。
唯一、リーザだけが魂の抜け殻となり、虚ろな目で呟いていた。
「……愛も富も、一瞬の幻……。信じられるのは、半額シールだけ……」
こうして、タロー国の治安を守る新組織『T-SWAT』は、一人のアイドルの犠牲(全財産)の上に、その産声を上げたのだった。




