EP 10
焼肉パーティーと強欲歌姫の涙
フェスの熱狂が冷めやらぬその夜。
シェアハウス『メゾン・ド・キャロット』のリビングは、戦場のような熱気と、極上の脂の香りに包まれていた。
「それじゃあ、タロー国フェスの大成功と、新ユニット『ギルティ・エンジェルズ』の結成を祝って……」
俺が音頭を取る。
テーブルの中央には、二台のホットプレート。
その周りには、山盛りの霜降り肉(ダンジョン産・Sランク牛)、新鮮な野菜、そして酒瓶が所狭しと並んでいる。
「かんぱぁぁぁぁぁいッ!!」
ガチャンッ!!
8つのグラスが豪快にぶつかり合った。
「くぅぅぅぅッ! 五臓六腑に染み渡りますわぁぁッ!」
誰よりも早くジョッキを空にしたのは、今日の主役・リーザだ。
彼女は既にテンションが最高潮に達していた。
ステージ衣装のまま、片手にビール、片手にトングという二刀流スタイルだ。
「さあ焼くわよ! ジャンジャン焼くわよ! 今日は私が奢りよ! ……あ、やっぱり割り勘で!」
「どっちだよ! 兄貴、このカルビすげぇ色してるぞ!」
イグニスが目を輝かせて肉を鉄板に乗せる。
ジュワァァァァッ!!
食欲を暴力的に刺激する音が響く。
「早いですわねイグニス。……でも、その肉は私が狙っていたものですわ」
ルルシアが箸を構える。二郎系ラーメンで鍛えた箸使いは、騎士の剣技のように鋭い。
「甘いね二人とも! 神速・イタダキマス!」
シュバッ!
残像が見えるほどの速さで、横からキュララのフォークが肉をかすめ取った。
「ああっ!? てめぇこの駄天使! まだ赤いぞそれ!」
「関係ないわ! お腹に入れば皆同じタンパク質よ! ハフハフッ! うめぇ!」
キュララは半生の肉を飲み込み、次々と皿の上の肉を強奪していく。
鳩の餌生活で培った生存本能が、ここでも遺憾なく発揮されていた。
「こらこら、肉ならまだまだあるぞ。キャルル、野菜も食べろよ」
「はいっ! 竜さん、あーんしてあげますね!」
俺がキャルルに追加の肉を渡していると、横からリベラが分厚い封筒をテーブルに置いた。
ドンッ、と重たい音がした。
「皆様、手が止まっているようでしてよ? ……本日のフェスでの『売上』、集計が出ましたわ」
その言葉に、全員の動きが止まった。
肉を咀嚼していたキュララも、箸を伸ばしていたルルシアも、そしてビールを煽っていたリーザも、リベラの手元を凝視する。
「物販、チケット、そしてステージでの『集金ネット』による投げ銭……すべて合わせた純利益は……」
リベラが眼鏡をクイッと押し上げ、金額を読み上げた。
「金貨換算で、約5000万タローです」
シーーーーン。
一瞬、焼肉の焼ける音だけがリビングに響いた。
「ご……ごせん……?」
リーザが泡を吹くように呟く。
「5000万タローですわ。……リーザさん、貴女の取り分だけで、向こう10年は遊んで暮らせる額です」
バタンッ!!
リーザが椅子から転げ落ちた。
そして、床に突っ伏したまま、ワナワナと震え始めた。
「パ、パイセン!? 大丈夫ですか!?」
ルルシアが慌てて駆け寄る。
「……う、ううっ……」
リーザが顔を上げた。
その顔は、涙と鼻水でグシャグシャになっていた。
「夢じゃない……夢じゃないんですねぇ……ッ!!」
彼女は立ち上がり、俺に向かって猛ダッシュしてきた。
「竜さぁぁぁぁぁんッ!! プロデューサーァァッ!!」
ガバッ!
俺はタックル気味に抱きつかれた。酒臭い息と、焼肉の匂いが混ざり合う。
「あ、ありがとう……うぐっ……ありがとうございますぅぅッ! 私、私……生まれて初めて、通帳の桁が増えるのを見ましたぁぁッ!」
「お、おい、離れろ! 服に脂がつく!」
リーザは号泣していた。
半額シールに一喜一憂し、雑草図鑑を愛読していた日々。
それが報われた瞬間だった。
「もう……もう公園の水飲み場で頭を洗わなくていいんですね……! トイレットペーパーをシングルかダブルかで悩まなくていいんですね……!」
次元が低い。
だが、その涙は本物だった。
「よかったですね~、リーザさん。……あ、お肉焦げますよ」
ルナが冷静に魔法で火力を調整しながら、リーザの背中をポンポンと叩く。
「ええ、ええ! 食べます! 今日は死ぬほど食べます! キュララちゃん、遠慮なく食べなさい! これからは私が養ってあげるから!」
「えっ!? 本当!? やったー! パイセン太っ腹ー!」
キュララが歓喜の声を上げ、さらに肉を詰め込む。
ルルシアもホッとしたように笑い、自分のグラスを持ち上げた。
「ふふっ、私たち『ギルティ・エンジェルズ』……最高のスタートですね」
「ああ。だが、これからが本番だぞ。一発屋で終わるなよ」
俺が言うと、リーザは涙を拭い、満面の笑みで親指を立てた。
「任せてください! 金の味を知った私は無敵です! ……地獄の果てまで稼ぎに行きますよ、プロデューサー!」
その夜、メゾン・ド・キャロットの宴は深夜まで続いた。
酔いつぶれて寝てしまったリーザが、夢の中でも「領収書……ください……」と呟いているのを聞いて、俺たちは苦笑いしつつも、この騒がしくも愉快な家族に乾杯したのだった。




