EP 7
魔窟「メゾン・ド・キャロット」
案内された場所は、太郎国の中心部から少し離れた閑静な住宅街にあった。
だが、その建物は周囲の風景から明らかに浮いていた。
「……ここか?」
「はい! ここが私たちの城、『メゾン・ド・キャロット』です!」
キャルルが指差したのは、鉄筋コンクリート造り(に見える魔法建材製)の四階建てマンションだった。
エントランスにはオートロック風の魔導ゲートがあり、一階には洒落たカフェのようなテナントが入っている。看板には『リベラ法律事務所』の文字。
前世の日本で見た高級賃貸マンションそのものだ。
イグニスが口をあんぐりと開けて見上げている。
「すげぇ……岩山をくり抜いたわけじゃねぇのに、こんな高い建物ができるのか……」
「よし、行くぞ。屋根があるなら文句はない」
俺たちはキャルルの後について、エントランスをくぐった。
シェアハウスになっているのは、最上階のペントハウスらしい。
ガチャリ、とキャルルがドアを開ける。
「ただいまー! お客さん連れてきたよー!」
その瞬間だった。
リビングの奥から、ボロボロの服を着た少女が猛ダッシュで突っ込んできた。
「キャルル様ぁぁぁ!! お帰りなさいませぇぇぇ!!」
少女は見事なスライディング土下座を決め、キャルルの足に縋りついた。
人魚のようなヒレ耳を持つ、儚げな美少女だ。ただし、手には食いかけのパンの耳が握られている。
「待ってました! キャルル様が帰ってこないと、今月の家賃が払えなくて私が強制退去に……! あ、パンの耳いります?」
「いらないよリーザちゃん! あと、お客さんの前で土下座やめて!」
キャルルが慌てて少女――リーザを引き剥がす。
すると今度は、奥のキッチンから金髪のエルフが顔を出した。
「あら~、キャルルちゃんお帰りなさい。お土産は?」
「ただいまルナちゃん。お土産はないけど、新しい入居希望者を連れてきたよ!」
エルフの少女――ルナは、俺とイグニスを見て、ふんわりと微笑んだ。
「まあ、男の人? 珍しいですね~。あ、初めまして。私、ルナ・シンフォニアです。歓迎の印に、このスリッパを純金に変えてあげますね!」
「やめろルナ! 三日で元に戻る詐欺金貨は禁止だって言ってるでしょ!」
キャルルが叫びながら、ルナが掲げたスリッパを叩き落とす。
……なんだここは。
貧乏アイドルに、詐欺師まがいのエルフ。
魔窟か?
俺が引きつった笑みを浮かべていると、背後から凛とした声がかかった。
「騒がしいですね。私の事務所まで振動が響いていますよ」
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
フリルのついたブラウスに、タイトスカート。金髪を縦ロールにした、いかにも「お嬢様」といった風貌の女性だ。
だが、その眼光は鋭く、知的な光を宿している。
「あ、リベラさん! オーナー!」
「おかえりなさい、キャルル。……して、そちらの殿方たちは?」
オーナーと呼ばれた女性――リベラは、眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、俺とイグニスを値踏みするように見回した。
「あ、えっと……入居希望の方たちで……」
「男性の入居は規約で推奨していません。それに、家賃の支払い能力は? 見たところ、そちらの大きい方は無職、そちらの男性も……失礼ですが、あまり裕福そうには見えませんが」
リベラの指摘はもっともだった。
俺はポロシャツ姿、イグニスはボロボロの皮鎧。どう見ても怪しい風体だ。
イグニスがムッとして唸り声を上げるが、俺はそれを制して一歩前に出た。
「家賃については出世払いで相談したいと思っていました。ですが……」
俺の視線は、リベラの背後にあるリビングのドアに向けられていた。
ドアの上部についている『ドアクローザー』のネジが緩み、油圧シリンダーから微かにオイルが漏れている。そのせいでドアが完全に閉まりきらず、ギィギィと不快な音を立てていた。
「そのドア、気になりませんか?」
「え? ええ、最近調子が悪くて。業者を呼ぼうかと……」
俺は許可も取らずにドアに近づいた。
腰のツールポーチから、プラスドライバー(に見える棒状の工具)を取り出す。
「失礼します」
俺は椅子に上がり、クローザーの調整弁にドライバーを当てた。
【ウェポンズマスター】発動。
俺にとって、このドライバーは「敵の急所を突く剣」と同じだ。
内部の油圧、スプリングの張力、ネジの締め付けトルク。全てが手に取るようにわかる。
キュッ、カチッ、グルン。
わずか三秒。
俺は椅子から降り、ドアを軽く押した。
ドアは音もなくスムーズに開き、手を離すと、吸い込まれるように静かに閉まった。
「……はい、直りました」
「えっ……?」
リベラが目を丸くする。
俺はさらに、キッチンの方へ歩いた。
さっきから気になっていた「ポタ、ポタ」という水漏れの音。
「そこの水道、パッキンが摩耗してますね」
「あ、はい! そうなんです、ギュッと締めても止まらなくて……」
ルナが困った顔で言う。
俺はインベントリから、適当なゴム片(前の森で拾ったタイヤの切れ端か何か)を取り出し、カッターで円形に切り抜いた。
モンキーレンチで蛇口を分解し、自作パッキンと交換して組み直す。
所要時間、十五秒。
「これで水漏れも止まります。……あと、そこの換気扇、異音がしてるな。軸がブレてる」
俺は次々と室内の不具合箇所を指摘し、その場で応急処置を施していった。
建具の調整、椅子のガタつき、棚の水平出し。
十分後には、リビングは見違えるほど快適な空間になっていた。
俺は額の汗を拭い、呆然としているリベラに向き直った。
「とりあえず、目についた箇所は修繕しました。本格的な修理には部品が必要ですが……どうでしょう、俺たちを住まわせてくれるなら、建物の管理・修繕は全て俺が請け負います」
リベラはしばらく沈黙し、それからクスリと笑った。
それは、商談成立を確信したビジネスマンの笑みだった。
「……なるほど。腕の良い専属の管理人が雇えると思えば、安いものですね」
彼女は俺に手を差し出した。
「歓迎しますわ、鍵田様。当マンションの管理兼、入居を許可します」
「ありがとうございます。オーナー」
俺が手を握り返すと、後ろで見ていたイグニスが「やったぜ! 屋根だ! 布団だ!」と小躍りした。
リーザも「よかったですねぇ! あ、余ったパンの耳いります?」と近寄ってくる。
こうして、俺とイグニスは、魔窟『メゾン・ド・キャロット』の住人となる権利を勝ち取ったのだった。




