EP 7
歌詞は欲望のままに
リーザは震える手で、渡されたメモ用紙(歌詞カード)を握りしめていた。
そこに書き殴られていたのは、従来のアイドルソングの常識を根底から覆す、あまりにも即物的で、清々しいほどの『欲望』の羅列だった。
「……り、竜さん。これ……本気ですか?」
リーザは掠れた声で読み上げた。
「『愛も富も一つのもの』……『ダイヤが欲しい、土地も欲しい』……」
彼女は顔を上げ、竜を見た。
「こ、これ……歌詞ですよね? 不動産屋のチラシとかじゃなくて?」
「歌詞だ。お前の魂の叫びを言語化した」
竜はキーボードで、激しいグリッサンドを奏でた。
「お前がさっき言ったよな。『愛で飯は食えない』と。……なら、それを歌え。『愛より金だ』と。世界中の貧乏人と、建前だけの綺麗事に疲れた奴らに向かって、お前の本音を突きつけてやれ」
「本音……」
リーザは再び視線を歌詞に落とした。
『あなたの同情 キャッシュで引き換えてる?』
『野心の種に 節約しなきゃ』
文字を目で追うたびに、リーザの胸の奥で燻っていた火種が、ボッ、ボッと音を立てて燃え上がっていくのがわかった。
そうだ。
私は、お嬢様なんかじゃない。
半額シールに命を賭け、1円でも安く食材を手に入れ、雑草を食んででも生き延びてきた女だ。
――なんでキュララちゃんだけ高級寿司なの?
――なんで私は10円のもやしで喜んでるの?
――悔しい。羨ましい。私だって……!
「……私だって、楽して暮らしたい」
ポツリと、リーザの口から言葉が漏れた。
「私だって、値段を見ずに寿司が食べたい! 広くて暖かい部屋で、ふかふかの布団で眠りたい! 将来の不安なんて感じずに、通帳の残高を見てニヤニヤしたい!」
声が大きくなる。
涙で濡れていた頬が、熱で乾いていく。
「そうよ……! 愛なんて不確かなものより、私は現金が欲しいのよぉぉぉッ!!」
リーザが叫んだ瞬間。
彼女の瞳の中で、濁った涙が蒸発し、代わりにギラギラとした黄金の輝きが戻った。
それは、かつて敵として竜たちの前に立ちはだかった時の、いや、それ以上に強欲で力強い『銭ゲバの瞳』だった。
「いい顔だ」
竜は満足げに頷いた。
「それがお前の『アイドル力』だ。……で、歌うか? それとも、一生もやしを齧って暮らすか?」
「歌います!!」
リーザは即答した。
彼女はガバッと立ち上がり、シワシワのドレスの裾を握りしめた。
「歌わせていただきます、竜プロデューサー! この曲で、フェスの観客全員の財布の紐を緩めさせ……いえ、根こそぎむしり取ってやりますわ!」
「その意気だ。……リハーサルは明日からだ。喉を整えておけ」
竜は立ち上がり、部屋を出ようとした。
その背中に、リーザは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、竜さん! ……あ、ちなみにこの曲の印税契約はどうなってますか? 作詞作曲が竜さんだと、私の取り分は歌唱印税だけ……?」
竜は振り返らずに、ヒラヒラと手を振った。
「安心しろ。俺の取り分は『焼肉一回分』でいい。残りは全部くれてやる」
「!! 一生ついて行きます、兄貴!!」
リーザの完全復活。
いや、欲望のリミッターを解除した彼女は、以前よりも凶悪な怪物へと進化していた。
部屋に残されたリーザは、鏡の前に立った。
そこに映るのは、もう「迷走した貧乏アイドル」ではない。
世界中の富を狙う、最強の『強欲歌姫』の姿だった。
「ふふふ……待っていなさい、キュララちゃん。……いえ、世界の金持ち共! 貴方たちの愛、全て私が回収してあげますからね!」
彼女は歌詞カードに熱烈なキスをした。
タロー国フェスまで、あとわずか。
伝説のステージの幕が、上がろうとしていた。




