EP 5
迷走する貧乏アイドル
シェアハウスの一室。
そこは普段、リーザが「節約術」や「野草の美味しい食べ方」を配信しているスタジオだ。
だが、今日の空気は明らかに違っていた。
「ごきげんようですわ、皆様。清純派アイドル、リーザですのよ」
画面の中のリーザは、引きつった笑顔を浮かべていた。
着ているのは、ルルシアから無理やり借りた貴族風のレース付きブラウス。
髪も丁寧に巻き、いつものジャージ姿はどこにもない。
『え? 誰?』
『リーザちゃん? 風邪ひいた?』
『いつものジャージはどうしたの?』
コメント欄がざわつく。
だが、リーザは焦りから、それらの困惑を好意的な反応だと勘違いしようと必死だった。
「今日は……そう、ティータイムのお作法について語りますわね。紅茶というものは、心の余裕が生み出す芸術……」
リーザは震える手でティーカップを持ち上げた。
中身は、ティーバッグを3回使い回した出涸らしの紅茶だ。色が薄すぎて、ほぼお湯である。
『なんか無理してない?』
『キャラ変? 迷走?』
『いつもの「タンポポコーヒーの淹れ方」のほうが面白かったな……』
視聴者数は、開始直後をピークにじわじわと減り続けていた。
キュララの配信のような熱狂も、スパチャの嵐もない。
あるのは、古参ファンからの「どうしちゃったの?」という心配と、新規客の「つまんね」という冷徹なブラウザバックだけ。
「あ、あれ? 皆さん? もっと優雅なお話がお好きじゃなくて? ……行かないで! まだ紅茶(お湯)は残ってますのよ!?」
リーザの必死の呼びかけも虚しく、同接数のカウンターは無情にも三桁を切り、二桁へと転がり落ちていった。
***
「……はぁ」
配信を終えたリーザは、幽霊のような足取りでリビングへ降りてきた。
精神的疲労で、足元のふらつきが半端ではない。
「お疲れ様です、パイセン……。あ、あの、ドレス似合ってましたよ?」
後ろをついてきたルルシアが、気遣わしげに声をかける。
だが、その慰めすら今のリーザには痛かった。
「……ありがとう、新人ちゃん。でも、嘘はいいの。数字は正直だもの」
リーザがリビングのドアを開ける。
すると、そこには「勝者」の姿があった。
「あむっ! ん~っ! やっぱり『定価』のお寿司は最高ね~!」
テーブルの中央に鎮座しているのは、スーパーで買ってきた高級寿司桶だ。
もちろん、半額シールなど貼られていない。
それを頬張っているのは、タロー・プロダクションの稼ぎ頭、駄天使キュララだった。
「あ、お疲れ様でーす、リーザ先輩! 配信してたんですね? どうでした? スパチャいっぱい貰えました?」
キュララは悪気なく、マグロを醤油にたっぷりと浸しながら尋ねてきた。
その口元には米粒がついている。
「…………」
リーザは言葉が出なかった。
テーブルの端には、さっき自分が買ってきた10円のもやしと、野草が置かれたままだ。
鮮やかなマグロの赤と、しなびたもやしの白。
その対比が、今の二人の格差を残酷なまでに物語っていた。
「あ、よかったら先輩も食べます? カッパ巻きなら余ってますけど」
キュララが「ほら」と差し出す。
それは慈悲か、それとも無自覚なマウントか。
「……いりません」
リーザは絞り出すように言った。
「私には……シャキシャキ野草サラダがありますから……」
「えー? また草ですかぁ? 先輩も物好きですねぇ。もっと楽して稼げばいいのに」
楽して稼げばいい。
その言葉が、リーザのプライドを粉々に砕いた。
彼女は何も言わず、逃げるように自分の部屋へと駆け込んだ。
バタンッ!とドアが閉まる音が響く。
「……あちゃー。キュララさん、言い過ぎですよ」
ルルシアが咎めるが、キュララは「え? 何が?」と首をかしげていた。
部屋に戻ったリーザは、ベッドに突っ伏していた。
借り物のドレスがシワになるのも構わず、枕に顔を埋める。
「……何が清純派よ。何がお嬢様よ」
自分の迷走ぶりが恥ずかしい。
そして何より、自分の武器だと思っていた「サバイバル術」や「貧乏の知恵」が、圧倒的な「金」の前では無力に見えてしまったことが悲しかった。
「私には……輝くものなんて、何もない……」
枕が涙で濡れていく。
アイドルとしての自信も、生きるためのハングリー精神さえも失いかけた、どん底の夜だった。
だが、そんな彼女の部屋のドアを、ノックする者がいた。
「……おい、生きてるか? 貧乏神」
ぶっきらぼうだが、どこか確信に満ちた声。
竜だった。




