EP 3
天使の配信
シェアハウスの一室が、即席の配信スタジオへと改造された。
俺が作った高性能カメラとマイク、そしてリベラが用意した照明機材。
その中心に、フリフリのアイドル衣装(リベラの手作り)を着たキュララが座っている。
「いいですか、キュララさん。キャラ設定は『清楚で慈悲深い、天界からの留学生』ですわ。決して、公園で鳩と豆を奪い合っていた過去を漏らしてはいけませんよ?」
リベラがプロデューサーとして釘を刺す。
キュララは緊張した面持ちで、しかし目はギラギラと輝かせて頷いた。
「わ、わかってるわよ! 私の演技力にかかれば、清楚なんてお茶の子さいさいよ! ……で、このカメラに向かって喋ればお金が降ってくるのよね?」
「ええ。貴女の魅力次第で、ですけどね」
俺はPCの前で配信開始ボタンに手をかけた。
タロー国初のT-チューバー、その歴史的瞬間の立ち会い人だ。
「よし、いくぞ。3、2、1……スタート!」
『ON AIR』のランプが点灯する。
キュララは瞬時に表情を作り変えた。
「こんきゅら~! 初めまして、下界の皆様! 天界から舞い降りた清楚な天使、キュララだよっ☆」
完璧な笑顔。鈴を転がすような声。
頭上に浮かぶLED発光式の天使の輪(俺の自作)が、彼女のプラチナブロンドを神々しく照らす。
画面上のコメント欄が、凄まじい勢いで流れ始めた。
『うおおお! すげぇ美少女!』
『本物の天使か!? CGじゃないの?』
『かわえええええ!!』
滑り出しは上々だ。
同接数(視聴者数)がぐんぐん伸びていく。
キュララは画面の端に表示される数字を見て、ニヤけそうになる口元を必死に抑えていた。
「今日は初めてだから、みんなとお話ししたいな♪ 質問とかあったら……」
その時だった。
コメント欄に、心ない冷やかしが混ざり始めた。
『天使っていうか、コスプレ乙』
『なんか服のサイズ合ってなくない? 貧乏くさいw』
『意外と胸ないな。鳩胸?』
ピキッ。
キュララの笑顔が凍りついた。
特に最後の一言。『鳩』という単語が、彼女のトラウマ(公園での死闘)を刺激したようだ。
「……あ?」
清楚な声から、ドスの効いた低い声が漏れる。
『えっ?』
『今なんか言った?』
キュララはカメラを睨みつけ、デスクをバンッ!と叩いた。
「あぁん!? 誰が鳩胸よ! これでも天界じゃナイスバディで通ってんのよ! 眼科行ってこいコラァ!!」
猫(清楚)が死んだ。
一瞬で剥がれ落ちた化けの皮。
俺は頭を抱えた。「あーあ、終わったか……」
だが、悲劇はこれで終わらなかった。
激昂したせいでカロリーを消費したのか、彼女の腹の虫が暴動を起こしたのだ。
ギュルルルルルルルルゥゥゥッ!!!!
高性能マイクが、その雷鳴のような腹の音をクリアに拾い、全タロー国へ配信した。
静まり返るコメント欄。
「あっ……」
キュララが顔を赤くする。
だが、彼女の『空腹』は理性を凌駕していた。
彼女は無意識にポケットへ手を突っ込み、そこに隠していた『非常食』を取り出した。
それは、今朝の散歩中にこっそり拾っていた『鳩の餌(豆)』と『カピカピのパンの耳』だった。
カリッ、ボリボリボリッ!!
彼女はカメラの前で、それをリスのように齧り始めた。
もはや放送事故だ。
美少女天使が、鬼の形相で鳩の餌を食らう映像。
「うめぇ……! 豆うめぇ……!」
俺は配信を切ろうとした。
だが、リベラが俺の手を止めた。
「待ちなさい。……見てください、コメント欄を」
俺は画面を見た。
そこには、予想外の反応が溢れていた。
『えっ……豆食ってる!?』
『お腹空いてたのか……かわいそうかわいい!』
『鳩の餌www ポンコツすぎるwww』
『俺が美味いもん食わせてやるよ!』
チャリン! チャリーン!
ピロリン! ピロリン!
画面上に、色とりどりのスーパーチャット(投げ銭)が乱舞し始めた。
『美味しいもの食べて!』『これで肉買え!』『豆代!』
金額が滝のように積み上がっていく。
「えっ……? な、何これ?」
キュララが豆を噛む手を止め、画面を凝視する。
そこに表示された総額は、彼女が鳩と争った豆の数万倍の価値があった。
「お、お金……? これ全部、私のお金!?」
キュララの瞳が『¥』マークに変わる。
彼女は口元のパン屑を拭うと、満面の(現金な)笑みをカメラに向けた。
「あ、ありがとうございまぁ~す! えへへ、私、鳩の餌も好きだけど、高級焼肉のほうがもっと好きかも~☆」
『正直すぎるwww』
『もっと食え!』
『推せるわwww』
こうして、初配信は大盛況(?)のうちに終わった。
配信終了後、キュララはスパチャの集計画面を見ながら、恍惚の表情で呟いた。
「……ちょろい。人間、ちょろいキュラ」
その顔は天使というより、完全に悪徳商人のそれだった。
俺は深いため息をついた。
「……とんでもないモンスターを生み出しちまったかもしれん」
リベラは満足げに眼鏡を光らせた。
タロー国最強のインフルエンサー、『駄天使キュララ』の伝説は、こうして鳩の餌と共に幕を開けたのだった。




