第七章 公園のクルッポーと半額もやし
公園のクルッポー
犯罪組織『ナンバーズ』との激闘(一方的な蹂躙と、敵の自滅)から数日後。
シェアハウス『メゾン・ド・キャロット』には、再び穏やかな――いや、いつも通りの騒がしい日常が戻ってきていた。
破壊された玄関は、俺の『道具作成』スキルで、以前よりも頑丈なミスリル合金製ドアへと改修済みだ。
庭の芝生もルナの魔法で再生し、何事もなかったかのように平和な午後が流れている。
「……ふぅ。平和だ」
俺は久々の休日を満喫すべく、近所の公園へと散歩に出かけていた。
ポカポカとした陽気。
ブラック企業時代には考えられなかった、平日の昼間から外を歩くという贅沢。
俺は缶コーヒーを片手に、ベンチで日向ぼっこをしている老人たちや、砂場で遊ぶ子供たちを眺めながら、のんびりと歩を進めた。
「さて、今日の夕飯は何にするか……」
そんなことを考えながら、公園の中央広場に差し掛かった時だった。
バサバサバサッ!
大量の鳩が群がっている場所があった。
ベンチに座った帽子のおじさんが、袋から豆やパンくずを撒いているのだ。
よくある公園の光景だ。
だが、俺の目は、その群れの中に混じっている『異物』を捉えてしまった。
「……ん?」
鳩の群れの中に、妙にデカくて、白い影がある。
最初は大型犬か何かかと思った。
だが、目を凝らすと、それは犬ではなかった。
人間だ。
それも、この世のものとは思えないほど美しい少女だ。
透き通るようなプラチナブロンドをツインテールにし、宝石のような青い瞳。
サイズオーバー気味の白いパーカーを着ているが、その隙間から覗く手足は華奢で白い。
まるで、絵画から抜け出してきたような『天使』のような容姿。
そんな美少女が、地面に四つん這いになっていた。
「クルッポー!!」
少女が叫んだ。
いや、鳴いた。
おじさんが豆を撒く。
鳩たちが群がる。
その瞬間、少女の青い瞳が鋭く光った。
シュババババッ!!
速い。
鳩たちが反応するよりも速く、彼女の手(というか指先)が地面の豆を正確に摘まみ上げ、口の中へと放り込んでいく。
その動きは、まさに『神速のついばみ』。
「うめぇ! この豆うめぇ! クルッポー!」
少女は無心で豆を貪っていた。
砂利が混じっていようがお構いなし。
圧倒的な身体能力を、たかが鳩の餌を確保するためだけに全振りしている。
「…………」
俺は缶コーヒーを取り落としそうになった。
なんだあれは。
新手の魔物か? それともタロー国の奇行種か?
あまりにも不憫すぎる光景に、俺は放っておけず、恐る恐る近づいた。
「……おい」
俺が声をかけた瞬間だった。
ギロリ。
四つん這いの少女が、猛烈な勢いでこちらを振り返った。
その口元には豆のカスがついており、瞳は獲物を奪われまいとする野生動物のそれだった。
「クルッポー!! シャアァァァァッ!!」
彼女は鳩の鳴き真似から、即座に猫のような威嚇音へと切り替えた。
「私の豆よ! あげないわよ! これ私が先に見つけたんだから!」
「いや、取らねぇよ。というか、それ鳩の餌だぞ」
俺が冷静に突っ込むと、少女は鼻を鳴らした。
「ハッ! 背に腹は代えられないのよ! 今の私にとっては、これも貴重な『タンパク質』なんだから!」
そう言いながら、彼女は隙を見て、近くに落ちていた大きめのパンの耳をサッと懐に隠した。
素早さがSランクだ。無駄に洗練された動き。
「……お前、腹減ってんのか?」
「減ってるに決まってるでしょ! ここ三日、公園の水道水と雑草しか口にしてないんだから! ……あ、でも昨日はアリさんを食べたわ。酸っぱかった」
少女は誇らしげに(?)語った。
俺は頭痛がしてきた。
美少女がアリを食った話を、こうも堂々と聞かされるとは。
俺は溜息をつき、ポケットからカロリーメイトのような携帯食料を取り出した。
ダンジョン探索用に常備しているものだ。
「……ほらよ。豆よりはマシだろ」
俺が投げ渡すと、少女は空中でそれをキャッチした。
クンクンと匂いを嗅ぎ、包装をバリッと破る。
「……! チョコ味!? これ高級品じゃない!」
パクッ!
彼女は一瞬でそれを平らげた。
そして、キラキラと輝く瞳で俺を見上げた。
「あ、あなた……神様? それとも裕福な変態?」
「どっちでもねぇよ。ただの通りすがりだ」
少女は口の周りのチョコを舐めとり、スッと立ち上がった。
パーカーのフードがずれ、背中あたりがモコモコと動いているのが見えた。
……翼か? コスプレじゃなくて?
「美味しかったわ。礼を言うわ、人間。私はキュララ・アルセルラ。……一応、天使よ」
「天使?」
「ええ。今はちょっと『大人の事情』で無一文だけど、本気を出せば世界の一つや二つ、笑顔で救えるんだから!」
キュララと名乗った自称天使は、エッヘンと胸を張った。
その腹が、グゥゥゥ~と盛大に鳴る。
「……でも、今は世界よりお代わりが救いたい気分ね」
彼女は上目遣いで、俺のポケットを凝視している。
完全に餌付けされた野良猫だ。
いや、野良鳩か。
「(……このまま放置したら、次は俺の家の生ゴミを漁りに来そうだな)」
俺は直感した。
こいつは放っておけない。
倫理的な意味でも、防犯的な意味でも。
「……ついて来い。飯くらい食わせてやる」
「えっ!? 本当!? タダで!? 高い壺とか買わせない!?」
「買わせん。その代わり、働いてもらうかもしれんがな」
俺が歩き出すと、キュララは「やったー! チョロい……あ、いえ! 慈悲深い人間さんだわー!」と小声で呟きながら、ピョコピョコとついて来た。
こうして、俺は公園で、鳩よりも食い意地の張った『駄天使』を拾ってしまったのだった。
この拾い物が、後にタロー国を揺るがすトップインフルエンサーになろうとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。




