EP 6
文明開化とギルドの洗礼
森を抜け、丘の上に立った瞬間、俺は持っていたタバコを危うく落としかけた。
「……マジかよ」
眼下に広がっていたのは、中世ファンタジーの城下町ではない。
整備されたアスファルト(らしき舗装道路)。
規則正しく並ぶ街灯(魔導灯)。
そして、中心部にそびえ立つ鉄筋コンクリート風の高層マンション群。
極めつけは、街のあちこちで輝くネオン看板だ。
『24時間営業 タローソン』
『スーパー銭湯 極楽の湯』
『牛丼屋 太郎』
「……日本じゃねぇか」
「すごいでしょ竜さん! これが太郎国です!」
キャルルが誇らしげに胸を張る。
隣でイグニスが、風に乗って漂ってくる匂いに鼻をひくつかせていた。
「うおおお! なんだこの匂いは! 醤油と、豚の脂と、ニンニクの香りがするぞ!」
「ラーメンの匂いだな。……よし、行くぞ。俺の求めていた『文明』がそこにある」
俺たちは坂を駆け下りた。
俺の足取りは、特売日に開店ダッシュする客のように軽かった。
***
街に入ると、その異様さは際立っていた。
着物を着たドワーフや、スーツ姿のエルフが行き交っている。
俺たちはまず、身分証と路銀を確保するために『冒険者ギルド』へ向かった。
ギルドの建物は、さながら市役所の合同庁舎のようだった。
自動ドア(風魔法感知式)を抜けると、冷房の効いたロビーが広がる。
「うわっ、デカい男が入ってきたぞ……」
「ありゃ竜人族か? 怖えぇ……」
イグニスの巨体と強面に、周囲の冒険者たちがざわめき、道を開ける。
だが、その横を歩く俺を見て、彼らの視線は「?」に変わった。
ポロシャツにチノパン。どう見ても戦う格好ではない。
「キャルル、窓口はあっちか?」
「はい! 新規登録ですね!」
俺は受付カウンターへ向かった。
対応してくれたのは、眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性職員だった。
「新規登録をご希望ですね。こちらの用紙に記入をお願いします」
渡された羊皮紙に、備え付けの羽ペンで書き込んでいく。
名前、年齢、種族。ここまではいい。
問題は『使用武器・特技』の欄だ。
俺は少し考え、正直に書いた。
『石ころ、木の棒、工具全般』。
「……はい、書けました」
「確認いたしますね。……はい?」
用紙を見た受付嬢の動きが止まった。
彼女は眼鏡の位置を直し、俺と用紙を二度見した。
「あの……お客様。こちらの『石ころ』というのは?」
「その辺に落ちている石です」
「『木の棒』というのは?」
「その辺の枝を加工したものです」
「…………」
受付嬢が深いため息をついた。
そして、冷ややかな視線を俺に向けてくる。
「お客様。冒険者ギルドは、子供の遊び場ではありません」
「遊び?」
「はい。石投げで遊びたいなら公園へどうぞ。ここは命懸けで依頼をこなすプロの斡旋所です。このようなふざけた申告をされると、業務の妨げになります」
ロビーにいた他の冒険者たちから、クスクスと失笑が漏れる。
「なんだあいつ、石ころだってよ」「素人か?」「後ろの竜人の荷物持ちだろ」
イグニスがムッとして一歩前に出ようとしたが、俺はそれを手で制した。
……なるほど。こういう対応、嫌いじゃない。
ホームセンターでもよくあった。「バイト風情に何がわかる」という、専門職を自称する客の視線だ。
「実力を見せれば、登録できますか?」
「ええ、規定では実技試験も可能ですが……怪我をされても知りませんよ?」
「構いません。安全管理は俺の仕事ですので」
俺の言葉に、受付嬢は呆れたように肩をすくめ、試験場への案内を指示した。
***
ギルド裏手にある演習場。
的として用意されたのは、厚さ三センチほどの鉄板だった。
本来は魔法や大剣の威力を測るためのものらしい。
「では、その『石ころ』で、あの的に傷をつけてみてください。少しくらい凹めば合格とします」
受付嬢が投げやりに言う。
俺は足元に転がっていた、親指ほどの小石を拾い上げた。
軽い。形も歪だ。
だが、【ウェポンズマスター】が最適な握り方を教えてくれる。
重心、空気抵抗、投擲角度。全ての計算が瞬時に完了する。
「……ふぅ」
紫煙を吐き出すように息を吐く。
俺は大きく振りかぶった。
全身のバネを使い、指先の一点に全運動エネルギーを集約させる。
「投擲。……よしッ!」
パァァァンッ!!
乾いた破裂音が演習場に響き渡った。
石が空気を切り裂く音ではない。それは火薬を使った銃声に近い轟音だった。
キンッ!
一瞬遅れて、高い金属音が響く。
受付嬢がビクリと肩を震わせ、的の方を見た。
「え……?」
彼女の目が点になる。
鉄板の中央。そこに「凹み」はなかった。
代わりに、綺麗な円形の「穴」が開いていた。
貫通した石は、さらに後ろのコンクリート壁にめり込んでいる。
静寂。
野次馬に来ていた冒険者たちが、ポカンと口を開けて固まっている。
「な、何今の……魔法? いや、魔力反応はなかった……」
「おい、鉄板を撃ち抜いたぞ……」
俺はパンパンと手の砂を払い、受付嬢に向き直った。
「貫通しましたが、合格でいいですか?」
「は、はぃ……!? あ、はい! ご、合格です!」
受付嬢は顔面蒼白で、何度も頷いた。
イグニスが「へっ、見たか俺の兄貴の実力を!」とドヤ顔で腕を組んでいる。
こうして、無事にギルド登録は完了した。
ランクは最低のF(本来はEスタートだが、武器が特殊すぎるため様子見とのこと)。
だが、俺の手には身分証となるギルドカードがある。
「さて……これで仕事はできるが」
ギルドを出たところで、俺は現実に引き戻された。
カードはある。だが、金がない。
イグニスも俺も一文無しだ。
日も暮れかけている。このままでは、ネオン輝く街の片隅で野宿という、あまりにも悲しい結末になってしまう。
「兄貴、腹減った……ラーメン……」
「我慢しろ。今日は公園の水で凌ぐしか……」
その時だった。
ここまで案内してくれたキャルルが、ポンと手を打った。
「あ! そういえば竜さんたち、お宿決まってないんですよね?」
「ああ。野宿も覚悟してるとこだ」
「だったら、私の住んでるシェアハウスに来ませんか? ちょうど一部屋空いたんです!」
シェアハウス。
その甘美な響きに、俺とイグニスは同時に振り返った。
そこには屋根があり、壁があり、恐らく布団がある。
「……家賃は?」
「出世払いで相談に乗ります! オーナーさんがちょっと変わった人なんですけど、竜さんならきっと気に入られますよ!」
渡りに船とはこのことだ。
俺はイグニスと頷き合い、キャルルに深々と頭を下げた。
「お願いします。屋根のある場所で寝かせてください」
「任せてください! さあ、案内しますね。『メゾン・ド・キャロット』へ!」
こうして俺たちは、安眠の地を求めて、魔窟とも呼ばれるシェアハウスの門を叩くことになる。




