EP 7
失禁する戦闘員たち
上空を覆う巨大な翼。
アスファルトをドロドロに溶かすほどの熱気。
そして、生物としての格の違いを魂に刻み込むような、圧倒的なプレッシャー。
『紅蓮の地獄龍』の降臨により、豚神屋の前は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「ひ、ひぃぃぃ……! なんだよこれ……! こんなの聞いてねぇよぉぉ!!」
ナンバー1(ヴォルフ)は、へたり込んだまま後ずさりした。
彼のユニークスキル【破壊】は、触れたものを崩壊させる強力な能力だ。
だが、この規格外の巨体を前にしては、蟻が象に噛みつこうとするようなもの。触れる前に蒸発させられるのがオチだ。
『……チッ。弱イ、弱スギル』
地獄龍が鼻を鳴らす。
プシュッという音と共に、鼻孔から灼熱の蒸気が噴き出し、1の目の前のガードレールを一瞬で溶解させた。
『我ガ主ハ、コンナ虫ケラドモヲ黙ラセルタメニ、我ヲ呼ンダノカ?』
龍の巨大な黄金の瞳が、1をギロリと睨み据える。
その視線だけで、1の精神は限界を超えた。
前回のループで味わった「ハゲの恐怖」。
そして今、目の前にある「焼死の恐怖」。
二つのトラウマが混ざり合い、彼の脳内で何かが決壊した。
「あ……あぁ……」
1の股間が、じわりと温かくなった。
「い、嫌だ……死にたくない……ハゲたくない……!」
ジョババババ……。
情けない音が響いた。
最強の戦闘員であるはずのナンバー1が、恐怖のあまり失禁したのだ。
もはや恥も外聞もない。彼は白目を剥き、口からカニのような泡を吹き始めた。
「あばばばば……お許しを……お許しをぉぉ……」
ドサッ。
1は痙攣した後、糸が切れた人形のように地面に崩れ落ち、気絶した。
それを見た部下の戦闘員たちも、連鎖的に限界を迎えた。
「む、無理ぃぃぃッ!!」
「ママァァァァッ!!」
バタバタバタッ……。
全員が次々と失禁し、泡を吹いて倒れていく。
数十人の精鋭部隊が、一撃も交えることなく、ただ「睨まれただけ」で全滅したのだ。
あたりには、焦げたアスファルトの臭いと、アンモニア臭が入り混じった異様な臭気が漂った。
『……フン。退屈ナ』
地獄龍は、気絶した男たちを一瞥もしなかった。
殺す価値すらない。
龍は長い首を上げ、鼻をヒクつかせた。
『ダガ……臭ウゾ。コノ雑魚ドモヲ操リ、我ガ主ノ食事ヲ妨害シヨウト企ンダ、元凶ノ臭イガ』
龍の感覚が、街の地下深くに張り巡らされた魔力の糸を感知した。
その糸を辿った先。
遠く離れた山間部の地下に、微かに、だが不快な気配を感じ取った。
『……アソコカ』
龍はニヤリと――爬虫類特有の残忍な笑みを浮かべた。
『主ノ機嫌ヲ直スニハ、根源ヲ断ツノガ一番ダナ』
バサァッ!!
龍が翼を広げた。
その風圧だけで、気絶していた1たちが落ち葉のように吹き飛んでいく。
『行クゾ。……害虫駆除ノ時間ダ』
ズオオオオオオオッ!!
紅蓮の地獄龍は、ロケットのような加速で空へと舞い上がった。
目指すはナンバーズのアジト。
もはや誰にも止められない。破滅の化身が、元凶である0(ゼロ)の元へと一直線に突き進んでいく。
***
一方、店内。
「……ん、静かになりましたね」
ルナは何事もなかったかのように呟き、スープを啜った。
外の騒音が消え、再び店内に平和な咀嚼音だけが戻ってきた。
「ルナさん……今、外ですごい音がしてませんでした?」
ルルシアが涙目で尋ねる。
「気のせいですよ~。たぶん、大きな野良犬が通り過ぎただけです」
野良犬。
俺は心の中で突っ込んだが、口には出さなかった。
この店のルールは『残したら厳禁』。
外で何が起きようと、今は目の前のニンニクアブラと向き合うことが最優先なのだ。
「さあ、ラストスパートだ。……食うぞ!」
俺たちは再び、丼の底を目指して箸を進めた。
だが、その頃。
ナンバーズのアジトでは、人類史上最悪の「訪問者」を迎えようとしていた。




