EP 3
脂とニンニクの聖地へ
シェアハウスのリビングで、俺は腕組みをして唸っていた。
ナンバー0とかいうふざけた仮面男のせいで、目覚め最悪、ストレスはマッハだ。
このイライラを解消するには、アレしかない。
「……行くぞ、お前ら。今日は『スタミナ補給』だ」
「スタミナ? 肉か!? また焼肉か!?」
イグニスが尻尾を振る。
「いや、違う。もっと暴力的で、背徳的な……『戦場』へ行く」
そこへ、玄関のドアがガチャリと開いた。
リーザが帰ってきたのだ。背後に、オドオドとしたゴスロリ服の少女――ナンバー2ことルルシアを連れて。
「ただいまですぅ! 竜さん、新しい『後輩』を拾ってきました!」
「……へ?」
「は、はじめまして……ルルシアです……。あの、ご飯……食べさせてくれるって……」
ルルシアは俺を見るなり、ペコペコと頭を下げた。
その目は、捨てられた子犬のように潤んでおり、口の端にはカップ麺のスープの跡がついている。
……こいつ、夢の中で見たナンバーズの幹部じゃなかったか?
まあいい。腹を空かせた人間に、俺は寛容だ。
「ちょうどいい。新人歓迎会だ。全員まとめて連れて行くぞ」
***
俺たちが辿り着いたのは、街外れにある一軒の店だった。
強烈な黄色い看板。
黒文字で荒々しく書かれた『豚神屋』の文字。
そして、店の換気扇から絶え間なく吐き出される、豚骨と醤油、そしてニンニクが煮込まれた凶悪な蒸気。
「くっ……! な、何ですかこの臭いは……!?」
ルルシアがハンカチで鼻を押さえて後ずさる。
深窓の令嬢である彼女にとって、それは獣臭にも似た刺激臭だった。
「あらあら、厩舎にでも迷い込んだのかしら?」
リベラも扇子で鼻を仰いでいる。
「甘いな。これは臭いじゃない。『聖なる芳香』だ」
俺は深く息を吸い込み、その匂いを肺いっぱいに満たした。
脳が覚醒する。胃袋が戦いのドラムを鳴らす。
「いいか、ここはただのラーメン屋じゃない。客と店主がカロリーで殴り合う『リング』だ。……心してかかれよ」
俺はガラス戸を開けた。
熱気。
男たちの熱気と、茹で上がる麺の湿気が渦巻いている。
床は飛び散った脂でヌルヌルと黒光りしており、スケートリンクのように滑りやすい。
「ひぃっ! ゆ、床が……!」
ルルシアが足を滑らせそうになるのを、リーザが支える。
「重心を低くするのです、新人ちゃん。この床の『アブラ』こそが、この店の歴史そのもの……!」
俺たちは券売機の前に立った。
メニューはシンプルだ。『ラーメン』か『豚ラーメン』か。
あとは麺の量だけ。
「俺は『小ラーメン』だ。……勘違いするなよ。『小』でも普通の店の特盛サイズだ」
「俺様は当然、『大豚』だぜ!」
イグニスがボタンを叩く。
そして、ルルシアの番。
「ど、どれにすれば……」
彼女の指が彷徨う。
だが、彼女の中に眠る『野生の飢餓感』と、先ほどのカップ麺で目覚めた『ジャンクへの渇望』が、理性を凌駕した。
バチコーン!!
彼女が押したのは、券売機の右端にある最強のボタン。
『大豚ダブル(麺500g・チャーシュー8枚)』。
「お、おい! 正気か新人!?」
俺が止める間もなく、彼女は食券を取り出した。
「わ、わかりません……。でも、私の本能が『一番多いのをよこせ』と……!」
ルルシアは荒い息を吐きながら、瞳をギラつかせていた。
完全に『入って』しまっている。
「……知らんぞ。この店で『残す』ことは、死に等しいからな」
俺たちはカウンター席に一列に並んだ。
目の前の厨房では、ねじり鉢巻きをした屈強な店主が、巨大な寸胴鍋を木の棒で掻き回している。
グツグツと煮えたぎる茶色いスープ。
そこへ投入される、真っ白な粉(化学調味料)の山。
そして、雪のように振りかけられる大量の背脂。
「あ、あれは……毒? それとも薬?」
ルルシアが震える声で呟く。
「両方だ」
俺はニヤリと笑った。
「貴族のお上品な舌を破壊し、脳髄を快楽で焼き尽くす……『庶民の麻薬』さ」
店主が湯切りをする。
チャッ、チャッ!
その鋭い音と共に、戦いのゴングが鳴ろうとしていた。
「ニンニク入れますか?」
店主の低い問いかけが、俺たちに向けられた。
さあ、呪文詠唱の時間だ。




