EP 2
魂に刻まれたマヨネーズ
シェアハウス『メゾン・ド・キャロット』へ続く裏路地。
そこを、一人の少女が殺気を纏って歩いていた。
フリルのついたゴシックロリータ服に、道化師の仮面。
ナンバーズの幹部、ルルシアだ。
「……殺す。今回は絶対に殺す」
彼女はブツブツと呪詛を呟いていた。
0様による世界のリセットで、時間は巻き戻った。
だが、彼女の『魂』には、前回のループで味わった屈辱的な記憶が、こびりついた汚れのように残っていた。
公園で雑草を食べた記憶。
パチンコ屋の床を這いつくばった記憶。
そして何より、あの貧乏アイドル・リーザに「パイセン(先輩)」と呼びかけ、尻尾を振ってしまった恥辱。
「あんなの……あんなの私じゃないッ! 私は気高きキャリデリン家の令嬢よ!」
ルルシアは仮面の下で唇を噛み締めた。
0様の命令は「即時抹殺」。
望むところだ。あいつら全員、私の『能力複製』で灰にして、この黒歴史ごと消し去ってやる。
「まずは偵察に出てくる奴から血祭りに……ん?」
シェアハウスの勝手口付近。
そこに、見覚えのある金髪の少女がしゃがみ込んでいた。
ターゲットの一人、リーザだ。
彼女はゴミ箱の横で、何か湯気の立つ容器を両手で包み込むように持っていた。
「(……いたわね。油断しきっているところを、背後から一撃で……!)」
ルルシアが右手をかざし、攻撃魔法のコピーを展開しようとした、その時だった。
フワァァァァ……。
風に乗って、暴力的な匂いが漂ってきた。
揚げた麺の香ばしさ。
化学調味料たっぷりの醤油スープ。
乾燥ネギと謎肉のエキスが溶け出した、チープだが脳髄を直撃する香り。
それは、リーザが啜っている『タロー・カップヌードル(醤油味)』の匂いだった。
ドクンッ!!
ルルシアの心臓が、早鐘を打った。
「(な、何……この匂い……!?)」
本来なら「庶民の食べ物」として鼻で笑うべきものだ。
だが、彼女の魂に深く刻まれた『貧乏サバイバル術(Sランク)』の記憶が、リセットを超えて覚醒した。
脳内でフラッシュバックが起きる。
試食コーナーのウインナーの塩気。
マヨネーズをかけた雑草の苦味。
炊き出しの豚汁の温かさ。
それらの記憶が、目の前のカップ麺の匂いとリンクし、強烈な化学反応(食欲)を引き起こした。
ジュルリ……。
「あっ……」
ルルシアは仮面の下で、大量の涎が溢れ出るのを感じた。
胃袋が「それをよこせ」と悲鳴を上げている。
殺意? 任務? プライド?
そんなものは、この醤油スープの香りの前では無力だった。
ズズズッ! ハフハフ!
リーザが麺を豪快にすする音が聞こえる。
「……ぁ」
ルルシアの足が、勝手に動いた。
気づけば彼女は、リーザの背後に亡霊のように立っていた。
「……あら?」
気配を感じたリーザが、カップ麺を持ったまま振り返る。
麺を一本、口から垂らしたまま、彼女はルルシアの仮面を見上げた。
「貴女……この間の家出少女ちゃん? ……じゃないわね、初対面よね?」
リーザは首をかしげた。
世界はリセットされている。彼女にルルシアとの面識はないはずだ。
だが、ルルシアの口から出た言葉は、殺害予告ではなかった。
「パ……パイセン……」
「はい?」
ルルシアはその場に膝をついた。
震える指で、リーザの手の中にあるカップ麺を指差す。
「一口……一口だけ……ください……ッ!」
それは魂の叫びだった。
高価なフレンチなどいらない。今の彼女が求めているのは、そのジャンクで温かい「生存の味」だけなのだ。
リーザは数秒間、ルルシアの仮面の奥にある瞳――飢えと渇望に満ちた、野生動物のような瞳を見つめた。
そして、ニカッと笑った。
「いい目をしてますねぇ。……わかりますよ、貴女から滲み出る『同類』の匂い」
リーザは箸で麺をたっぷりと掴み、差し出した。
「食いますか?」
「く、食いますぅッ!」
ルルシアは仮面をずらし、動物のように食らいついた。
口いっぱいに広がる、濃い味付けと油分。
ジャンクフードの神髄。
「んん~ッ!! おいひぃぃぃ!!」
涙が溢れた。
これだ。この味だ。
リセット前の記憶が走馬灯のように駆け巡り、そして「やっぱりこっちが私の居場所だ」と魂が降伏宣言をした。
「ふふふ、いい食いっぷりです。見所がありますね、新人ちゃん」
「はい……! 一生ついて行きます、パイセン!」
ナンバー0からの『即時抹殺命令』は、カップ麺の残り汁と共に胃袋の底へと消え去った。
こうして、最強の刺客は、わずか三分(お湯を入れてからの待ち時間)で陥落し、再びリーザの愛弟子となったのだった。
「物足りない顔をしてますねぇ。……いいでしょう、今日はとっておきの『聖地』に連れて行ってあげますよ」
「聖地……ですか?」
「ええ。脂とニンニクの楽園……『豚神屋』へ!」




