EP 5
音速のウサギ
オークの牙を戦利品に、俺とイグニスは東の街道を進んでいた。
道中、イグニスが興奮気味に「ラーメン」という未知の料理について語り続けている。
「いいか兄貴、噂じゃその『ラーメン』ってのは、黄金色のスープに、ツルツルした紐みたいなのが入ってて、食うと空を飛ぶほど美味いらしいんだ!」
「……お前、空は飛べるだろ」
「あ、そうだった」
そんな他愛ない会話をしていた時だった。
前方の街道から、砂煙が上がっているのが見えた。
「……なんだ? 砂嵐か?」
「いや、違う。誰か走って……速ぇなオイ!」
イグニスの動体視力ですら追うのがやっとの速度。
白銀の残像が、こちらへ向かって一直線に駆けてくる。
その後ろには、舌を垂らした巨大な狼の群れ――『ハイ・ウルフ』が十匹以上、土煙を上げて追いかけていた。
逃げているのは、長いウサギ耳を持つ少女だった。
ユニクロっぽいグレーのパーカーに、デニムパンツ。
異世界にしてはやけにラフな恰好だが、その脚の回転数は異常だ。
だが、俺の【ウェポンズマスター】の眼は、彼女の足元にある「致命的な欠陥」を見逃さなかった。
「……あいつ、靴が死んでるぞ」
俺が呟いた直後だった。
少女の右足、ブーツのソール(靴底)がパカッと剥がれた。
超高速で走る中でのソールの剥離は、タイヤのバーストと同じだ。
「きゃあっ!?」
少女はバランスを崩し、派手に転倒した。
アスファルトなら大根おろしになっていた勢いだが、幸い街道は土だ。それでも数メートル転がり、うずくまる。
ハイ・ウルフたちが、好機とばかりに包囲網を縮める。
「……チッ。整備不良かよ」
俺はアトラトルを構えた。
見捨てれば寝覚めが悪い。それに、あの靴には見覚えがあった。
「イグニス、上だ! 散らせ!」
「了解ッ!」
俺の指示と同時に、イグニスが翼を広げて跳躍する。
俺はアトラトルを振り抜き、最も少女に近い狼を狙撃した。
ヒュンッ! グサッ!
槍が狼の眉間に突き刺さり、即死させる。
群れが動揺した隙に、上空から赤い隕石が落ちてきた。
「どきやがれぇぇッ!」
ドゴォォォン!!
イグニスが着地と同時に斧の柄を地面に叩きつけ、衝撃波を発生させる。
狼たちはそのプレッシャーと爆音に怯え、キャンキャンと鳴いて散り散りに逃げ去っていった。
戦闘終了。
俺は砂埃を払いながら、少女に歩み寄った。
「怪我はないか?」
「あ、ありがとうございます……助かりました……」
少女は涙目で顔を上げた。
透き通るような肌に、赤い瞳。頭には立派なウサギ耳。
庇護欲をそそる可愛らしい見た目だが、俺の視線は彼女の足元に釘付けだった。
「……その靴。鉄芯入りの安全靴か」
「えっ? は、はい。太郎国で買ったんですけど……」
間違いない。つま先が膨らんだ独特のフォルム。
ホームセンターでよく売っている、工事現場用のセーフティシューズだ。
まさか異世界でお目にかかるとは。
「貸してみろ。……やっぱりな、接着剤の経年劣化だ。こんな状態で走れば剥がれるに決まってる」
俺は彼女の足から靴を脱がせ、剥がれたソールを確認した。
酷使されたのだろう。ゴムが摩耗し、接着面がボロボロだ。
「うぅ……気に入ってたのに……もう履けないですか?」
「履けるさ。道具は手入れして使うもんだ」
俺は亜空間収納に意識を向けた。
スキルを得た時、なぜか「仕事で使っていた道具」の一部がストックされていることに気づいていた。
取り出したのは、黄色いチューブ。
『強力瞬間接着剤(耐衝撃・ゼリー状)』だ。
「え、何ですかそれ?」
「魔法の薬……みたいなもんだ」
俺は接着面についた土汚れを布で拭き取り、接着剤を均一に塗布する。
そして、【ウェポンズマスター】の補正を乗せた指先で、ソールと本体を圧着した。
ただ貼り付けるだけではない。素材同士が最も強固に結合する「圧力」と「角度」を、スキルが教えてくれる。
「よし、修理完了。新品より頑丈にくっつけといたぞ」
「ほ、本当ですか!?」
少女は靴を受け取ると、恐る恐る履き、軽く地面を踏みしめた。
そして、パッと表情を明るくさせる。
「すごい! 違和感が全然ない! 足に吸い付くみたいです!」
「安全靴は現場(戦場)の命綱だからな。日頃の点検を怠るなよ」
俺が店員のような口調で注意すると、少女は直立不動で敬礼した。
「はいっ! ありがとうございます、修理屋さん!」
「俺は鍵田竜だ。こっちは相棒のイグニス」
「私はキャルル! 冒険者をやってます!」
キャルルと名乗ったウサギ少女は、屈託のない笑顔を見せた。
「竜さんたち、もしかして太郎国へ行くんですか?」
「ああ。美味い飯と、風呂があるって聞いてな」
「それなら私が案内します! あそこのファミレスの常連なんです!」
ファミレス。
その単語を聞いた瞬間、俺とイグニスは顔を見合わせた。
やはり、その国には俺たちの求める「文化」があるらしい。
「案内頼むわ。ついでに、美味いラーメン屋も教えてくれ」
「任せてください! とびきりのお店、知ってますよ!」
こうして、音速のウサギことキャルルを仲間に加え、俺たちは太郎国へのラストスパートをかけることになった。
安全靴を履いたウサギ、破壊魔の竜人、そして元社畜。
奇妙な一行の旅は、いよいよ目的地へと近づいていく。




