EP 9
灼熱のプロミネンス
リビングの惨状と、漂う不穏な殺気。
そんな修羅場へ、二階から降りてきたのは、ナイトガウン姿のリベラと、目をこすりながらあくびをしているルナだった。
「あらあら……。せっかくの焼肉パーティーだというのに、随分と賑やかですわね」
リベラは眼鏡の位置を直しながら、破壊された玄関と、転がっている戦闘員たちを冷ややかな目で見下ろした。
彼女の怒りの矛先は、襲撃されたことではない。
「騒音」と「家の破壊」だ。
「近所迷惑ですわよ。……それに、玄関の修理費、誰が払うと思ってますの?」
「あぁン? 誰だテメェら」
ナンバー1(ヴォルフ)が苛立ちを隠さずに睨みつける。
リベラはふぅ、とため息をつき、隣に立つルナに声をかけた。
「ルナさん。お庭に『生ゴミ』が散らかっていますわ。お掃除をお願いできます?」
「はぁい。お掃除ですね~」
ルナはのんびりとした口調で返事をし、愛用の『世界樹の杖』を取り出した。
寝起きでボサボサの髪、パジャマ姿。
どう見ても無害な少女だが、俺たちは即座に察知した。
――これが一番ヤバい、と。
「おい1(ヴォルフ)! 逃げるなら今だぞ! そいつは災害だ!」
俺は敵に塩を送るつもりで警告した。
だが、1は鼻で笑った。
「ハッ! 災害だと? 俺の『破壊』の前じゃ、どんな魔法も……」
1が言い終わる前に、ルナが杖をくるりと回した。
「えっと、寒いですし……明るくて温かいのがいいですよね」
ルルシア(ナンバー2)ですらコピーを躊躇うような、ハイエルフ特有のデタラメな魔力回路が起動する。
彼女がイメージしたのは「お日様」。
ただ、彼女の魔力出力は、常にリミッターが外れている。
「お庭で太陽作っちゃいました♪ ……『極小紅炎』」
カッッッ!!!!
世界が白く染まった。
破壊された玄関の先、庭の上空数メートルの位置に、直径一メートルほどの『真紅の球体』が出現した。
それは炎の塊ではない。
プラズマ化した超高熱のガス――正真正銘、小型の『太陽』だった。
「な……ッ!?」
1の言葉が喉で凍りついた。いや、蒸発した。
太陽から放たれる熱波(輻射熱)は、瞬時に数千度に達し、前方へ指向性を持って放たれた。
ジュッ……!
嫌な音がした。
熱波の直撃を受けた1の頭部からだ。
「……あ?」
1が自分の頭に手をやる。
そこにあったはずの、自慢のワイルドな長髪。
それが一瞬にしてチリチリに炭化し、風に乗ってサラサラと崩れ落ちていった。
残ったのは、茹でダコのように赤くなり、ツルツルに輝く頭皮だけ。
「熱ッ!? あつぅぅぅッ!!」
1が悲鳴を上げて後ずさる。
だが、悲劇は熱さだけではない。
窓ガラス(割れて無くなっていたが)に映った自分の姿を見て、彼は絶叫した。
「俺の髪がァァァァァッ!!? ハゲてるゥゥゥゥッ!?」
最強のユニークスキル『破壊』を持つ男。
どんな攻撃も防ぎ、あらゆる物を壊す破壊者。
だが、毛根の死滅までは防げなかった。
「いやだァァァッ! ハゲは嫌だァァァッ! まだ30代なのにィィィッ!!」
1は鬼の仮面をかなぐり捨て、ツルツルの頭を両手で抱えて走り出した。
戦意喪失。
恐怖よりも、男としての尊厳の喪失が彼を敗走させたのだ。
「ひぃぃぃっ! 焦げる! 俺たちも燃えるぞ!」
「逃げろぉぉぉ! ハゲる前に逃げろぉぉぉ!!」
残された戦闘員たちも、太陽の熱とハゲの恐怖に恐れをなし、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
あっという間に、庭からは誰もいなくなった。
「ふぅ……綺麗になりましたね~」
ルナが杖を振り、『プロミネンス』をかき消した。
太陽が消滅し、夜の闇が戻ってくる。
残されたのは、焦げた芝生の匂いと、遠くから聞こえる1の「髪を返せぇぇ!」という悲痛な叫び声だけ。
「さすがですわ、ルナさん。素晴らしいお掃除でした」
リベラがパチパチと拍手をする。
俺はトングを持ったまま、呆然と立ち尽くしていた。
敵の最強戦力を、魔法一発で「ハゲさせて撃退」する。
これが、我がシェアハウスの最終兵器か。
「……ま、肉が無事でよかったよ」
俺は気を取り直し、少し冷めてしまった肉を再び鉄板に乗せた。
ジュワァ……という音が、平和の戻ったリビングに響いた。
だが、俺たちは知らなかった。
この完璧な勝利が、逆に敵のボス――ナンバー0の逆鱗に触れ、最悪のスイッチを押させてしまったことを。




