EP 7
聖なる焼肉パーティー
シェアハウス『メゾン・ド・キャロット』のリビングは、神聖な空気に包まれていた。
部屋の中央に鎮座するのは、先日コタツでのホットケーキ作りにも活躍した『魔導ホットプレート』。
だが、今日の主役は粉物ではない。
ジュワァァァァ……!
鉄板の上で、美しいサシの入った赤身肉が、脂を躍らせながら焼かれている。
漂うのは、嗅ぐだけで白飯が食えそうな芳醇な香り。
「こ、これが……A5ランク黒毛和牛……!」
リーザが箸を震わせながら肉を凝視している。
彼女はつい先刻、貧乏修行から戻ってきたばかりだが、そのトラウマを一瞬で払拭するほどの輝きが目の前にあった。
「詐欺作戦の残り金と、ナンバーズへの慰謝料(精神的勝利)だ。今日は食うぞ」
俺はトングを操り、指揮者のように肉を裏返した。
表面はカリッと、中はミディアムレア。
完璧な焼き加減だ。
「うひょー! 兄貴、もういいか!? もう食っていいか!?」
「待てイグニス。焦るな。肉汁が落ち着くまでの数秒が、味を決める」
「わぁい! タレの匂いだけで幸せですぅ!」
キャルルも皿を持って待機している。
俺たちの視線は、鉄板の上の一点に集中していた。
最高級カルビ。
口に入れれば融点36度の脂が溶け出し、脳髄を直撃する至高の逸品。
「……よし。今だ」
俺が許可を出した、その瞬間だった。
ドガァァァァァァァンッ!!!!
突如、シェアハウスの玄関が爆音と共に吹き飛んだ。
衝撃波がリビングを襲い、窓ガラスがビリビリと震える。
そして、舞い上がった土埃が、神聖なる鉄板の上へと降り注ごうとした。
「――『風防』ッ!」
俺は反射的に手をかざし、簡易的な結界を展開して鉄板を守った。
だが、リビングのドアは蹴破られ、土足の集団が雪崩れ込んできた。
現れたのは、黒ずくめの戦闘員たち数十名。
そしてその先頭に立つ、鬼の仮面をつけた巨漢――ナンバー1(ヴォルフ)だ。
「ヒャハハハハッ! 見つけたぞ、ドブネズミ共!」
1は瓦礫を踏み砕きながら、凶悪な殺気を撒き散らして叫んだ。
「我らはナンバーズ! 0様の命により、貴様らに絶望を与えに来た! 泣いて詫びても許さねぇ! この家ごとペチャンコにしてやるよぉ!!」
戦闘員たちが武器を構え、威圧的な叫び声を上げる。
普通の市民なら失禁して命乞いをする場面だろう。
だが、リビングには奇妙な沈黙が流れた。
俺はトングを持ったまま、ゆっくりと振り返った。
イグニスは口を半開きにし、キャルルは耳を伏せ、リーザは肉を口に入れたまま固まっている。
俺たちの視線は、ナンバー1ではなく、彼の足元に向けられていた。
彼が踏み砕いた瓦礫。その衝撃で舞い上がった埃が、わずかに……本当にわずかだが、タレの小皿に入ってしまったのだ。
「……おい」
俺は低く、地を這うような声を出した。
「あぁン? なんだ、遺言か?」
1がニヤニヤと笑う。
俺の脳内で、何かがプツリと切れる音がした。
それは理性のヒューズではない。
「食事」という神聖な儀式を汚された、原初的な怒りのスイッチだ。
「今……一番いい焼き加減だったんだぞ」
俺の全身から、青白い【闘気】がゆらりと立ち上った。
それは殺気などという生易しいものではない。
残業続きの果てにようやくありついた深夜の夜食を、床にぶちまけられた社畜の怨念だ。
「イグニス。キャルル」
「……おう、兄貴」
「……はい、竜さん」
二人の声もまた、絶対零度のように冷たく、そしてドス黒い怒りを孕んでいた。
イグニスは箸をへし折り、キャルルは安全靴のソールを床に食い込ませている。
「排除しろ。……肉が冷める」
俺の号令と共に、楽しい焼肉パーティーは、修羅の宴へと変貌した。
「ヒャッハー! 俺のハラミを返せオラァァァ!!」
「ご飯の邪魔する奴は……許しませんッ!!」
イグニスとキャルルが弾丸のように飛び出した。
ナンバーズよ、運が悪かったな。
今の俺たちは、世界を救う勇者よりもタチが悪い、『空腹の猛獣』だ。




