EP 6
ナンバー0の激怒
犯罪者集団『ナンバーズ』のアジト。
地下深くに作られたその空間は、冷徹なまでの静寂と、無機質な白さに支配されていた。
その最奥にある指令室で、リーダーであるナンバー0(ギアン・アルバード)は、優雅にチェス盤に向かっていた。
手元には高カカオのチョコレートと、ホットコーヒー。
「……遅いな。2(ルルシア)が戻ってこない」
0はポーンの駒を進めながら、独りごちた。
ルルシアの任務は、ターゲットの戦力分析と攪乱だ。
彼女の能力『能力複製』があれば、どんな強敵のスキルでも奪い取り、有利に立ち回れるはずだった。
「まさか、不覚を取ったわけではあるまいが……」
その時だった。
指令室の重厚な扉が、ガタガタと震え、乱暴に開かれた。
「う、うわぁぁぁぁぁん!! 0様ぁぁぁぁぁ!!」
転がり込んできたのは、見るも無惨な姿の少女だった。
かつては高級なレースで飾られていたゴスロリ服は泥と煤で薄汚れ、あちこちが破れている。
道化師の仮面はひび割れ、口の周りには白濁した粘液がこびりついている。
そして何より、その瞳は絶望と屈辱で濁りきっていた。
「2……? その姿は、一体……」
0が眉をひそめる。
ルルシアは0の足元に縋りつき、子供のように泣きじゃくった。
「酷いんですぅ……! あいつら、頭おかしいんですぅ……!」
「落ち着け。何があった? 戦闘になったのか?」
「戦いなんてレベルじゃないわ……! 草を食べさせられたのよ!? 地面を這いつくばって、鉄の玉を拾わされて……! プライドなんてズタズタに……!」
ルルシアの報告は、涙と鼻水で支離滅裂だった。
だが、0の冷徹な頭脳は、その断片的な情報から『最悪の結論』を導き出してしまった。
――草を食べさせる(異物混入による拷問)。
――地面を這わせる(極限の屈辱と服従の強要)。
――鉄の玉を拾わせる(無意味な単純作業による精神崩壊)。
0の目から温度が消えた。
彼はルルシアの顎を指で持ち上げ、口元のマヨネーズを親指で拭った。
「……なるほど。肉体的な暴力ではなく、精神を壊す拷問を受けたか」
彼の目には、ルルシアが受けた(と勘違いした)凄惨な仕打ちが映し出されていた。
誇り高い貴族の令嬢に対し、あえて乞食のような真似をさせ、尊厳を踏みにじる。
それは、サイコパスである0にとっても不快なほど、陰湿で効果的な「洗脳」の手口に見えた。
「よほどの手練れと見えるな、『職人』……。僕の可愛いお人形を、ここまで壊すとは」
バキッ。
0が握っていたチェスの駒が、粉々に砕け散った。
彼の内側で、静かだが激烈な怒りの炎が燃え上がった。
それは仲間を傷つけられた怒りではない。「自分の所有物を汚された」という所有者の憤怒だ。
「1(ヴォルフ)! いるか!」
0の呼びかけに、部屋の闇から一人の巨漢が音もなく現れた。
全身に歴戦の傷跡を持ち、鬼の仮面をつけた男、ナンバー1。
その全身からは、抑えきれない暴力の匂いが漂っている。
「……へへっ、お呼びかよ、ボス」
「出撃だ。ターゲットはシェアハウス『メゾン・ド・キャロット』」
0は立ち上がり、マントを翻した。
「構成員全員を招集しろ。小細工はもういい。……正面から叩き潰し、あの家を更地にする」
「ヒャハッ! そいつは最高だ! 久しぶりに『破壊』できるんだな!?」
1が歓喜の声を上げ、拳を打ち合わせた。
その衝撃だけで空気が振動する。
「うぅ……0様……」
「安心しなさい、2。君に屈辱を与えた者たちには、それ相応の『絶望』をプレゼントしてあげるよ」
0は泣き濡れるルルシアの頭を撫でながら、残虐な笑みを浮かべた。
こうして、ただの貧乏生活体験が、悪の組織による総攻撃の引き金となった。
理不尽な怒りを背負った最強の軍団が、今まさに、平和に夕食の準備をしているシェアハウスへと迫ろうとしていた。




