EP 4
公園のサラダバー
コンビニでの「試食ミッション」を終えた二人は、夕暮れに染まる公園へと移動していた。
ルルシアの腹の虫は、ウインナー一本では到底収まらず、むしろ呼び水となって暴れ回っている。
「ここが……第二の狩り場?」
ルルシアが周囲を見渡す。
そこは子供たちが帰り支度を始めた、ごく普通の公園だ。
ブランコ、滑り台、砂場。どこにも食べ物など見当たらない。
「ふふふ、甘いですねぇ新人ちゃん。視点を変えるのです」
リーザが得意げに人差し指を振る。
彼女はしゃがみ込み、植え込みの地面を指差した。
「ほら、見てください。一面の緑! ここは『時間無制限・食べ放題のサラダバー』なんですよぉ!」
「……は? これ、ただの雑草……」
「ノンノン! これは『タンポポ』! ビタミンたっぷりです! こっちは『オオバコ』! 天ぷらにすると最高ですが、生でもイケます!」
リーザがタンポポの葉を慣れた手つきでむしり取る。
ルルシアは戦慄した。
(ナンバーズの幹部である私が……草を食むというの!? ありえない! 誇り高きキャリデリン家の……)
ギュルルルル……。
腹が鳴る。
同時に、コピーしたスキル『貧乏サバイバル術』が脳内で勝手に解析を開始した。
【鑑定結果:タンポポの葉(春)。苦味が食欲をそそる。可食部:全草】
視界の中の雑草が、まるで高級レストランのサラダのように輝いて見え始めた。
「さあ、騙されたと思って。……魔法の調味料もつけますから」
リーザがポケットから取り出したのは、使い古されてペチャンコになったマヨネーズのチューブだった。
彼女は渾身の力でチューブを絞り、ルルシアの手のひらに乗せた葉っぱに、ちゅるりと白い線を引いた。
「これが貧者の聖水、マヨネーズです。これさえあれば、革靴だって食べられますよ」
「く、靴は食べたくないけれど……」
ルルシアは震える手で、マヨネーズのかかった雑草を口元へ運んだ。
ゴクリ。
意を決して、齧る。
シャクッ。
(……!)
青臭い苦味。それを包み込むマヨネーズの酸味とコク。
新鮮な歯ごたえ。
「……おい、しい……?」
ルルシアの目が見開かれた。
空腹というスパイスと、貧乏スキルの補正、そしてマヨネーズの暴力的な旨味が、雑草をご馳走へと昇華させていた。
「でしょう? 都会のコンクリートジャングルでも、たくましく生きる味です!」
「は、はい……! もっと……もっとください、パイセン!」
ルルシアは無心で草をむしり、マヨネーズをつけて貪った。
ゴスロリ服の令嬢が、公園の隅で草を食む姿。
通りがかりのサラリーマンが「世も末だ……」と呟いて去っていくが、今の彼女にはどうでもよかった。
***
腹三分目ほど満たされた頃、リーザが立ち上がった。
「さて、前菜はこれくらいにして、次はメインディッシュに行きましょう」
「メイン……? まだあるんですか!?」
「ええ。今日は運良く、河川敷で『あれ』が開催される日ですから」
二人は公園を後にし、河川敷へと向かった。
そこには、ブルーシートで作られたテント村があり、多くの「自由人」たちが列を作っていた。
漂ってくるのは、煮炊きする煙と、味噌の香り。
「炊き出し……!」
ルルシアはその言葉を知っていたが、まさか自分がその列に並ぶことになるとは夢にも思わなかった。
「いいですか、新人ちゃん。ここは激戦区です」
列の最後尾に並びながら、リーザが小声で指導する。
「配給のおばちゃんはプロです。本当に困っている人にしか大盛りにしてくれません。背筋を伸ばしてはいけません。猫背になり、視線を落とし、世界の不幸を全て背負ったような顔をするのです」
「こ、こうですか……?」
ルルシアは肩を落とし、仮面を少しずらして上目遣いをした。
プライドを捨て、ただ温かい汁物を求める哀れな少女の顔。
スキル『野生の飢餓感』が、その演技に真に迫るリアリティを与えた。
「うまい! 才能ありますよ!」
やがて順番が回ってきた。
鍋の前に立つ恰幅のいいおばちゃんが、ルルシアを見る。
「あらあら、こんな小さい子が……。お腹空いたでしょう?」
「は、はい……三日ほど、草しか食べてなくて……(事実)」
ルルシアの言葉に、おばちゃんの母性本能が爆発した。
「なんてこと! たんとおあがり!」
ドサッ!
お玉二杯分、具沢山の豚汁が器に注がれた。
「あ、ありがとうございますぅ……!」
ルルシアは器を受け取り、震える手でそれを口に運んだ。
熱い汁が、冷えた体とすさんだ心に染み渡る。
根菜の甘み。肉の脂。味噌の塩気。
「あったかい……」
ポロポロと涙がこぼれた。
ナンバーズのアジトで食べる高級フレンチよりも、何倍も生きている実感が湧く味だった。
「良かったですねぇ、新人ちゃん。生きるって、食べることなんですよ」
隣で同じく豚汁をすするリーザが、慈愛に満ちた(薄汚れた)笑顔で言った。
ルルシアは鼻をすすりながら頷いた。
「はい……パイセン……私、一生ついて行きます……」
完全に順応した。
彼女はもう、ナンバーズの幹部ではない。
リーザの一番弟子、貧乏サバイバー・ルルシアの誕生だった。




