EP 2
忍び寄る道化師
シェアハウス『メゾン・ド・キャロット』の平和な朝。
だが、その裏側で、既に不穏な影が動き出していた。
シェアハウスから少し離れた電柱の陰。
そこに、フリルのついた黒いゴシックロリータ服に身を包み、道化師の仮面をつけた少女が佇んでいた。
犯罪者集団『ナンバーズ』の幹部、ナンバー2――本名ルルシア・キャリデリンだ。
「……ふふっ。ここが例のターゲットのお家ね」
仮面の下で、あどけない唇が残酷な笑みを浮かべる。
彼女の任務は、ナンバー0からの指令による『戦力の分析と攪乱』。
そして何より、彼女自身の趣味である『強力な能力のコレクション』だ。
「0様は警戒しろって言ってたけど……所詮は野良の冒険者でしょ? 私の『能力複製』で、一番強そうな能力を奪って、それで皆殺しにしてあげるわ♪」
ルルシアの右目が、仮面の奥で妖しく光った。
彼女の視界には、サーモグラフィーのように対象の「魔力」や「生命力」が可視化されている。
その時、シェアハウスの勝手口が開いた。
「ん? 誰か出てきたわね」
現れたのは、ボロボロのジャージを着て、両手に大きなゴミ袋を持った金髪の少女――リーザだった。
彼女はゴミ捨て場へ向かい、そこで足を止めた。
そして、ゴミ捨て場に置かれていた『近所のスーパーのチラシ(捨てられたもの)』を拾い上げ、食い入るように凝視したのだ。
ゴゴゴゴゴゴ……。
ルルシアは息を呑んだ。
その金髪の少女から、どす黒く、そして底知れないほど強烈な『執念のオーラ』が立ち上っていたからだ。
「(な、何て気迫……! ただ紙を見ているだけで、これほどの殺気を放つなんて!)」
それは誤解だった。
リーザはただ、チラシに掲載された『半額シール付き高級肉』の写真を見て、「食べたかったなぁ……」という怨念に近い食欲を放出していただけなのだが、箱入り娘のルルシアにはそれが『歴戦の強者のオーラ』に見えてしまったのだ。
「間違いないわ。あの子がこの家の最強戦力ね……!」
ルルシアはニヤリと笑い、右手をかざした。
「いただき! 貴女の最強の能力、私がコピーさせてもらうわ!」
――スキル発動『能力複製』。
シュゥゥゥン……。
見えない魔力の糸がリーザに接続され、その「本質」となるスキル情報がルルシアの中へと流れ込んでくる。
解析完了。ストック完了。
ルルシアは勝利を確信し、自身のステータス画面(脳内イメージ)を確認した。
「さあ、どんな凄い魔法かしら? 『ドラゴン殺し』? それとも『剣聖』?」
だが、そこに表示された文字列を見て、彼女は首をかしげた。
【獲得スキル:貧乏サバイバル術(ランクS)】
【獲得本能:野生の飢餓感】
「……は? 何これ? 貧乏……?」
ルルシアが困惑した、その直後だった。
ギュルルルルルルルルゥゥゥゥッ!!!!
静かな住宅街に、雷鳴のような轟音が響き渡った。
それは空からではなく、ルルシアの可愛らしいお腹の中から発せられたものだった。
「えっ……? な、何……?」
途端に、強烈な飢えが彼女を襲った。
今朝、最高級の朝食を食べてきたはずなのに、胃袋がブラックホールのように収縮し、脳内が「食べ物」という文字で埋め尽くされていく。
視界が揺らぐ。口の中に唾液が溢れる。
「お、お腹が……空いて……力が……」
膝から崩れ落ちそうになるルルシア。
その物音と腹の虫の音に、ゴミ捨て場のリーザが気づいて振り返った。
「あら? そこにいるのは誰ですかぁ?」
リーザが小首をかしげてこちらを見ている。
普段なら警戒して逃げるところだ。
だが、今のルルシアの目には、リーザが「強敵」ではなく、「何か食べ物を持っていそうな先輩」に見えてしまっていた。
コピーしてしまったのは能力だけではない。
リーザの持つ、あの恥も外聞もかなぐり捨てた『浅ましい生存本能』までもが、深窓の令嬢であるルルシアの精神を侵食し始めていたのだ。
「あ……うぅ……」
ルルシアは仮面を押さえながら、ふらふらと電柱の陰から歩み出た。
最強の能力を手に入れるはずが、最強の「空腹」を手に入れてしまった道化師の悲劇が、ここから幕を開ける。




