第五章 犯罪集団 ナンバーズ
白い部屋とチェス盤
ふと、意識が浮上した。
目を開けると、そこは真っ白な空間だった。
天井も、床も、壁もない。
視界の全てが純白で塗り潰された、無限の虚無。
俺はいつの間にか、その空間に浮かぶ一脚の白い椅子に座らされていた。
「……死んだか? 三度目の人生か?」
俺が寝ぼけ眼で呟くと、正面から声がした。
「失礼な。君はまだ生きているし、ここは天国でもないよ」
俺の目の前には、同じく真っ白なテーブルと、対面の椅子があった。
そこに座っていたのは、奇妙な男だった。
純白のスーツに身を包み、顔には『0』という数字が刻まれた、無機質な白い仮面をつけている。
男の手元には、精巧な作りのチェス盤が置かれていた。
彼は優雅な手つきで、盤上のポーン(歩兵)を摘まみ上げながら、俺を見据えた。
「ようこそ、『職人』。君を私のティータイムに招待したかったんだ」
男は仮面の口元から、パキリと何かを齧る音をさせた。
漂ってくるのは、カカオの濃厚な香り。ハイカカオのチョコレートだ。
「……あんたは誰だ? 俺はさっきまで、コタツで寝ていたはずだが」
「私は『ナンバー0』。選ばれし者たち(ユニークスキル・ホルダー)の集団、『ナンバーズ』の統率者だ」
ナンバーズ。
聞いたことのない名だが、その男から放たれる気配は、ただの道化ではないことを物語っていた。
底知れない冷たさと、歪んだ知性。
「単刀直入に言おう。君、なかなか面白い能力を持っているね」
0(ゼロ)はチェスの駒を指で弄びながら言った。
「ガラクタから兵器を作り出し、Aランクのキメラを屠り、デュラハンの装甲を一刀両断する。……君の『道具作成』は、ただの生産職の枠を超えている」
「……ただのDIY好きな社畜ですよ。買い被りだ」
俺が警戒して答えると、0はクツクツと笑った。
「謙遜はいらない。君は我々と同じ、旧人類を支配すべき『選ばれし種族』だ。どうだい? 我々の仲間にならないか?」
勧誘か。
俺は溜息をついた。
「仲間になって、何をするんだ?」
「世界を変えるのさ。愚かな凡人どもから搾取されるのではなく、彼らを管理し、導く。君にはそのための『武器』を無限に供給する幹部のポストを用意しよう」
世界征服。悪の組織の定番だ。
俺は即座に首を横に振った。
「断る」
「……ほう? 理由を聞こうか」
俺は足を組み直し、真っ直ぐに仮面の奥の瞳を見返した。
「俺は前世で、組織の歯車として死ぬほど働かされたんでね。上司の顔色を窺い、理不尽なノルマに追われ、自分の時間を切り売りする人生はもう御免だ」
俺は今の生活を思い出した。
文句を言いながらも飯を美味そうに食うイグニス。
無邪気に笑うキャルル。
マイペースなルナや、金に汚いリーザ。
そして、コタツで惰眠を貪る至福の時間。
「世界征服? 興味ないな。俺は今の『コタツと鍋のある生活』を守るのに忙しいんだ。……サビ残も休日出勤もない、ホワイトな職場が俺の理想なんでね」
俺の言葉に、0の動きが止まった。
数秒の沈黙の後、彼は持っていたポーンの駒を、指先で粉々に握り潰した。
パラパラと、白い粉がチェス盤の上に散らばる。
「……残念だ。君ほどの才能が、そんな低俗な幸福に満足しているとは」
0の声から、感情の色が消えた。
そこに在るのは、完全なる無関心と、冷徹な殺意。
「交渉決裂だ。……ならば、君には僕のゲームの『駒』になってもらおう」
「駒?」
「そう。使い潰され、捨てられるだけの駒だ。……君のその愛しい日常が、どこまで壊れずにいられるか。テストしてあげるよ」
0が指を鳴らした。
パチンッ。
その瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
白い空間がひび割れ、俺の意識が急速に遠のいていく。
「目が覚めた時が、ゲームの始まりだ」
0の嘲笑が、遠くから聞こえた。
***
「……っ!?」
俺はガバッと上半身を起こした。
荒い息を吐きながら周囲を見渡す。
そこは、見慣れたシェアハウスの一室、俺のベッドの上だった。
窓からは朝の光が差し込み、下のリビングからは朝食を作る匂いが漂ってきている。
「……夢、か?」
俺は額の汗を拭った。
あまりにリアルな夢だった。
だが、ただの夢にしては、妙な感覚が残っている。
鼻腔に残る、あの甘苦いハイカカオチョコレートの香りが、現実と夢の境界を曖昧にさせていた。
「ナンバーズ……0(ゼロ)……か」
俺は嫌な予感を振り払うように頭を振った。
夢だろうが現実だろうが、俺のスタンスは変わらない。
降りかかる火の粉は払う。
俺の平穏なセカンドライフを邪魔する奴は――神だろうが悪魔だろうが、DIYで撃退するだけだ。
俺はベッドから這い出し、いつもの日常へと足を踏み出した。
だが、俺はまだ気づいていなかった。
その日常の裏側で、既に『道化師』の仮面を被った侵入者が、このシェアハウスに迫っていることを。




