EP 10
湯気と笑顔の海鮮鍋
『チキチキ・コンセント・レース』の激闘を乗り越えた俺たちは、再び訪れたコタツの温もりに包まれて脱力していた。
「あ~……極楽ですぅ……」
「やっぱり電気(魔力)は偉大だぜ……」
住人たちがとろけた顔で呟く。
だが、俺にはまだ一つ、やるべき仕事が残っていた。
「おい、お前ら。体は温まったが、まだ何かが足りないと思わないか?」
「足りないもの? 愛ですか?」
ルナが小首をかしげる。
「違う。……中からの熱源だ」
俺はニヤリと笑い、インベントリ(魔法の収納鞄)から「それ」を取り出した。
先日のダンジョン攻略で手に入れた、デュラハン秘蔵の『北海産高級魚介セット』だ。
カチコチに凍った極太のタラバガニ(に似た魔導カニ)、ボタンエビ、ホタテ、そして脂の乗ったタラの切り身。
「こ、これは……!?」
リーザの目が捕食者のそれになる。
「今夜はこれを使って、『海鮮鍋』にするぞ」
***
俺はキッチンから土鍋とカセットコンロ(魔導式)を持ってくると、コタツの天板の上に設置した。
もう誰もコタツから出る必要はない。ここは食卓であり、暖房であり、世界の中心だ。
鍋に昆布とカツオで取った黄金色の出汁を張り、醤油とみりんで味を調える。
沸騰したところで、主役たちを投入していく。
まずは、ぶつ切りにしたタラと、ホタテ。
次に、殻を剥いたエビと、主役のカニ足。
最後に、白菜、長ネギ、豆腐、椎茸を隙間なく敷き詰める。
「蓋をして、待つこと十分だ」
俺が土鍋の蓋を閉めると、全員がゴクリと喉を鳴らした。
換気扇など回さない。この部屋に充満する匂いこそが、最高のスパイスだ。
グツグツグツ……。
やがて、土鍋の蓋の穴から、勢いよく白い蒸気が噴き出し始めた。
潮の香りと、出汁の甘い香りが入り混じり、鼻腔をくすぐる。
「兄貴、もういいだろ!? 俺様の鼻が限界だ!」
「待ちきれませんっ! 開けましょう!」
俺はミトンをつけて、蓋の取っ手を掴んだ。
「よし。……オープン!」
パカッ。
立ち上る真っ白な湯気。
その向こうから現れたのは、宝石箱のような光景だった。
赤く色づいたカニとエビ、白く輝くタラの身、出汁を吸って飴色になった野菜たち。
「う、美しすぎますぅ……!」
「いただきまーす!!」
号令と共に、箸が一斉に伸びた。
「あつっ! ハフハフ……うまぁぁぁい!」
イグニスがタラの身を口に放り込み、熱さと旨さで身悶えする。
「身がホロホロです! 出汁が染みてて最高だぜ!」
「カニ……! 本物のカニですぅ!」
リーザはカニ足を両手で掴み、殻から身をちゅるりと吸い出した。
「んん~っ! 甘い! 濃厚! カニカマとは次元が違います!」
涙を流しながら貪り食うその姿は、アイドルというより野生児だ。
「お野菜も美味しいですよ~」
ルナは椎茸をフーフーして食べている。「ん、噛むとジュワってなります!」
俺も小皿に取り分け、熱々のホタテを口に運んだ。
プリッとした弾力。噛むほどに溢れる貝柱の旨味。
それが醤油ベースの出汁と絡み合い、口内が海の恵みで満たされる。
「……くぅ~、染みる」
そこへ、リベラが「ポンッ」といい音をさせて一升瓶を開けた。
「ふふ、鍋にはやっぱりこれですわよね。東方の銘酒『純米大吟醸・雪解け水』。よく冷えてますわよ」
「リベラさん、あんた最高だ」
俺は猪口を受け取り、冷酒をクイッと煽った。
フルーティーな香りと、キリッとした喉越し。
熱い鍋と、冷たい酒。
口の中で奏でられる冷と熱の協奏曲。
「ぷはぁっ……!」
思わず声が出る。
俺はコタツに深く体を沈め、賑やかな食卓を見渡した。
カニの取り合いをするリーザとキャルル。
熱い豆腐を喉に詰まらせて騒ぐイグニス。
赤ら顔でニコニコとお酌をするリベラとルナ。
(……ブラック企業時代は、コンビニのおでんを一人で食うのが唯一の贅沢だったな)
冷たい部屋。青白いモニターの光。明日の仕事への不安。
それが今はどうだ。
足元は温かく、腹は満たされ、耳が痛くなるほど騒がしい。
「……これが『幸せ』ってやつか」
柄にもなくそんな言葉が漏れた。
俺は苦笑して、空になった猪口に酒を注ぎ足した。
悪くない。本当に、悪くない第二の人生だ。
「兄貴! 具がなくなったぞ!」
「竜さん、お汁が残ってます!」
食欲魔人たちの声で、俺は現実に引き戻された。
まだだ。鍋には最後の楽しみが残っている。
「焦るな。……ここからが本番だ」
俺は別のボウルを用意した。
中には、コシのある真っ白な『うどん』。
「投入するぞ」
ドボン。
魚介と野菜の旨味が凝縮されたスープの中に、うどんが沈む。
少し煮込み、麺が出汁を吸って艶やかになった時が食べ頃だ。
「さあ、食え!」
全員が無言になった。
ズルズル、ズズズッ……。
麺をすする音だけが響く。
全ての旨味を纏ったうどんは、もはや暴力的なまでの美味さだった。
「ふぅ……食った食った」
やがて、土鍋は空っぽになり、全員が満足げに腹をさすってコタツに寝転がった。
窓の外では雪が降り始めたようだが、この部屋には関係ない。
ここには最高の仲間と、最高の温もりがあるのだから。
「……おやすみなさい、竜さん」
「ああ。……明日はゆっくり寝るか」
俺たちは誰からともなく目を閉じ、幸福な微睡みへと落ちていった。
宴会芸で笑い、鍋で温まり、コタツで眠る。
これ以上の休日は、きっとどこにもない。




