EP 4
文明の利器(DIY)
「兄貴、こんなもんでいいか?」
ズドォォン! と地響きがして、巨大な丸太が俺の足元に転がされた。
イグニスが腕くらいの太さの若木を、斧の一撃でへし折ってきたのだ。
「……お前、それは『伐採』じゃなくて『破壊』だろ。まあいい、素材としては使える」
俺は腰のツールポーチからカッターナイフを取り出し、丸太に向き合った。
ホームセンターのPB商品、税込九十八円の安物だ。
だが、今の俺の手にかかれば、これは名工のノミであり、カンナになる。
シュッ、シュッ。
カッターの刃が、まるで豆腐を切るように木の皮を削ぎ、表面を滑らかにしていく。
【ウェポンズマスター】の補正は恐ろしい。木目、節の硬さ、水分の含有量、それら全てが指先を通して情報として入ってくる。
「すげぇな……兄貴のその小さいナイフ、魔剣か何かか?」
「ただのカッターだ。道具は使い手次第でどうにでもなる」
俺は適度な長さに切りそろえた枝の先端に、小さな『フック』のような突起を削り出した。
さらに、手元には握りやすいグリップ加工を施す。
ものの十分ほどで、奇妙な形をした木の棒が完成した。
「なんだそれ? 孫の手か?」
「『アトラトル』だ。まあ、投槍器と言った方が早いか」
俺はもう一本、真っ直ぐな枝の先端を鋭く尖らせ、簡易的な「槍」を作った。
そして、アトラトルのフックに槍の後端を引っ掛けて構える。
「いいかイグニス。石ころの投擲も悪くはないが、射程と威力に限界がある。熊やオークのような分厚い筋肉を持つ相手には、貫通力が足りない」
「だからって、そんな木の棒で威力が変わるのかよ?」
「変わるさ。『テコの原理』だ」
俺は川の対岸にある古木を狙った。距離はおよそ三十メートル。
腕の振りに加え、アトラトルの長さ文だけ遠心力が加わる。
それは人間の関節を一つ増やしたに等しい加速を生む。
「安全確認、ヨシ。……発射!」
ヒュオンッ!!
石投げとは異なる、空気を引き裂くような鋭い風切り音。
放たれた木の槍は、目にも止まらぬ速度で川を越え――
ズドッ!!
対岸の古木の幹に、深々と突き刺さった。
「うおっ!? マジかよ! 矢より速ぇぞ!」
「貫通力も十分だな。これなら実戦で使える」
俺は満足げに頷いた。
【ウェポンズマスター】は、既存の武器を扱うだけでなく、DIYで作った道具さえも「武器」と認識すれば補正が乗るらしい。
これぞ、ホームセンター店員の面目躍如だ。
その時だった。
風に乗って、生臭い獣の臭いが漂ってきた。
「……兄貴、客だぜ」
「ああ。ちょうどいい、新兵器のテスト(試用期間)といこうか」
茂みをかき分けて現れたのは、三匹のオークだった。
豚の顔に、丸太のような腕。手には錆びた剣や棍棒を持っている。
イグニスを見て一瞬怯んだようだが、すぐに数で勝ると判断したのか、鼻息荒く突進してきた。
「ブモオォォッ!」
距離は二十メートル。
俺はアトラトルに次弾を装填し、冷静に狙いを定めた。
「イグニス、突っ込むなよ。俺が隙を作る」
「おう!」
ヒュンッ!
俺の手元から放たれた槍が、先頭のオークの肩口を貫いた。
「ブギッ!?」
予期せぬ遠距離攻撃に、オークが体勢を崩して転倒する。
後続の二匹が動揺して足を止めた。
その一瞬の隙。
「今だ、やれ!」
「待ってましたァ!」
イグニスが翼を広げ、低空飛行で突っ込んだ。
口元に炎がチラついたが、俺との約束を思い出したのか、グッと飲み込む。
代わりに、巨大な両手斧を横薙ぎに振るった。
「そぉらッ!」
ゴシャァッ!
鋭い斬撃ではない。圧倒的な質量による打撃。
オークの一匹がボールのように吹き飛び、木に激突して動かなくなった。
残る一匹が棍棒を振り上げるが、俺が即座に放った第二射が太腿を貫き、動きを封じる。
そこへイグニスが、斧の峰(背の部分)を脳天に叩き落とした。
ドスン、と静寂が戻る。
戦闘時間、わずか数十秒。
「……へへっ、どうだ兄貴! 燃やさなかったぜ!」
「合格だ。素材も無傷、肉も焼けてない。これなら満額で換金できる」
俺たちはオークの死体(素材)を確認した。
焦げ跡ひとつない、綺麗な状態だ。
これまでのイグニスなら、今頃あたり一面火の海になっていただろう。
「すげぇ……俺様、戦って褒められたの初めてだ……!」
「効率的な作業だった。次も頼むぞ」
俺はイグニスの肩を叩き、アトラトルを腰に差した。
だが、ふと思う。
狩りは上手くいった。食い扶持には困らないだろう。
しかし、俺の求めているのは「野宿サバイバル」じゃない。
硬い地面で寝るのはもう御免だ。
虫刺されを気にせず眠りたい。
温かい風呂に入って、冷たいビールが飲みたい。
「……イグニス。この辺で一番デカい街はどっちだ?」
「ん? 東に行けば『マンルシア王国』があるが……最近名前が変わって『太郎国』になったとかいう変な噂があるぜ」
「タロウコク?」
「ああ。なんでも、二十四時間明るい店があったり、とんでもなく美味い汁麺があるらしい」
その言葉に、俺の社畜センサーと現代人センサーが同時に反応した。
二十四時間営業? ラーメン?
間違いない。そこには俺の知る「文明」がある。
「決まりだ。そこへ行くぞ」
「おお! 俺様もデカい街で一旗上げたかったんだ! 行こうぜ兄貴!」
目指すは東。
俺とイグニスは、オークの牙を戦利品として切り取ると、意気揚々と歩き出した。
待ってろよ、文化的な生活。
そして、俺の安眠できる布団。




