EP 7
仁義なき笑わせ合い(コーラ杯)
シェアハウスのリビングは、静寂に包まれていた。
だが、その静けさは平和なものではない。コタツという聖域を賭けた、ヒリつくような緊張感が漂っていた。
「ルールは簡単だ」
俺は腕組みをして、コタツを囲むメンバーを見回した。
「一人ずつ『芸』を披露する。誰か一人でも笑わせれば勝ち抜け。最後まで笑わなかった奴、もしくはスベり倒した奴が……あの極寒のキッチンへ行き、コーラを取ってくる」
名付けて『第一回 チキチキ・コタツ杯争奪 笑わせ合いバトル』。
審判は俺たち自身の良心と、こみ上げる笑いだ。
「まずは俺様からだ!」
一番手のイグニスが名乗りを上げた。
彼は自信満々に鼻息を荒げると、両手で自分の顔をギュッと掴み、パッと離した。
「がおーっ! ……どうだ! 変顔だ!」
白目を剥き、舌を出し、鼻の穴を極限まで広げたトカゲ顔。
……うん。
俺たちは無言で彼を見つめた。
「……汚い」
「怖いです」
「夢に出そうですね」
キャルル、リーザ、ルナの冷徹なコメントが突き刺さる。
イグニスは「うぐっ!?」と胸を押さえて撃沈した。
判定、スベり。
「次は私ですわ」
二番手はルナ。
彼女は姿勢を正し、ハイエルフ特有の神聖なオーラを纏った。そして、真剣な眼差しで俺を見つめ、厳かに口を開いた。
「……おしり」
プッ。
キャルルが吹き出しそうになったが、俺は社畜時代に培ったポーカーフェイスで耐えた。
綺麗な顔で小学生レベルの下ネタ。そのギャップは強力だが、まだ甘い。
ルナは「あれ? ダメでした?」と首をかしげ、自滅した。
「私の番です!」
三番手、キャルル。
彼女は俺のタバコを真似て、指を口元に当て、渋い顔を作った。
「『業務開始だ。……今日は残業なしだぞ』。……どうですか? 竜さんのモノマネ!」
似ていない。
というか、ただただ可愛いだけだ。
「……可愛いから許すが、笑えはしないな」
「むぅ、厳しいですぅ」
キャルルも脱落。
残るは、俺とリーザの一騎打ちとなった。
「ふっ……甘いな、お前たち」
俺は余裕の笑みを浮かべた。
俺は元営業職だ。愛想笑いから爆笑の演技まで完璧にこなすが、本心から笑うことなど滅多にない。鉄の仮面を持つ男だ。
「さあリーザ、かかってこい。お前のアイドル芸で、俺を笑わせられるか?」
リーザは無言だった。
彼女はゆっくりと立ち上がり(コタツに入ったまま膝立ちになり)、ポケットから何かを取り出した。
五円玉と、セロハンテープだ。
「……?」
彼女は無言のまま、五円玉を自身の鼻の頭に押し当て、テープで固定した。
そして、指で鼻先をクイッと持ち上げる。
そこに現れたのは、可憐な美少女アイドルの顔面崩壊――『豚鼻』だった。
「なっ……!?」
俺が動揺する隙を与えず、リーザは両手で腹太鼓を叩くポーズをとり、歌い出した。
その歌声は、教会に響く賛美歌のように美しく、透き通っていた。
「♪た、た、たぬきのお腹は~ ポンポコポンポン~」
美声だ。無駄に美声だ。
だが、歌詞とヴィジュアルが最悪の化学反応を起こしている。
「♪月よ~月で~頭は~ ハーゲハゲでピーカピカ~」
リーザが真顔で、五円玉を揺らしながら首を振る。
俺の頬の筋肉がピクピクと痙攣を始めた。
ま、まずい。こいつ、捨て身だ。アイドルのプライドをかなぐり捨てて、生存(コタツ残留)を取りに来ている。
「♪お尻はツールツル~ ターマターマはマ~ルマル~!」
(ソレ! ヨイヨイ!)
合いの手まで一人で完璧に入れた。
タマタマはマルマル。
そのフレーズを、天使の笑顔(豚鼻付き)で歌い上げるリーザ。
俺の腹筋(防御壁)に亀裂が入る。
耐えろ。耐えるんだ俺。ここで笑ったら負けだ。
だが、リーザは追撃の手を緩めない。
彼女はスッと息を吸い込み、二番に突入した。
「♪は、は、葉っぱを乗せても~ ドロンとドンドン~」
動きが激しくなる。コタツ布団が波打つ。
「♪化けよ~化けで~尻尾は~ ボーサボサでチョーロチョロ~」
そして、クライマックス。
彼女は俺の目の前に顔を突き出し、五円玉の穴越しに俺を見つめ、最大音量でビブラートを効かせた。
「♪おヘソはデベソだ~ ターマターマはユ~ラユラ~!!」
ユ~ラユラ~。
その余韻と共に、彼女はドヤ顔でキメた。
ブフォッ!!
俺の口から、耐えきれなかった空気が噴出した。
決壊した。
鉄の仮面が、粉々に砕け散った。
「ぐふぅっ! は、ははははッ!! くっそ、なんだその歌詞! 五円玉はずるいだろ!!」
俺はテーブルをバンバン叩いて笑い転げた。
負けた。完敗だ。
宴会芸とは、かくあるべきか。
「……勝った」
リーザが鼻から五円玉を外し、荒い息を吐きながら勝利宣言をした。
「私の……勝ちですぅ……!」
「ああ、お前の勝ちだ……宴会芸とは、やるではないか……!」
俺は涙を拭いながら、降参の両手を上げた。
「約束通り、行ってくるよ。……コーラだな」
俺は重い腰を上げ、温かいコタツという楽園から、極寒の荒野へと足を踏み出した。
背後で、勝者たちが「リーザちゃんナイス!」「すげぇぜ!」とハイタッチする音が聞こえる。
……悪くない敗北だった。




