EP 6
魔の暖房器具とホットプレート
コタツの設置から数時間。
シェアハウスのリビングは、完全なる停滞に陥っていた。
「……トイレ行きたい」
「行ってくればいいじゃないですか、リーザさん」
「嫌ですぅ……。コタツから出たら3秒で凍死しますぅ……」
リーザがカタツムリのように布団を被ったまま呻く。
外は極寒。室内も暖房設備がないため、コタツの半径1メートル以外は氷点下の世界だ。
この『聖域』から出ることは、死を意味する(と、全員の脳が錯覚している)。
「腹減ったなぁ……。兄貴、なんか食わせてくれよぉ」
イグニスが首だけ出して訴える。
「俺にここから出てキッチンに行けと言うのか? 断る。俺はもう、コタツと融合したんだ」
俺もまた、堕落の沼に沈んでいた。
動きたくない。指一本動かしたくない。
「あらあら。皆様、困っておりますわね」
そこへ、唯一ガウンを着込んで優雅に活動しているリベラが、ワゴンを押してやってきた。
「キッチンに行くのが嫌なら、ここで調理すればよろしくてよ?」
「ここ? コタツの上でか?」
「ええ。これを使えばね」
リベラが取り出したのは、平べったい鉄板がついた魔道具だった。
底面に火の魔石が組み込まれている。
「『魔導ホットプレート』ですわ」
「……文明の利器(魔導具)にも程があるな」
俺は感心しつつ、そのホットプレートを受け取った。
これなら座ったまま、温かいものが作れる。
「よし。……キャルル、冷蔵庫から卵と牛乳、あと小麦粉とバターを『音速』で取ってきてくれ」
「ええーっ!? 私だけ寒い思いをするんですか!?」
「一番速い奴が被害(寒さ)を最小限に抑えられる。頼む、報酬は『特製ホットケーキ』だ」
「……ホットケーキ? ふわふわの?」
「ああ。厚さ三センチの極厚だ」
キャルルの耳がピクリと動いた。
シュバッ!
風が巻き起こった。キャルルが残像を残して消え、0.5秒後には食材を抱えて戻ってきていた。
「取ってきました!」
「でかした」
俺はコタツの上でボウルを抱え、調理を開始した。
まずは卵白を泡立ててメレンゲを作る。これがふわふわの秘訣だ。
そこに卵黄、牛乳、小麦粉をサックリと混ぜ合わせる。
熱したホットプレートにバターを落とすと、ジュワァ……という魅力的な音と共に、芳醇な香りが広がった。
そこに生地を落とす。
「おおお……! 膨らんできたぞ!」
イグニスが身を乗り出す。
きつね色に焼けたところで裏返す。
ポンッ、と弾むような感触。完璧な焼き上がりだ。
「完成だ。蜂蜜をたっぷりかけて食え」
俺は焼き上がったホットケーキを皿に取り分け、バターを乗せ、黄金色の蜂蜜を垂らした。
熱でバターが溶け出し、蜂蜜と絡まり合って生地に染み込んでいく。
「いただきまーす!!」
全員が同時にフォークを突き立てた。
「はふっ、はふっ……あま~い!! ふわふわですぅ!」
リーザが頬を緩ませる。
「肉じゃねぇけど、悪くねぇ! バターの油分がたまらねぇぜ!」
イグニスも大口で頬張る。
「ん~っ! 幸せの味がします!」
キャルルも満面の笑みだ。
コタツの温もり。
目の前で焼けるホットケーキの甘い香り。
そして満たされる胃袋。
俺もコーヒーを啜りながら、ホットケーキを口に運んだ。
……美味い。
だが、同時に戦慄した。
「(……まずいぞ。これは『罠』だ)」
衣食住の全てが、この半径1メートルで完結してしまっている。
人間は、快適すぎるとダメになる。
今の俺たちには、キメラを倒した時の覇気も、詐欺を働いた時の知恵も残っていない。
ただの『コタツの付属品』だ。
その時、悲劇が起きた。
「……あ」
キャルルが空になったコップを見て呟いた。
「喉乾いた……。コーラ飲みたい」
甘いホットケーキを食べた後は、シュワッとした炭酸が飲みたくなる。
俺が買い置きしていた『タロー・コーラ』は、キッチンの冷蔵庫の中だ。
距離にして約5メートル。
コタツの外、極寒の地。
「誰か……取ってきて」
キャルルが上目遣いで周囲を見る。
「俺は焼く係だからパスだ」
俺は即座に防御壁を張った。
「私はか弱いアイドルなので無理ですぅ」
リーザが目を逸らす。
「俺様は変温動物だ。冷蔵庫に近づいたら死ぬ」
イグニスが布団に潜る。
「私は王族ですので、パシリはちょっと……」
ルナが優雅に微笑む。
沈黙。
誰も動かない。
だが、全員の喉はコーラを求めて悲鳴を上げている。
「……仕方ない」
俺は重い口を開いた。
平和的解決は不可能だ。ならば、力で決めるしかない。
「『笑わせ合いバトル』を開催する。……負けた奴が、コーラを取りに行くんだ」
コタツという聖域を守るための、仁義なき戦いの幕が上がった。




