EP 5
冬将軍の到来
デュラハン討伐と海鮮食材の確保を終え、俺たちがシェアハウス『メゾン・ド・キャロット』に帰還したのは、日が沈みきった夜のことだった。
「ただいまー……って、寒っ!!」
玄関のドアを開けた瞬間、俺たちを出迎えたのは、温かな空気ではなく、外気と変わらない極寒の冷気だった。
このシェアハウス、ボロいだけあって断熱性能が絶望的に低い。隙間風がピューピューと吹き込んでいる。
「さ、さ、寒いですぅ……! 家の中なのに息が白いですぅ!」
リーザが薄着のアイドル衣装(防寒性ゼロ)を抱きしめてガタガタ震えている。
「あ、兄貴ぃ……俺様……もうダメだ……」
ドサッ。
背後で重い音がした。振り返ると、イグニスが玄関マットの上で行き倒れていた。
「おいイグニス! しっかりしろ!」
「体が……動かねぇ……。変温動物には……きつい季節だぜ……」
爬虫類系の竜人族にとって、冬は天敵だ。彼の自慢の筋肉もカチコチに固まり、目はうつろで、今にも冬眠モードに入りそうになっている。
「まずいな。このままじゃ部屋の中で遭難するぞ」
俺が暖炉に薪をくべようとした時だった。
「あらあら、皆様。まるで氷漬けのマグロみたいになってますわね」
リビングの奥から、リベラが現れた。
彼女は厚手のガウンを優雅に羽織り、手には湯気の立つマグカップを持っている。
「リベラさん! 暖房! 暖房器具はないんですか!?」
「暖炉は薪が切れてますし、魔導ストーブは故障中ですわ。……でも、こんなこともあろうかと、倉庫から『秘密兵器』を出してきましたの」
リベラがニッコリと笑い、リビングの中央を指差した。
そこには、見慣れない……いや、俺にとっては懐かしすぎる家具が鎮座していた。
四角いローテーブル。
その上に掛けられた分厚い布団。
そして天板。
「……コタツ!?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
なぜ異世界に、日本の冬の風物詩があるんだ?
「東の国(ジパング的な場所)から取り寄せた魔道具、『KOTATSU』ですわ。熱源は火の魔石を使用しておりますの」
リベラが布団をめくり、魔石スイッチをオンにした。
ボンッ、と微かな音と共に、布団の中に赤い光――魔力による熱源――が灯る。
「さあ、どうぞ。冷えた体を温めてくださいな」
その言葉が終わるより早く、死にかけのイグニスがズリズリと床を這って移動した。
「ぬくもり……俺に熱をくれぇ……」
イグニスが頭から布団に突っ込む。
数秒後。
「……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……ごぐらくぅ……」
布団の中から、魂が抜けたような安堵の声が漏れた。
続いて、キャルルとリーザ、ルナも吸い寄せられるようにダイブする。
「あったか~い! 生き返りますぅ!」
「お尻がポカポカします!」
「むふぅ……これは良い文明です……」
全員がコタツの四辺を占拠し、肩まで布団を被ってカタツムリのようになってしまった。
俺も誘惑には勝てず、空いているスペースにするりと足を滑り込ませた。
――瞬間、強烈な快感が脳髄を直撃した。
冷え切った足先から、じんわりと広がる熱。
それが血管を通って全身を駆け巡り、強張った筋肉を優しく溶かしていく。
まるで母親の胎内に戻ったかのような安心感。
「……ふぅ」
俺は大きく息を吐き、そのままテーブルに突っ伏した。
もう動けない。
いや、動きたくない。
外の世界(コタツの外)は氷河期だが、ここだけは常春の楽園だ。
「あら、皆様気に入っていただけたようで」
リベラが満足げに頷く。
だが、俺は薄れゆく意識の中で、本能的な危機感を感じていた。
これはただの暖房器具じゃない。
一度入ったら二度と出られない、人を、亜人を、そして社畜をダメにする『魔の結界』だ。
「……リベラさん。あんた、とんでもない魔物を召喚してくれたな」
俺の呟きは、誰の耳にも届かなかった。
リビングには、住人たちの幸せそうな寝息だけが響いていた。




