EP 3
居合の極意
ヒュンッ――。
坑道の闇を、細い銀糸が走った。
それはあまりにも速く、あまりにも静かな一閃だった。
俺が納刀し、鯉口をカチリと鳴らした瞬間、目の前のレイスの動きがピタリと止まった。
物理的な接触音はなかった。
肉を断つ感触も、骨を砕く手応えもない。
だが――。
『グ……オ……オォォォォ……』
レイスが苦悶の呻き声を上げた。
その半透明な体が、俺が斬った軌跡に沿ってズレていく。
まるで、煙が風に千切れるように。
パァァァァン……。
レイスは断末魔と共に光の粒子となって霧散し、その場には魔石だけがカランと落ちた。
「えっ……? 斬れちゃいました!?」
キャルルが目を丸くして魔石を拾い上げる。
「物理無効だぞ!? なんでただの鉄の棒で幽霊が死ぬんだよ!」
イグニスも顎が外れんばかりに驚いている。
「ただの鉄じゃない」
俺は『天羽々斬』の柄を親指で弾いた。
「こいつは古い刀だ。長い年月を経た道具には魂が宿るというが……こいつは『霊体』に対する干渉力が異常に高い。それに、俺の【闘気】を流し込むと、刃が物理的な次元を超えて『魔力の結びつき(コンセプト)』そのものを断ち切るようだ」
難しい理屈はさておき、要するに「幽霊も斬れるちゃんとした刀」ということだ。
「すげぇな……。兄貴が持つと、ただの棒切れも聖剣になっちまう」
「道具は使い手次第だ。……行くぞ、奥に親玉がいる」
***
その後も、現れるゴーストやレイスの群れを、俺は次々と斬り伏せて進んだ。
バスターソードのような重量で叩き潰す破壊力はないが、天羽々斬の切れ味は恐ろしいほどだ。
手首の返しだけで首が飛び、切っ先が触れただけで霊核が砕ける。
俺たちは順調に坑道を下り、最深部の広大な空洞へと辿り着いた。
そこはかつての採掘場だったらしく、錆びたレールやトロッコが散乱している。
そして、その中央に「奴」はいた。
ズゥゥゥゥン……。
重厚な足音と共に現れたのは、漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ巨体。
その左脇には、禍々しい兜を抱えている。
首から上はない。切断面からは青白い炎が噴き出している。
「出たな……ダンジョンの主、『デュラハン』だ」
アンデッドの中でも上位に位置する、首なし騎士。
その実力はAランクに迫る。
『……去レ……生者ヨ……』
抱えた兜の奥から、地響きのような声が響く。
デュラハンは右手の巨大なロングソードを抜き放ち、殺気を放った。
「へっ! 去れって言われて帰る冒険者がいるかよ! 先手必勝だ!」
イグニスが咆哮と共に飛び出す。
得意の火炎ブレスを至近距離から叩き込んだ。
「燃えカスになりな! 『爆炎放射』!」
ゴォォォォォォッ!!
坑道内が高温に包まれる。直撃だ。
だが、炎が晴れた後、デュラハンは煤一つついていない姿で立っていた。
「なっ!?」
「魔法耐性のエンチャントか! あの鎧、相当硬いぞ!」
デュラハンが裏拳のようにロングソードを薙ぎ払う。
イグニスはとっさに斧でガードしたが、凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、壁に激突した。
「ぐはっ……! 馬鹿力だ……!」
「イグニス!」
キャルルが高速で背後に回り込み、関節部分を狙って蹴りを放つ。
ガィィン!!
硬い金属音が響くだけ。
デュラハンの鎧は隙間なく魔力で強化されており、キャルルの蹴りでも凹みもしない。
『無駄ダ……我ガ鎧ハ、鉄壁……』
デュラハンがキャルルに剣を振り下ろす。
その一撃が届く寸前――
キィィィィン!!
俺が割って入り、『天羽々斬』で受け止めた。
火花が散る。
相手は大剣。こちらは細身の刀。
重量差は歴然だが、俺は【ウェポンズマスター】による力のベクトル操作で、衝撃を地面へと逃がした。
「竜さん!」
「硬い鎧か……。魔法も物理も弾くとは、いい防具だ」
俺はデュラハンと鍔迫り合いをしながら、ニヤリと笑った。
「だがな、俺は元ホームセンター店員だ」
俺の瞳が、デュラハンの鎧の構造を解析していく。
魔力の流れ。金属疲労の蓄積箇所。分子結合の僅かな綻び。
「鉄を切るのは、俺の得意分野なんだよ」
俺は力を抜き、デュラハンの剣を滑らせて距離を取った。
再び納刀。
腰を低く落とし、左手を鞘に添える。
「イグニス、キャルル。手出し無用だ」
俺の全身から、青い闘気が立ち上り、天羽々斬へと収束していく。
一撃でいい。
あの分厚い装甲ごと、中の魂を断ち切る。
「……解体してやる」




