第四章 天羽々斬とコタツのチキチキレース
錆びついた掘り出し物
シェアハウスの騒動から数日後。
俺は一人、下町の裏通りにある古道具屋街を歩いていた。
懐には、詐欺作戦……もとい、高度な経済活動で得た金貨50枚が入っている。
リーザのように食費で浪費するつもりはない。
俺がここに来た目的はただ一つ。『設備投資』だ。
「……バスターソードは強力だが、小回りが利かないのが欠点だ」
俺は歩きながら自己分析を行う。
『廃材断ち(スクラップ・バスター)』は対大型魔獣・対重装甲には最強だ。
『複合弓』で遠距離もカバーできるようになった。
だが、狭い屋内戦や、素早い人型エネミーとの近接戦闘(CQC)において、あの巨大な鉄塊は取り回しが悪すぎる。
サブウェポンとして、鋭く、速く、かつ信頼性の高い「刃物」が必要だ。
俺の足が、一軒のボロい店の前で止まった。
看板には『古物商・ガラクタ堂』とある。
店先には、錆びた鍋や欠けた皿、正体不明の金属片が無造作に積まれている。
「……匂うな」
俺の【ウェポンズマスター】の勘が反応した。
俺は埃っぽい店内へと足を踏み入れた。
***
「いらっしゃい。……なんだい兄ちゃん、うちは冷やかしお断りだよ」
カウンターの奥から、片眼鏡をかけた偏屈そうな老店主が顔を出した。
俺は無言で会釈し、店内を物色し始めた。
大半はただのゴミだ。
魔力を失った杖、刃こぼれした銅の剣、ヒビの入った盾。
だが、俺の視線は店の隅、埃まみれの樽の中に突き刺さっていた鉄の棒に釘付けになった。
赤錆で覆われ、鞘も朽ち果て、柄糸もボロボロ。
誰が見ても、ただのスクラップだ。
だが、俺には「視える」。
「(……ほう。この時代に、玉鋼か?)」
【解析開始】。
錆の下に眠る金属の組成。
何万回も叩き上げられ、折り重ねられた層状構造。
そして何より、この刀身に宿る、静かで鋭い「殺気」のような意思。
――俺を使ってくれ。
――俺はまだ、切れる。
鉄の声が聞こえた気がした。
俺はその鉄棒を手に取り、店主の元へ持って行った。
「親父さん。これを売ってくれ」
「あん? ……なんだそりゃ。ただの錆びた鉄くずじゃないか」
店主は興味なさげに鼻を鳴らした。
「ああ、そういや十年くらい前、東方の流れ者が置いていったゴミだ。溶かしても鉄釘一本分にもなりゃしねぇ」
「いくらだ?」
「持ってくなら金貨5枚でいいぞ。処分料みたいなもんだ」
金貨5枚。日本円で約5万円。
ただの鉄くずにしては高いが、この「逸品」の価値を考えればタダ同然だ。
俺は即座に金貨をカウンターに置いた。
「買った。釣りはいらない」
「へっ、物好きな兄ちゃんだな」
俺は店主の嘲笑を背中で受け流し、その鉄棒を愛おしげに抱えて店を出た。
店主は知らない。自分が国宝級の業物を、ゴミ同然の値段で手放したことを。
***
シェアハウスに戻った俺は、すぐに裏庭に作業台を設置した。
これより、『レストア(修復)作業』を開始する。
「兄貴、またゴミ拾ってきたのか?」
イグニスが不思議そうに覗き込んでくる。
「見ていろ。こいつは化けるぞ」
俺はまず、朽ちた柄と鍔を慎重に外し、刀身だけにした。
次に、特殊な酸性のスライム液(洗浄剤)をかけ、表面の赤錆を浮き上がらせる。
ジュワワワ……。
ボロボロと錆が剥がれ落ちていく。
「ここからが本番だ」
俺は最高級の砥石を取り出した。
水をかけ、刀身を当てる。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。
一定のリズム。一定の角度。一定の圧力。
【ウェポンズマスター】が、ミクロン単位の精度で俺の手元を制御する。
荒研ぎで形を整え、中研ぎで傷を消し、仕上げ研ぎで刃をつける。
数時間の集中。
俺の額から汗が滴り落ちる。
だが、その手は止まらない。錆びついた鉄の皮が一枚ずつ剥がされ、その下に眠っていた「真の姿」が露わになっていく。
「……仕上げだ」
最後に、打粉を打ち、鹿革で磨き上げる。
キィィィィィン……。
刀身が微かに共鳴音を立てた。
夕日が差し込む裏庭で、俺の手の中にある「それ」が、冷たく、妖艶な輝きを放った。
「うおっ……! なんだそれ、光ってやがる……!」
イグニスが息を呑む。
そこにあったのは、もはや錆びた鉄くずではない。
刀身二尺三寸。
濡れたような光沢を放つ地鉄。
そして、波打つように白く輝く、美しい『刃文』。
俺は新しく削り出した柄を取り付け、静かに構えた。
重さを感じない。まるで腕が延長されたかのような一体感。
ヒュッ。
軽く振るう。
風を切る音すらしない。
空中に舞っていた一枚の枯れ葉が、触れてもいないのに真っ二つに分かれて落ちた。
「真空の刃……か」
俺は刀身を見つめ、満足げに頷いた。
業物だ。それも、数百年前に名のある刀匠が魂を削って打った、大業物。
前の持ち主が使い潰し、歴史の闇に埋もれかけていた名刀。
「よく戻ってきたな」
俺は刀に語りかけ、新たな名を与えることにした。
蛇(魔物)を殺し、天をも断つ刃。
「今日からお前の名は――『天羽々斬』だ」
俺が名を告げると、刀が一瞬、青白く脈動したように見えた。
契約成立だ。
「さて、と」
俺は『天羽々斬』を腰に差した。
バスターソードと、コンパウンドボウ。そして最強の近接武器である日本刀。
俺の装備は、これで完成した。
「イグニス、明日はギルドに行くぞ。……試し斬りがしたい」
「へへっ、兄貴の悪い顔が出てきたぜ!」
俺の手が、微かに震えていた。
恐怖ではない。職人として、最高の道具を手に入れた武者震いだ。




